平成29年5月12日 沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第5講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第5講「考古学から見た琉球列島のグスクとその社会」(講師:山本正昭氏)を受講しました。

講義内容は、琉球におけるグスクとこれに関連する社会についての内容でした。

今帰仁城や首里城など沖縄には多数のグスクがあり、按司と呼ばれる有力者たちはこのグスクを拠点に群雄割拠したともいわれ、さらに沖縄北部・中部・南部に大型のグスクが築かれ、三山時代ともいわれました。

しかし、グスクの実態や概念はいまなお様々な議論があり、本講座で様々な議論が紹介されました。

 

花瑛塾亜細亜倶楽部バンコク訪問

花瑛塾亜細亜倶楽部は5月11日から13日までタイ王国バンコクを訪問し、昨秋崩御されたプミポン前国王に哀悼の意を表しました。

花瑛塾は既に昨秋のプミポン前国王の崩御にあたり、在日タイ大使館にて弔意の記帳をしましたが、本年3月の天皇・皇后両陛下のタイ弔問をうけて、改めて王宮を弔問しました。王宮には前国王陛下の御遺体が安置されているとのことで、喪服を着た市民が多数弔問しておりました。市内各地にもいまだ前国王の記帳場が多数あり、人々が前国王を偲んでいました。

弔問後、ワットポーとワットアルンを訪れました。ワットポーはバンコクで一番由緒ある仏寺で、巨大な黄金の涅槃仏が見事でした。また境内の仏塔や仏像なども美しく、目を奪われました。

さらにチャオプラヤ川を挟み、ワットアルンの荘厳な甍が聳えています。ワットアルンは「暁の寺」と呼ばれ、三島由紀夫『豊饒の海』第3巻「暁の寺」の舞台となった寺院です。仏塔は修復中でしたが、こちらも美しい仏教美術が光り輝いていました。

現在のタイは軍によるクーデターが発生し、軍政が敷かれています。憲法も停止され、もちろん議会も開かれていません。王室や軍政やこれに関連するタイ経済界など複雑な政治情勢がタイにはありますが、人々はそのようなことを気にせず躍動していました。

逼塞する日本と躍動するアジア。考えるべきことは多いと思います。

平成29年4月28日 沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第4講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第4講「沖縄近代史概説」(講師:高江洲昌哉氏)を受講しました。

講義内容は、史料と解釈とその叙述という歴史学の方法を踏まえ、いわゆる「琉球処分」や琉球の明治政府への抵抗運動などに視点を置いて、沖縄近代史の「語り方」「語られ方」について学ぶものでした。

歴史教科書におけるいわゆる「琉球処分」の叙述の仕方や「琉球処分」を巡る叙述の歴史的変遷、あるいは90年代の教科書問題における沖縄の叙述など、様々な歴史書の比較などが大変興味深かったです。

同時に、いわゆる「琉球処分」における琉球王国の士族による清への亡命や清による仲介を求める脱清・請願運動など、琉球の抵抗・救国運動についての史料の紹介もありました。

平成29年4月28日 「主権回復の日」を問う花瑛塾行動隊街頭宣伝行動

花瑛塾行動隊は、都内一円にて「主権回復の日」の意義を問う街頭行動を展開しました。

昭和27年4月28日、日本政府はサンフランシスコ条約を調印し、占領が終わりを告げました。この日はいわゆる「主権回復の日」ともいわれますが、そうした「主権回復」の裏側で、日米安保条約と日米地位協定が締結され、米軍基地は固定化しました。さらにサ条約領土条項により千島列島が放棄され、奄美・沖縄が分離されたという事実があります。「主権回復」より65年を経た今、当時の日本が選んだ「単独講和」の是非も含め、戦後の意味を問い直すべきです。

また米国によるシリア攻撃や北朝鮮への軍事的威嚇を糾弾しました。アサド政権の化学兵器の使用や北朝鮮のミサイル発射などの軍事的挑発は絶対に許されるものではありませんが、これに対する米国の攻撃や軍事的威嚇にも理はありません。シリアへのミサイル攻撃は国連決議を得ない違法な先制攻撃であり、朝鮮半島近海への空母派遣はいたずらに東アジアの緊張を高めるだけです。米国が中国の介入へ期待したことが示唆するように、北朝鮮問題は6カ国協議の枠組みでの外交的・平和的解決が必要であり、日本はそうしたイニシアチブをとるべきです。

 

平成29年4月22日~25日 花瑛塾第7次沖縄派遣団

4月22日から25日まで、花瑛塾第7次沖縄派遣団が現地を訪れ、23日、24日、25日と3日間活動を行いました。

23日、那覇市に鎮座する沖縄県護国神社を参拝した後、豊見城市にある海軍壕公園を訪れました。ここには沖縄戦時、海軍の司令部がありましたが、琉球王国時代にも海岸に面している地形から、船の入港を知らせる施設があったといわれています。

