未分類

日産ゴーン会長逮捕で「司法取引」実施ー司法取引制度導入後に新設された「共謀罪」初適用も間近か

日産ゴーン会長逮捕

 19日夜、東京地検特捜部は日産自動車カルロス・ゴーン代表取締役会長と同グレッグ・ケリー代表取締役を金融商品取引法違反の容疑で逮捕し、日産本社などの家宅捜索をおこなった。事件の全貌や捜査の行方はいまだ不明ながら、日産の内部調査ではゴーン会長が会社の資金を私的に使用したことも明るみとなっており、特別背任事件などに発展する可能性もささやかれている。

日産ゴーン会長(朝日新聞デジタル2018年11月20日)

 ゴーン会長は平成11年(1999)、仏ルノー社から当時多額の債務を抱え経営危機に陥っていた日産に派遣され最高執行責任者に就任した。ゴーン会長は日産再建のため「リバイバルプラン」を発表し、主力工場の閉鎖や労働者の解雇など大規模な事業整理をおこない、債務返済や売上高上昇など業績回復を果たした。その一方でゴーン会長による強引な労働者の解雇は社会問題ともなり、「コストカッター」の異名をとった。

 ゴーン会長は近年では、ルノー社会長や三菱自動車会長も兼務し、ルノー・日産・三菱のアライアンスの総帥として辣腕を振るってきたが、長年取材を続けていた人物によれば、ゴーン会長による会社の私物化や派手な私生活、あるいは経営責任を免れるための懲罰人事といった驕りも見え隠れしていたそうだ。破綻寸前であった日産を立て直した「救世主」は、「独裁者」へと変貌しはじめていたのだろうか。

 実際、ゴーン会長逮捕をうけて記者会見した日産西川廣人社長は、ゴーン会長への権限の集中によるガバナンス不全を指摘し、ゴーン会長について「功罪両方ある」と意味深長な発言をしている。

実施された「司法取引」、「共謀罪」初適用も間近か

 今回、ゴーン会長の捜査・逮捕について、司法取引が実施されたといわれている。司法取引とは、捜査に協力する見返りに刑事処分を軽減する制度のこと。平成28年(2016)の改正刑事訴訟法で導入され、今年6月から実施された。三菱日立パワーシステムズ元取締役らの収賄事件に続き、適用は2例目となる。なお、今回の司法取引では、ゴーン会長の容疑に関与した日産社員が司法取引をおこなったといわれている。

 ところで、司法取引導入の翌年、組織犯罪処罰法が改正され、「共謀罪」が新設された。「共謀罪」は国会などで激しい議論となった他、国民的な批判も集まったことは記憶に新しい。「共謀罪」の「組織的犯罪集団が犯罪を謀議・合意し、その準備行為を行う」という構成要件は、事実上、捜査機関の裁量に負うものであり、捜査機関による恣意的運用と捜査権限の拡大をもたらす危険なものとして反発が高まったのである。

 例えば、基地問題に関する市民団体の座り込みも、捜査機関が市民団体を組織的に威力業務妨害を行う組織的犯罪集団と解せば、座り込みの打ち合わせが「犯罪の謀議・合意」となり、座り込み日時の連絡などが「準備行為」とされ、組織的な威力業務妨害共謀罪として取締まりを受ける可能性もある。

 これまでの刑事法体系は、ある犯罪の実行行為を取締まり対象とするため、捜査機関は犯罪の実行行為に関する捜査(例えば薬物密売に関する電話の盗聴など)を行うことになるが、「共謀罪」は犯罪の「合意」を取締まり対象とするため、捜査機関は「合意」の前段階にある市民の何気ない日常的な電話やSNSなどを恒常的に捜査対象とすることになる。市民の日常生活を捜査機関が監視する、非常に危険な法律なのだ。

 「共謀罪」は現段階ではどの事件にも適用されていないが、今回のゴーン会長逮捕など司法取引の適用が進んでいる状況を見ると、何らかの事件に対して「共謀罪」が初適用されるのも間近といえるのではないだろうか。

なし崩し的な刑事捜査の拡大と治安維持法

 「共謀罪」新設に関して反対の声が高まったことは上述のとおりだが、一度新設されてしまえばその改正はたやすく、なし崩し的に捜査権限の拡大が行われる可能性もある。戦前の治安維持法も成立後すぐに改正され、昭和16年(1941)には事実上の新法ともいえるような改正が行われた。これにより治安維持法の取締り対象である「結社」を、厳密な意味での結社から「集団」と解釈し、取締りの網が拡大していった。さらに予防拘禁が認められ、控訴審の省略や広範囲の強制捜査権を捜査機関に認めるなど、治安維持法に関して特別な刑事訴訟制度を新設するなどした。

帝国議会に上程された治安維持法案(国立公文書館)

 最終的に治安維持法は法制当時の政府の説明から全く変貌し、恐るべき弾圧の法令となっていった。大正14年(1925)の法制以来、その取締り対象は拡大し続け、10万人もの検挙者を生むにいたる。さらに治安維持法の運用は民族差別的なものがあり、治安維持法違反における死刑執行は日本ではおこなわれなかったが、朝鮮では死刑が執行されるなどした。

 同時に、当時の治安当局は治安維持法制定後、治安維持法の適用対象を探しあぐねていたことに注意するべきだ。この頃すでに共産党は壊滅状態にあり、アナキストも力を失っていた。そこで治安当局は同志社大学の掲示板に軍事教育反対のビラが貼られていたことに端を発する京都学連事件について、無理やり治安維持法を適用する。まさしく治安維持法の恣意的運用・拡大解釈による捜査・取締りであり、以降、治安維持法の適用が進んでいくのである。

 いよいよ間近に迫ったかもしれない「共謀罪」初適用。治安維持法のごとき恣意的運用・拡大解釈の無理やりの適用となるか。「共謀罪」初適用の行方を見守ることは、「共謀罪」が治安維持法化するかどうか見極めることにもなる重大な意味を持つ。