平成29年2月16日 烏森神社参拝

烏森神社(東京都港区)を参拝しました。

御祭神は倉稲魂命、天細女命、瓊々杵尊です。創始は平安時代までさかのぼり、藤原秀郷が勧請したと伝わります。

平成29年2月15日 靖国神社参拝

靖国神社(東京都千代田区)を参拝しました。

同社の御祭神や御由緒はいうまでもありませんが、同社は再来年に創立150年を迎えるため、境内各所で休憩所の増設など記念事業が行われています。

同社に神霊をお祀りするに先立ち、まず神霊をお招きするための招魂祭を行う招魂斎庭跡も拝礼・見学しました。

平成29年2月11日 琴似神社参拝

琴似神社(北海道札幌市)を参拝しました。

同社の御祭神は、天照大御神、豊受大神、大国主大神、武早智雄神、土津霊神です。

同社の御由緒は、北海道神社庁によれば、

明治8年北海道開拓使最初の屯田兵として琴似に入植した240戸の人々は旧亘理藩(宮城県)藩祖伊達藤五郎成実公の遺徳を敬慕して武早智雄神と尊称し、御神徳を北海道開拓の上に顕彰するため武早神社と号し創建した。明治30年その鎮座地を山の手5条1丁目に移し、神祠を移築して本殿とし、更に幣殿、拝殿を造築した。明治44年に大国主大神を御増祀。大正4年、現在の御鎮座地に遷座し、郷社と認定される。紀元二千六百年を記念した境内の大改修と共に昭和42年、諸施設整い、伊勢神宮の特旨を仰いで同年10月28日特別神璽を拝受、両宮の神々を御増祀、更に平成6年旧会津藩(福島県)藩祖保科正之公、土津霊神を御増祀、大先祖の神々の民族生成発展の御理想を欣仰いたしている。

と記されています。

雪が積もる同社をお参りし、往時の人々の労苦と崇敬の篤さが胸をうちました。

また、2月6日には札幌市内を見学し、札幌大通り公園で開催中の雪まつりを見学しました。

【声明】2月7日「北方領土の日」における花瑛塾同志3名の逮捕に関して

2月7日12時15分、花瑛塾同志3名はロシア大使館近くの飯倉片町交差点にて「北方領土の日」に関する街頭宣伝中、「国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律(静穏保持法)」違反で逮捕されましたが、検察官の勾留請求を裁判所が認めず、同月10日21時被逮捕当該3名全員が釈放されました。なお、あくまで身柄の勾留は必要がないとされ釈放されただけであり、現在でも捜査機関による捜査は継続しており、検察の判断によっては起訴され、公判が行われる可能性もあります。また、街宣車等は証拠品として押収中です。

2月7日当日は、ロシア大使館付近での街宣後、「ニュース女子」沖縄ヘイト・デマに抗議するべく、東京MXやDHCシアターでの街宣を計画しておりましたが、逮捕により頓挫してしまいました。このことが最大の心残りですが、また改めて運動を計画し近日中には実施していく予定です。

本件により多くの皆様に御心配をおかけしました。また同志の勾留中には各方面より激励と差し入れをいただき、応援街宣まで企図された団体・個人もいらっしゃいました。皆様の御恩情に対し心より御礼申し上げます。

なお、本件における静穏保持法を根拠とする警察の逮捕権の行使に関して様々な意見・分析をいただいておりますが、花瑛塾として我が事について疎明することはありませんし、論評することもありません。ただし、静穏保持法による検挙事例はここ数年皆無であったことは間違いのないことです。国会周辺や官邸周辺では現在も多くの市民団体・政治団体が抗議行動を行っており、過去には国会周辺でのデモ等の規制実施をヘイトスピーチ規制にこじつけて提起した政治家もいるなかで、本件を契機とし、今後、各種政治運動や市民運動へ静穏保持法の適用が拡大すること、それにより各方面の運動が萎縮することは懸念しています。

花瑛塾は沖縄米軍基地問題だけでなく、日本の領土問題にも当然問題提起をしています。そのなかで各方面のお力添えのもと、元北方領土島民・引揚者との交流を深め、昨年には南樺太旧豊原市(ロシア名、ユジノサハリンスク)において行われた樺太島全死没者慰霊祭に祭員として参列するなど、特に弱い者・傷つく者の側に立つ立場から元島民・引揚者の視点に立って北方領土問題を訴えています。

