広島・長崎原爆投下の日 核廃絶を訴える街頭宣伝

花瑛塾行動隊は6日、アメリカ大使館前、首相官邸前、外務省前、自民党本部前にて、アメリカによる広島・長崎への原爆投下を弾劾し、朝鮮人被爆者も含む全ての犠牲者のために、日米こそが核廃絶を目指すよう求めました。

1972年沖縄返還にいたる返還交渉は「核抜き、本土並み」が標語でしたが、実際には沖縄に配備中の戦略核などが撤去される一方、有事の際には沖縄への核の持ち込みを認める密約が存在しました。日米の核の”許容”はただされるべきです。

街宣にあたり、関東大震災犠牲者とともに東京大空襲犠牲者の御遺骨をお納めする東京都慰霊堂を参拝し、東京大空襲犠牲者に哀悼の意を表しました。原爆投下のみならず、東京大空襲など米国による都市空襲も巨大な戦争犯罪であり、許されません。特に東京大空襲は「無差別爆撃」ではなく、あえて非戦闘員を狙い住宅街を目標とする「選別爆撃」だったことが米軍資料から明確になりつつあります。

こうした歴史的事実を踏まえつつ、いまを生きる私たちは怨讐を乗り越えて犠牲者の無念を晴らすためにも、日米こそが手を取り合い核廃絶と世界の平和を目指すべきではないでしょうか。

花瑛塾第9次沖縄派遣団 平敷兼七ギャラリー

花瑛塾第9次沖縄派遣団は6日、平敷兼七ギャラリー(沖縄県浦添市)で開催中の写真展「二人展シリーズVol.6 社交街」を鑑賞し、その後、トークイベント「社交街から見た沖縄」を拝聴しました。

米兵を相手とする歓楽街・真栄原社交街(沖縄県宜野湾市)に生きる人々を写した平敷氏や中川大祐氏の写真から、沖縄現代史への思いを新たにしました。

またトークイベントでは真栄原社交街の成立や最盛期の状況、あるいは基地撤去運動の盛り上がりのなかで、米兵の外出禁止令という米軍の措置を受けた社交街の苦境や反発などの話を伺い、同じ地域に生きる人々のなかに強者によって持ち込まれ敷かれる「分断」について考えました。

広島・長崎原爆投下の日を控え、「核なき日本」「核なき世界」を訴えました

花瑛塾行動隊は広島・長崎原爆投下の日を間近に控えた4日、アメリカ大使館や首相官邸前にて、原爆投下や東京大空襲などの都市空襲といった先の大戦における米国の戦争犯罪を糾弾しつつ、加害国米国と被害国日本こそが手を取り合い、核廃絶と世界平和を実現することが真の犠牲者の慰霊であることを訴え、日米両政府に核廃絶への取り組みと核兵器禁止条約への批准を求めました。

 

花瑛塾第9次沖縄派遣団 北部訓練場工事再開抗議

花瑛塾第9次沖縄派遣団は4日、沖縄県東村・国頭村に位置する米海兵隊演習場・北部訓練場(キャンプ・ゴンザルベス)にてヘリパッド建設および進入路などの関連施設の工事再開について抗議しました。

抗議行動では毎回、工事再開とヘリパッド建設による北部訓練場の基地機能強化の問題について訴えていますが、基地撤去後の軍警(日本人警備員)など軍雇用者の雇用確保など、基地撤去の現実的根拠も訴えています。

軍用地料や軍雇用者の収入など基地関連収入が沖縄県の県民総所得に占める割合は、5パーセント程度です。現在の沖縄県はけして基地依存型経済ではありません。軍用地料も大半の軍用地主が年100~200万円程度を得ているだけであり、返還された基地の再開発が進めば地料の確保が見通せます。基地撤去による軍雇用者の雇用安定も、新規雇用の漸減などによる軍雇用者の自然減など、方法はいくらでも考えられます。

基地撤去により莫大な経済効果が生まれるという試算もあり、実際に北谷町のハンビー飛行場跡地は返還後にアメリカンレッジとして再開発され大変賑わっているという例もあります。

基地撤去は現実的に可能なことであり、「撤去できない理由」を探すのではなく、「撤去できる根拠」を探すべきではないでしょうか。

安倍第3次改造内閣と日本の原子力政策について

 8月3日、安倍第3次改造内閣が成立した。改造人事の目玉は、野田聖子氏の総務相就任と河野太郎氏の外相就任とのことである。安倍政権に期待するものは何もないが、新外相・河野太郎氏が以前より提起している日本における核燃料サイクルの問題は、考えるべきものである。

