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令和3年4月19日 「児玉家累代之墓」墓参

 「児玉家累代之墓」(福島県本宮市)をお参りしました。

児玉家累代之墓

 児玉誉士夫氏は明治44年に現在の福島県本宮市で生まれましたが、児玉氏の故郷に建つ「児玉家累代之墓」は、二本松藩の藩士の流れを汲む山田家の出身である児玉氏の父酉四郎(後に児玉家に養子に入り、児玉酉四郎となる)はじめ児玉家累代の一族がねむる墓所です。

 現在のお墓は児玉氏が昭和47年、酉四郎氏の五十回忌にあたり建て直したもので、児玉氏の遺骨も池上本門寺の児玉家の墓所とこちらの墓に分骨されています。

 「児玉家累代之墓」は安達太良山を背にし、阿武隈川を睥睨する小高い丘に建っています。

 児玉氏は生前よく故郷の話をし、東京で雪が降れば「安達太良山はもう雪で真っ白だろう」などと話していたそうですが、池上本門寺の墓所で大野伴睦氏や町井久之氏、力道山など生前深く交わった人たちとともに児玉氏が主戦場とした東京の地で眠りながらも、一方では故郷の自然のただなかで親族の者たちと眠るというのは、児玉氏らしい最期のあり方だと感じました。

令和3年1月16日 「児玉家之墓」墓参