花瑛塾第9次沖縄派遣団

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花瑛塾沖縄派遣団は8日、北部訓練場(キャンプ・ゴンザルベス)メインゲート前にて、昨年12月の北部訓練場の一部返還は表向きの目くらましに過ぎず、7月1日からの工事再開によって東海岸をも使用した陸海空一体の実戦的でリアルな米軍の演習を可能とし、基地機能強化そのものであると訴えました。

95年の少女暴行事件を受けて基地返還の声が高まり、その結果、96年に普天間飛行場の「移設」や北部訓練場の一部「返還」が日米間で合意されました。これがいわゆるSACO(日米特別行動委員会)合意です。

しかしSACO合意で取り決められたことは、沖縄への基地負担軽減を名目としながら、その実は1960年代から米軍が構想していた在沖米軍基地の再編・合理化の実現に他なりません。

例えば普天間飛行場「移設」問題は、1960年代の時点で米軍は辺野古崎(大浦湾)に軍港と滑走路を有する大型の洋上基地を確保するという構想があり、普天間飛行場の危険性を米軍が認識したのはその後のことに過ぎません。「危険な普天間飛行場を辺野古崎に移設する」という言説は、時間軸から考えても矛盾するものであり、米軍の構想実現を取り繕うものです。

北部訓練場も同様であり、北部訓練場内にオスプレイなどの着陸帯を建設し、さらに宇嘉川河口および接続水域を提供すれば、北部訓練場の過半が返還され、安波訓練場および接続水域も返還されることになりましたが、これも基地負担の軽減ではなく、オスプレイと強襲揚陸艦や脱出用舟艇を用いた陸海空一体の戦闘訓練を可能とする基地機能の強化に他なりません。

つまり、96年SACO合意は、年来の米軍の構想を基地負担軽減の名の下に実現する日米両政府の詐術そのものであり、基地負担軽減や基地「移設」といった言葉に惑わされてはなりません。