 そもそも日本の原子力政策は、原子力発電において排出される使用済み核燃料の処分とウランの有限性の観点から、「核燃料サイクル」の実現という基本線のもと、原発を稼働させることになっていた。

 核燃料サイクルとは、高速増殖炉サイクルとプルサーマルサイクルからなる。高速増殖炉サイクルとは、概略、以下のようなサイクルである。

  1. ウラン燃料を原発で燃焼させ発電する
  2. ウラン燃料を燃焼させると使用済み核燃料が排出される
  3. 使用済み核燃料を再処理工場において再処理し、プルトニウムを取り出すなどした燃料(MOX燃料)を製造する
  4. MOX燃料を高速増殖炉に投入し燃焼させ発電する
  5. 高速増殖炉においてMOX燃料を燃焼させると、さらにプルトニウムが取り出せる
  6. 取り出したプルトニウムを高速増殖炉に投入し発電する

 以上が高速増殖炉を用いた核燃料サイクルであり、日本の核燃料サイクルの核となっている。再処理工場としては青森県六ヶ所村に再処理工場があり、高速増殖炉としては「もんじゅ」が有名である。

 しかし高速増殖炉「もんじゅ」は長年完成することはなく、2016年にはついに廃炉が決定した。しかし原発を稼働させれば使用済み核燃料が排出されるのであり、現在、日本の原発は使用済み核燃料で溢れている状況にある。また海外の再処理工場に使用済み核燃料の再処理を委託しているが、高速増殖炉「もんじゅ」が操業しない以上、再処理をし取り出したプルトニウムの消費先はなく、日本の保有するプルトニウムは45トンにまで達する。北朝鮮が50キログラムのプルトニウムを保有し国際的な大問題となったことを考えると、日本の保有するプルトニウムがいかに大量が理解できるだろう。

 高速増殖炉サイクルの破綻を受けて、政府と電力会社は、プルサーマルサイクルを核燃料サイクルの主軸とし始めた。プルサーマルサイクルとは、概略、以下のとおりである。

  1. ウラン燃料を原発で燃焼させ発電する
  2. 排出された使用済み核燃料を再処理し、MOX燃料を製造する
  3. MOX燃料を通常の原発に投入し発電する

 このプルサーマルサイクルも実は前途多難である。そもそもMOX燃料は、使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムと劣化ウランを混ぜ合わせて製造するため、政府と電力会社はプルトニウムの処理につながるというが、MOX燃料の内容比は、劣化ウランとプルトニウムの比率が9:1の割合となっており、プルトニウムの処理の切り札とはならない。

 そして一番の問題点は、どちらの核燃料サイクルにおいても、再処理の段階などで高レベル放射性廃棄物が排出されることにある。この高レベル放射性廃棄物の日本国内での処分先は、決まっていない。つまり、核燃料サイクルが実現しても本作で取り上げられた高レベル放射性廃棄物の保管・処分は不透明であり、その意味でも核燃料サイクルは成立していないといえる。

 2011年3月11日の東日本大震災と原発事故をうけて同年4月に日本で緊急公開され注目を集めた映画『100,000年後の安全』(マイケル・マドセン監督・脚本)は、フィンランド・オルキルオト島に建設中の放射性廃棄物保管・処分施設「オンカロ」を題材とし、その建設方法や処分計画と処分方法、そして処分完了後の施設のあり方を丹念に追いかけ、放射性廃棄物と人類との共存について問題を提起する内容となっている。

 本作を観ると、「オンカロ」の操業が絶対に成功するという保証はなく、高レベル放射性廃棄物の保管・処分は、まったく未知の領域にあるということが理解できる。

 「オンカロ」では、「この地は危険である」と様々な方法を用いて表示を行い、その上で10万年間地層に高レベル放射性廃棄物を保管するというが、そのようなことは可能なのだろうか。いまから10万年前の地球は、現代人の祖先がいよいよアフリカから各地に進出したという時代である。かりにそのころの人類が、「この地は危険である」と何らかのメッセージをいまの私たちに送っていたとして、私たちはそれを真剣に受け止めるだろうか。いや、そのメッセージを読み解くことができるだろうか、そもそもそのメッセージに気付くことがあるだろうか。高レベル放射性廃棄物の保管・処分について、人類はいまだ有効な方法を見つけていないということなのだ。

 東日本大震災では、三陸沖で大変な津波の被害があったが、歴史をふりかえると三陸沖ではたびたび巨大津波があり、そのつど「海岸近くに住んではいけない」と人々は教訓を残したが、それは生かされなかった。たかだか数十年数百年の時間の経過によって、教訓は忘れ去られてしまうのである。10万年後であれば、推して知るべしである。