その後、沖縄県北部の本部半島に位置する本部町を訪れ、日本人の母親と米兵の父親を持つ方から、自身の半生など様々なお話を伺いました。また東村高江にてヘリパッド建設が進められている北部訓練場の状況を確認した上で、住民の方から現状を伺い、基地問題など様々なことを話し合った他、やんばるの森と海を案内していただきました。

24日、コザ(沖縄市)を訪れ、街の方々に72年沖縄返還前後の沖縄パスポートや基地内の墓地についてお話を伺いました。沖縄ではシーミー(清明祭)という沖縄の伝統行事があり、先祖の墓に親族で訪れ食事をするなどしますが、沖縄戦以降私有地に米軍基地ができたため、基地内に墓地があり、基地に入って墓参を行うといった現状があります。

その後、沖縄市戦後文化資料展示室を訪れ、ベトナム戦時、沖縄から戦場に向かう米兵や当時の沖縄の様子を拝観しました。その他、コザにある慰霊碑や糸満市にある平和創造の森公園を訪れました。平和創造の森公園では、沖縄戦で犠牲となった方々を慰霊する慰霊塔が自治体毎や団体毎に多数建立されており、特に訪れた「ひろしまの塔」では千羽鶴を献じる台が新設されているなど、いまなお慰霊は行われていることを実感しました。

25日、沖縄県立博物館・美術館「沖縄本土復帰45年特別展’写真家が見つめた沖縄1972-2017’」を観覧しました。沖縄の若手写真家が写し出した沖縄「返還」の1972年から現在に至るまでの沖縄の様々な風景やシーンから、沖縄の伝統や文化を継承しようとする姿勢を感じました。この模様はテレビなどでも紹介されたようです。

平成29年4月21日 神明社参拝

神明社(千葉県柏市)を参拝しました。

御祭神は天照大神、応神天皇、武甕槌神の三神です。

この三神は中世以降特に信仰を集め、正直・清浄・慈悲の象徴といわれ、当時の信仰を見て取ることができます。

同社は鎌倉時代に勧請されたといわれ、いまなお地域の尊崇を集めています。

平成29年4月21日 沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第3講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第3講「沖縄を知るための100冊」(講師:宮平真弥氏)を受講しました。

講義内容は、沖縄の歴史や基地問題などを考える上で必要な資料を紹介するものでした。書籍だけではなく映像資料も複数紹介され、沖縄戦における従軍慰安婦の苦労などの紹介もありました。

講師の宮平氏は法政大学で法制史を学び、法制史や法学を教授するかたわら、近著に『琉球独立への本標(ほんしるべ) この111冊に見る日本の非道』があり、沖縄を知る111冊の本を書評し、沖縄を独立までに追いやる日本の沖縄への非道を訴えています。

また講義では、明治新政府は琉球王国とどのように対応し処遇すべきか様々な意見がありましたが、法政大学に所縁深いボアソナードもそのようないわゆる「琉球処分」に見解を示したというエピソードの紹介があり、興味深いものがありました。

自民党選対委員長・古屋圭司氏の発言に関連し、沖縄問題を訴えました

自民党本部前にて同党選対委員長・古屋圭司議員の「詐欺行為にも等しい沖縄特有のいつもの戦術」などの発言に抗議しました。

古屋議員の発言は、直接的にはうるま市長選候補の給食費無料政策などについていうものですが、当該政策には財源の根拠もあり、段階的に実施するという具体的なものです。

さらに宜野湾市など他市の自民党系の市長も同じ公約を掲げ当選した過去もあり、実際に複数の自治体が給食費無料を実施しており、政策批判としても問題があります。

薩摩藩によるいわゆる「琉球入り」といわれる琉球侵攻、そして明治政府によるいわゆる「琉球処分」以降、沖縄への「本土」の視線は侮蔑と偏見に基づくものが少なからずあったのは事実ですが、現在においてなお国会議員にして自民党の要職に就く者が「詐欺行為」、「沖縄特有」、「いつもの戦術」などといった侮辱的な発言をすることは許されません。

そしてこうした沖縄への蔑視は古屋議員一人の問題ではなく、多くの日本人に共通する問題であり、全ての人が日本と沖縄の歴史を学び直し、認識を改める必要があるはずです。

平成29年4月20日 花瑛塾行動隊街頭宣伝行動

花瑛塾行動隊は、都内一円で安倍政権の進める高江ヘリパッド建設・辺野古新基地建設の再考を求め、自主的な外交と防衛の必要性を訴えました。

また、ロシア大使館前にて北方領土の返還を求めると共に、アメリカ大使館前にてアメリカの違法なシリアへの先制攻撃を批判し、北朝鮮への異常な軍事行動を戒めました。

シリア・アサド政権の化学兵器の使用や北朝鮮のミサイル発射・核実験などの軍事的挑発は許されませんが、アメリカのシリア攻撃は国連決議に基づくものではなく、北朝鮮への艦船派遣も無用な緊張を生むものであり、日本政府は支持するべきものではありません。

その後、自民党本部前にて自民党選対委員長・古屋圭司氏のうるま市長選挙に関連する暴言に抗議し、沖縄への認識を改めるよう求めました。