未分類

2017年10月11日沖縄県東村高江区米軍ヘリ炎上・大破について

11日17時20分頃、在沖米軍普天間飛行場所属の米軍大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンが東村高江区にて炎上・大破する事件が発生した。

幸いにして付近住民や米軍機乗組員などの人的被害こそなかったが、炎上・大破した現場である牧草地の所有者の経済的被害は甚大である。また現場は高江公民館や小学校から数キロ、民家から数百メートルの地点であり、周辺住民の精神的被害は甚大である。2004年に発生した沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件など米軍機の墜落事故は戦後枚挙に暇がない。沖縄で繰り返される悲劇に終わりはないのか。日米両政府に徹底した事故原因の解明と公表を求める。

事件の背景には、沖縄への過度な基地の押しつけや市街地上空を我が物顔で低空飛行する米軍の奢り、そしてそれを許す日本政府の県民の民意の軽視、さらに日米地位協定や在日米軍に関する各種の日米合意によって過去の同種事故の真相解明がなされなかったことなどがあげられる。いまこそ沖縄への基地押しつけをやめ、日米地位協定・日米合意を見直すべきだ。

また昨年強行された北部訓練場におけるヘリパッド建設や辺野古新基地建設は、同種事故発生の危険性を高めるものである。同時に多くの人々の合意を得られていない辺野古崎における新基地建設の強行は、結果的に新基地建設反対の声を高めることになり、普天間飛行場の存在や基地負担を固定化するものともいえる。日米両政府に対し、普天間飛行場の閉鎖、辺野古新基地建設の撤回、北部訓練場での演習中止を強く求める。

1953年に交わされた日米合同委員会による「合衆国軍用機の事故現場における措置」の合意事項の第20条には、

合衆国軍用機が合衆国軍隊の使用する施設又は区域外にある公有若しくは私有の財産に墜落又は不時着した場合には、適当な合衆国軍隊の代表者は、必要な救助作業又は合衆国財産の保護をなすため事前の承認なくして公有又は私有の財産に立ち入ることが許されるものとする。但し、当該財産に対し不必要な損害を与えないよう最善の努力が払われなければならない。日本国の公の機関は、合衆国の当局が現場に到着する迄財産の保護及び危険防止のためその権限の範囲内で必要な措置をとる。日米両国の当局は、許可のない者を事故現場の至近に近寄らせないようにするため共同して必要な統制を行うものとする。

とあり、米軍機の事故において米軍が基地の外であろうと私有地であろうと、そこに立ち入ることを認めている。さらに日米両国が事故現場を封鎖する処置を行うことを認めている。沖国大ヘリ墜落事件では、現場一帯を米軍がロックアウトしたことが問題視され、今次事故でも米軍による現場封鎖が話題となった。それらは上述の合意事項に基づくものである。こうした事態が認められている限り、事故の原因解明はありえず、同種事故を防ぐこともできない。

しかし日米合同委員会の合意事項21条「捜索等の要請」は、

日本国の当局からする合衆国軍隊の使用する施設又は区域内における、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産に対する捜索、差押又は検証の要請は、もよりの憲兵司令官若しくは当該施設又は区域の司令官にこれをなすべきものとする。日本国の当局は、右施設又は区域外における合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族の身体又は財産に対して捜索、差押又は検証を行おうとするときは、できるならば、事前に、もよりの憲兵司令官又は当該本人が所属する部隊の司令官に、その旨を通知するものとする。このことは、いかなる意味においても、日本国の法律執行員が、右施設又は区域外において、関係法令に従い、合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族の身体又は財産に対して捜索、差押又は検証を行う権限を制限するものではない。

とも取り決めている。確かに日米地位協定に関する合意議事録では、

日本国の当局は、通常、合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設若しくは区域内にあるすべての者若しくは財産について、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差押え又は検証を行う権利を行使しない。ただし、合衆国軍隊の権限のある当局が、日本国の当局によるこれらの捜索、差押え又は検証に同意した場合は、この限りでない。

とあるが、既に比屋定泰治氏が沖国大ヘリ墜落事件に関して指摘しているように(『沖縄法學』34 2005年)、機体そのものは米軍の財産と考えられても、現場一帯を封鎖する理由にはならず、日本側の捜査・検証を拒むものではない。

今次事故について沖縄県警察本部は航空危険行為処罰法違反容疑で捜査を進めると報道がなされている。日米地位協定や日米合意事項の規定上も運用上も、日本側が事故の捜査・処罰、原因解明に関与できない理由はない。日米間にある「合意」や「議事録」あるいは「密約」という壁を乗り越えるか、壁を壁のままとするかは、日本側の態度と意思の如何にかかっている。