 東日本大震災と原発事故から6年以上の月日が経ち、原発も再稼働が進みつつある。しかし核燃料サイクルや放射性廃棄物という観点から考えても、原発再稼働は無理がある。安倍政権は、日本の原子力政策の全面転換と原発の即時全面廃炉を進めるべきである。

(画像は、内閣改造に際し記者会見する河野太郎・新外相 時事ドットコムニュース 写真ニュースより)

8月6日9日 広島・長崎原爆投下の日を前にー「核なき日本」「核なき世界」を目指してー

 1945年8月6日8時15分、米国は広島市上空に原子爆弾を投下し、15万人もの無辜の民の生命を奪った。それのみならず長期に渡り多くの人が原爆症といわれる放射線障害に苦しめられた。8月9日には長崎にも原爆を投下し、7万3千人もの市民を殺害した。

 米国による原爆投下は、非戦闘員の殺害を目的とした戦争犯罪であり、その残忍な手法も含め許されない。原爆投下のみならず、3月10日の東京大空襲では、あえて非戦闘員を狙い住宅地が密集する東京の下町地区を目標に定める「選別爆撃」を行った。原爆投下や空襲といった米国の戦争犯罪は到底許されず、厳しく糾弾されるべきものである。

 しかしいまを生きる私たちにとってまた重要なのは、何の咎もなく業火に焼かれた犠牲者の無念を晴らすためにも、「核なき日本」「核なき世界」を実現し、日米がともに世界平和を築き上げることにある。

 昨年5月には米国オバマ前大統領が広島市の平和記念資料館を訪問後、原爆死没者慰霊碑に献花し、核の恐怖と核軍縮の取り組みについてスピーチをした。米国による原爆投下後、大統領の広島訪問や慰霊碑への献花は初めての出来事であり、後世、世界史に記録されるものであろう。大統領の献花とスピーチにより、犠牲者の苦しむ御霊はいささかなりとも鎮められたに違いない。トランプ大統領はもちろん、次代以降の米国大統領も被爆地を訪れ、犠牲者の御霊をお慰めするべきである。

 オバマ前大統領はスピーチにて「核保有国は、勇気をもって恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求しなくてはいけない」と訴えた。世界有数の核保有国である米国は、原爆投下の反省に立ち、スピーチの内容通り、すべての核保有国に先立ち核廃絶の取り組みをし、世界平和の確立に先立つべきである。

 日本もまた唯一の被爆国として「核なき日本」の実現はもちろん、「核なき世界」の実現に向けて各国に働きかけるべきだが、日本政府は先日の国連核兵器禁止条約に不賛同の意思を示すなど、核廃絶の動きに逆行している。終戦の詔書には「敵は新に残虐なる爆弾を使用して、頻に無辜を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし」ともあり、日本が核廃絶に取り組むべきことは、国家的使命ともいえる。

 戦後神社界を支えた葦津珍彦氏は、その論文「まづ核なき武装へ―終戦大詔の悲願継承せよ―」において、核兵器の残虐性と軍事情勢の変化から日本核武装論への疑問を呈すと共に、核兵器を許さず平和を希求する終戦の詔の強い意志から、日本の核なき防衛と世界的な核廃絶を訴えている。さらに葦津氏は、世界的な核廃絶の先導役に日本がなるべきだとも論じ、それは非核保有国の共感を結集させるものであり、日本の世界史的使命であるとする。

 現在、北朝鮮や中国の「脅威」なるものが一部において叫ばれ、こうした「脅威」を前に日本と国際世論がどのような動向を示そうが、何ら現実的な有効性を持たないと嘲笑されるかもしれない。しかし葦津氏は、同論文において、第1次世界大戦で使用された毒ガス兵器が第2次世界大戦では少なくとも公然と乱用されることのなかった事実を指摘し、国際世論と国際的取り決めの重みを示し、核廃絶においても国際世論と国際的取り決めの有効性を主張しているが、これは充分説得力がある。日本政府はただちに核軍縮政策を転換し、世界的な核廃絶に立ち上がるべきである。

 そしてオバマ前大統領が「科学によって、私たちは海を越えて交信したり雲の上を飛行したりできるようになり、あるいは病気を治したり宇宙を理解したりすることができるようになった。しかし一方で、そうした発見はより効率的な殺人マシンへと変貌しうる。(略)広島が、こうした現実を教えてくれる」とスピーチにて述べたように、科学技術の進歩が人類へもたらす惨禍といったより高次な問題も考えていくべきだ。つまり原子力発電所の即時全面廃炉など、原子力政策の転換も核軍縮政策と同時に進めていくべきである。

(画像は、慰霊碑に献花するオバマ前大統領 時事ドットコムニュース オバマ米大統領、広島訪問 写真特集より)