旧ソ連の参戦により落命した北方領土元島民や命からがら引き上げた北方領土元島民・引揚者は、戦争により運命が左右され、命を危うくし、生活を失い、その後も日本と諸外国による政治的駆け引きに翻弄され続けました。こうした一連の経緯の構図は、沖縄は無論、日本各地そしてアジア各地での先の大戦に関連する無辜の民衆の悲運に似通っています。

同時に確認するべきは、ロシア・旧ソ連による国際法違反の対日参戦と侵略は当然許されませんが、旧ソ連の参戦には米国の教唆が存在し、米ロの共謀のもとで行われたという事実です。その上で、北方4島の即時一括返還論に拘泥するあまり、日ロ領土交渉を坐礁させたのは政府・自民党の責任でもあり、そのような外交方針の背景には、東西冷戦構造における日ロの緊張緩和を是認しなかった米国の圧力が垣間見れます。いまこそ戦後外交の大胆な更新を行い、平和と自主独立の立場に基づく日ロ外交と日米外交の展開が求められます。

 「戦争の記憶の継承と慰霊」を掲げる花瑛塾は、これからも北方領土問題に取り組み、政府・自民党の外交方針を糺すとともに、米ロ両国に対し北方領土問題における非道・不法を追求し、かつ北方地域の領土編入の歴史的経緯やアイヌの権利擁護そして元島民の思いといったものへの配慮を忘れることなく、領土問題の原則的かつ合理的な帰着点を見出していきたいと考えます。

平成29年2月1日 御穂鹿嶋神社参拝

御穂鹿嶋神社(東京都港区)を参拝しました。

同社は、藤原藤房公をお祀りする御穂神社と武甕槌命をお祀りする鹿嶋神社が合祀され、現在の御穂鹿嶋神社となりました。

鹿嶋神社は江戸時代に芝浦に鹿嶋より祠が流れ着いたため、鹿嶋社祭神・武甕槌命を勧請したと伝えられています。また御穂神社は室町時代に同じく芝浦に藤原藤房公をお祀りし創建されたと伝えられています。

1月28日より5日間、花瑛塾沖縄派遣団が現地で活動しました

1月28日から2月1日まで、花瑛塾沖縄派遣団が沖縄に赴き、現地にて活動を展開しました。

活動内容は、沖縄県護国神社や琉球八社の一つ沖宮の参拝などの神仏奉拝、首里城など史跡見学、沖縄戦における戦没者の遺骨収容や遺品・遺物の回収と慰霊、新基地建設やヘリパッド建設が進むキャンプ・シュワブ(沖縄県名護市辺野古)や北部訓練場(沖縄県東村・国頭村)の見学、現地の人々との意見交換などです。

首里城は琉球王朝のグスク(城)の一つですが、沖縄戦と琉球大学の建設により破壊され、平成に入り現在の地で復元されました。城内には御嶽が存在したとあり、軍事施設であると共に宗教的・文化的施設でもあったそうです。また、琉球では日本はもちろん中国や遠くタイとの交易も行われていたことを展示品などから学びました。

遺骨収容では収骨には至らず、銃弾や当時の硬貨などを回収しました。周囲には米軍の火炎放射を受けたと思われる黒く焦げたガマがあるなど、沖縄戦の凄惨さに改めて思いをはせました。

ヘリパッド建設が進められる高江では、既にオスプレイの離発着訓練が開始され、地域住民は日常生活に不安を抱えている状態でした。北部訓練場の一部返還式も行われ、さらに辺野古新基地建設が再開される中で高江での反対運動は縮小傾向にありますが、本格稼働が始まるこれからが戦いの本番だと決意を新たにしました。

首里城

遺骨収容作業

ひめゆり学徒散華の跡

辺野古から高江に通じる二見バイパスの二見杉田トンネルを高江側に位置する二見楚久トンネルから撮影(東京MX「ニュース女子」は辺野古側から高江側へ二見杉田トンネルをくぐると反対運動が激しく近づけないというが、実際にはこのように何もない)

IWJに花瑛塾による東京MXへの抗議行動が取り上げられました

IWJ(Independent Web Journal)に花瑛塾による1月20日の東京MXへの抗議行動が取り上げられました。

以下、IWJの記事より確認できます。

「日本の捨て石となった沖縄の苦しみに寄り添うのが本当の右翼だ」〜「ニュース女子」沖縄ヘイトに保守団体「花瑛塾」が抗議!一部の保守に対しても「左翼憎しで真実見えていない」と批判 2017.1.20