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11月3日旧「明治節」と米国トランプ大統領来日について

 今日11月3日は明治天皇の誕生の日であり、明治6年(1873)には天皇の誕生日をいう「天長節」とされ、大正年間は「明治天皇祭」、昭和2年(1927)より「明治節」として祝祭日とされた。現在では日本国憲法公布を祝う「文化の日」とされている。

 明治時代は幕末・維新期の政体転換からはじまり、早急な近代国家建設と不平等条約改正などの対外交渉、数々の政変、複数の海外出兵や対外戦争、憲法発布と国会開設、民衆文化の展開など激動の時代であった。今日の旧明治節という日に、明治という時代を振り返り、よい面も反省すべき面もそれぞれ含めて自国の歴史を学びたい。

 明治27年(1894)に開戦された日清戦争に至るまで、壬午軍乱や甲申事変、天津条約や東学党の乱など、朝鮮半島情勢の展開に関連し日朝・日清関係は悪化していた。この日朝・日清の関係悪化に伴い、日本国内の言論界における対朝鮮観も日を追うごとに悪化、好戦論が多数を占め、朝鮮半島を侵略・制圧の対象と見なす朝鮮観が圧倒していった。

 しかし、一部で朝鮮半島をめぐる一連の事態の平和的解決を模索する思潮も存在していた。例えば、中江兆民は、

外交の旨趣に至りては、務めて好和を主とし、国体を毀損するにいたらざるよりは、決て威を張り武を宣ぶることを為すこと無く、言論、出版、諸種の規条は漸次にこれを寛にし、教育の務、工商の業は、漸次に之を張る、等なり。

(中江兆民「三酔人経綸問答」)

と好戦論や観念的な平和論を退けつつ、現実的かつ平和的な外交のあり方を述べている。兆民以外にも、幕末において日本に進出してきた諸外国が何事にも軍事優先で外交を進めなかったことを取り上げ、朝鮮の状況と当時の日本の状況を重ね合わせつつ平和外交を指摘する向きもあった。

 さて、現在の日本において、軍事的挑発を行う北朝鮮について、様々な意見が存在する。多くの人々が戦争などは望んでいないが、安倍政権は北朝鮮の「脅威」を煽り立てて、「圧力」などと叫び続けている。こうした安倍政権の対北硬論は、アメリカ・トランプ大統領による北朝鮮に対する軍事・外交的威嚇を前提とするものである。

 一方でトランプ政権内部には、ティラーソン国務長官など北朝鮮との対話を模索する勢力も存在する。北朝鮮のミサイル・核といった軍事的挑発が国連安保理決議違反であることはいうまでもないが、その国連安保理自身、安保理議長声明で北朝鮮との対話を呼びかけている。北朝鮮の「脅威」がどの国よりも存在している韓国・文在寅大統領もアメリカによる北朝鮮への攻撃に反対している。

 来週5日より7日までトランプ大統領が日本を訪れ、日米首脳会談などが行われる。日清戦争に至るまで日本言論界が好戦論一辺倒ではないように、トランプ政権内部にも様々な意見があり、むしろ世界的には平和外交の追及が主流であることを踏まえれば、日本政府は「トランプ一択」ともいうべき外交を展開することは妥当かつ合理的なことなのであろうか。むしろ日本政府は、トランプ大統領とは異なる政策・言論を展開する良質なアメリカの政治家や知識人との交流をはかり、さらにヨーロッパやアジア各国の多様な意見に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。

 旧「明治節」にあたり、自国の歴史を振り返り、未来を切り開く英知を集めたい。