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【解説】中東沖への自衛隊派遣は石油タンカーなど日本商船を護衛するための措置ではない

自衛隊が日本の石油タンカーを護衛する?

 米トランプ大統領は9日、イスラム革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害へのイランの報復攻撃をうけ、「軍事力を用いたくない」と発言した。これにより米国とイランの報復の連鎖という決定的局面はぎりぎりで回避された。

イランへの報復は行わないと発表するトランプ大統領:AFP 2020.1.9

 しかし、米国はイラン核合意からの一方的な離脱を見直そうとせず、ソレイマニ司令官殺害という無法への反省もない。米国とイランの対立は、本質的には何もかわっていないのである。

 一方で日本政府も昨年末に閣議決定した海上自衛隊哨戒機・護衛艦など中東沖への自衛隊派遣について見直そうとしていない。安倍首相自身が中東各国歴訪を急遽取りやめたというのに、である。

 こうした自衛隊派遣反対の世論は日を追うごとに高まっているが、反面、中東沖への自衛隊派遣について、危険なイラン周辺海域を航行する石油タンカーなど日本の商船を護衛する任務なのだから、日本の資源や日本人船員の命を守るためにはやむをえないのだ、あるいはもっと積極的に派遣するべきだ、という言説も散見される。

 結論からいうと、それは事実ではない。派遣される自衛隊に日本商船護衛の任務はない。以下、それについて確認したい。

自衛隊派遣の根拠は「調査・研究」

 今回の中東沖への自衛隊派遣は、防衛省設置法第4条の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」を根拠とする。あくまで現地情勢を「調査・研究」し、安全確保に向けた情報収集態勢を強化するため自衛隊は派遣されるのであり、そもそも中東沖を航行する石油タンカーなど日本商船の護衛の任務は与えられていないのだ。

 過去、ソマリア沖での海賊事案に対処するため、海上自衛隊が中東沖を航行する日本の商船を含む各国商船を護衛する海賊対処行動があったが、これは国連安保理決議を前提としつつ、当初は発令された海上警備行動に基づき、後には新たに制定された海賊対処法に基づいて派遣された。つまり自衛隊による商船護衛には、それ相応の根拠法令や手続きが必要であり、それはけして防衛省設置法に基づく「調査・研究」といったものではできない。

不測の事態における武器使用について

 今回、中東沖に派遣される護衛艦に対し、他国や何らかの勢力による攻撃という不測の事態の発生が考えられる。その場合は当然、正当防衛の範囲内で武器を使用して反撃することは可能である。しかし、それは言うまでもなく「日本商船の護衛」とは無関係である。

中東沖へ派遣予定の護衛艦「たかなみ」 出典:海上自衛隊ホームページ

 日本の商船が攻撃された場合、海上警備行動が発令されれば、護衛艦が攻撃された商船に駆けつけ、武器を使用し対処することは可能である。ただし、海上警備行動の発令には閣議決定が必要であり、すぐに対処できるというものではない。また、それはあくまで不測の事態の発生をうけての保護・救出であり、「護衛」とは異なる。

 といっても、あらゆる日本の商船に対して武器を使用して保護・救出ができるものではない。国際法上、あくまで日本船籍の商船に対してしか武器使用は認められていない。

 しかし、中東沖を航行する日本船籍の商船は圧倒的に少なく、ほとんどの日本向け商船は外国船籍である。外国船籍だが日本企業が運航する商船、外国船籍だが主たる貨物が日本向けの商船、あるいは外国船籍だが日本人船員が乗船する商船などを「日本関係船舶」というが、こうした日本関係船舶に対する対処の場合、海上警備行動が発令されても武器使用は認められていないのである。

自衛隊が派遣される海域はどこか

 自衛隊が派遣される予定の海域も、イラン周辺海域というわけではない。

自衛隊が派遣される予定の海域:日経新聞2019.12.4

 今回、自衛隊が派遣される予定の海域は、あくまでもイエメンやソマリア沖のアデン湾、あるいはオマーン付近のオマーン湾、そしてアラビア海北部の公海上であり、イランと近接するホルムズ海峡やペルシャ湾とは異なる。

 中東における日本の原油輸入先は、主にサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールなどである。こうした国々から原油を日本に運搬する場合、石油タンカーはペルシャ湾やホルムズ海峡などイラン周辺海域を航行するが、そこには自衛隊は派遣されない。

 その上で、今こうしている間にも、イラン周辺海域は各国の石油タンカーが無数に航行しているが、それらの商船がイランに攻撃されているわけではないことはしっかり確認したい。イランのイスラム革命防衛隊は昨年7月、ホルムズ海峡で英国のタンカーを拿捕したが、それは英国によるイラン商船の拿捕への報復といわれており、事の是非はともかく、無差別な軍事攻撃を行っているわけではない。

 危険な任務に就く日本船籍商船や日本関係船舶、あるいは日本人船員、そればかりではなく各国の商船や船員には敬意を払うものだが、現地の情勢を冷静に見通す視線は必要ではないだろうか。

なぜ自衛隊は中東沖に派遣されるのか

 それでは、なぜ自衛隊は中東沖に派遣されるのか。

 それは米国が昨年、ホルムズ海峡やペルシャ湾の石油タンカーなど商船を護衛するために呼びかけた「有志連合」への事実上の参加と考えられる。

 もちろん日本政府は公式には有志連合への参加を否定しており、先ほど述べたように自衛隊の派遣海域もイラン周辺海域とは異なる。また商船護衛の任務もない。

 そもそも日本はイランの油田開発などに参入し、巨大な石油権益も保持していた。過去、日本はイランから大量の石油を輸入しており、日本とイランの関係は長く友好的であった。昨年は安倍首相がイランを訪問し、ロウハニ大統領や最高指導者のハメネイ師とも首脳会談を行っている。

イランの南アザデガン油田 日の丸油田ともいわれたが、経済制裁により開発が挫折:2018.11.5

 しかし、米国とイランは「宿敵」ともいえる関係にある。オバマ政権下でイラン核合意が実現されたものの、トランプ大統領は核合意からあっさりと離脱し、イランへ制裁を科すなど敵意をむき出しにしている。また経済制裁により日本の石油権益も失われてしまい、石油の輸入も途絶えてしまった。

 こうした状況下、米国の有志連合の呼びかけには応じなければならないが、かといってイランとの決定的な対立は避けたいという板挟みにあって、有志連合とは別のかたちで自衛隊を派遣し、米国の顔を立てながらもイランとの敵対を避けるという、日本政府の矛盾に満ちた外交の行き着く末が今回の中東沖への自衛隊派遣といえる。

 安倍首相は「外交の安倍」を自称し、米国とイランの仲介役になると語っていたが、結局は米国とイランの緊張緩和を実現することもできず、両国の対立関係のなかで追い込まれに追い込まれ、なすすべもなく、派遣の法的根拠も曖昧、手続き上も問題があり、それでいて日本の商船を護衛するわけでもない、何の効果があるかもよくわからないが、しかし非常に危険な自衛隊派遣に乗り出そうとしている。

 絶対安全圏の権力者が、自分が助かるために若者を死地に送るのが戦争の本質である。そして、そのために「国家を救うためだ」「祖国を守るのだ」「国民の命が危険にさらされている」「平和を実現するためには犠牲もやむを得ない」といったプロパガンダのような言説も動員される。

 今回の自衛隊派遣とそれを肯定するための「自衛隊が石油タンカーを護衛する」「日本人船員の命を守れ」といった言説に、そうした闇を見るものである。