魂魄の塔(沖縄県糸満市)参拝

魂魄の塔(沖縄県糸満市)を訪れました。

魂魄の塔は戦後の沖縄で最初に建立された慰霊碑です。戦後、付近住民を中心に沖縄戦犠牲者の遺骨収容が始まり、収骨された遺骨がこの場所に集められ葬られました。後に葬られた遺骨の周りに石垣が組まれ、現在の姿となりました。

魂魄の塔の周囲には、「ひろしまの塔」「愛媛之塔」など北海道から鹿児島まで沖縄戦で犠牲となった各都道府県出身者の慰霊碑が建立されています。ただし「沖縄の塔」といったものはなく、この魂魄の塔がいわば「沖縄の塔」といえます。

とはいえ、「魂魄の塔」に収容された遺骨は、軍人と非戦闘員、日本人と朝鮮半島出身者、日本兵と米兵、沖縄県民と他都道府県出身者といった区別なく遺骨が収容された経緯があり、ある意味では沖縄戦におけるすべての犠牲者を慰霊する塔であり、平和を祈念する碑といえます。

2017年アフリカ・マコンデ族の音楽と文化交流ツアー 沖縄・那覇公演

「2017年アフリカ・マコンデ族の音楽と文化交流ツアー」沖縄・那覇公演(主催:NGOモザンビークのいのちをつなぐ会)を観覧しました。

この公演はモザンビーク共和国マコンデ族のアーティスト・ナジャがモザンビークの音楽を演奏し、その文化を伝える全国公演の一環です。2015年に日本で初めてマコンデ族のアーティストによる全国公演を行い、現在に至ります。

主催のNGOモザンビークのいのちをつなぐ会は、モザンビークにおける唯一の日本の草の根NGOです。

モザンビーク北部でのガス田発見もあり、モザンビークへの日本のODAは上昇していますが、モザンビークはポルトガル語圏のためNGOの参入が少なく、草の根レベルでの支援が立ち遅れています。日本とモザンビークの認識・理解促進をモザンビークのQOL改善の土台とするため、こうした日本での音楽と文化の宣伝を行っています。

ナジャの演奏後、マコンデ族のイニシエーションや呪術の話などモザンビークの宗教文化などを伺いました。

新外交イニシアティブ(ND)の取り組みと琉球救国運動

 「新外交イニシティブ(ND)」をご存知であろうか。

 NDとは、鳥越俊太郎氏(ジャーナリスト)、藤原帰一氏(東京大学教授)、マイク・モチヅキ氏(ジョージ・ワシントン大学教授)、山口二郎氏(法政大学教授)、柳澤協二氏(元内閣官房副長官補、元防衛庁官房長)、屋良朝博氏(元沖縄タイムス論説委員)を評議員とし、在日米軍基地問題や核とエネルギー問題、あるいは朝鮮半島問題などをテーマに、日本と東アジア各国の外交・政治について活発に情報発信・政策提言をしているシンクタンクである。

 特に在日米軍基地問題についてNDは本年2月、報告書『今こそ辺野古に代わる選択を-NDからの提言―』を発表し、普天間飛行場閉鎖・辺野古新基地建設について、具体的かつ政策的に実現可能な方法で普天間飛行場の閉鎖と辺野古以外の選択肢を明らかにしている。そこでは沖縄に駐留する第3海兵遠征師団・第31海兵遠征部隊(31MEU)の実情と米軍再編計画を読み直し、31MEUの拠点を沖縄以外へ移転、日米JOINT MEU for HA/DR(人道支援・災害救助)の常設、日米JOINT MEU for HA/DRの運用を支援するため日本による高速船の提供などの提言がなされている。

 これらの提言を実現するため、NDはワシントンを訪れロビー活動を展開している。少しずつ議員にアプローチしているものの、「ワシントンの壁」も存在するようだ。NDのロビー活動についてND評議員・屋良氏は次のように記す。

 今回もNDの猿田事務局長とスタッフは精力的に動き、20以上の議員居室でスタッフに政策提言をセールスして回った。この中で、民主党の人権派下院議員が直接面談に応じ、ほんの15分だったが沖縄問題に耳を貸してくれた。

 辺野古の海を埋め立てることの愚かさ、沖縄問題を放置することの政治的リスクを一気に猿田氏がまくし立てた。うなずきながら聞いていた議員は「沖縄の問題は理解している」と語った。続けて、「米軍へ施設を提供するのは日本政府であり、問題を処理する当事者は日本である」とすでに準備していたかのような定型の答えを返した。別の議員事務所では女性の政策スタッフが「あなたたちが行くべきは東京でしょ」と冷淡に言い放った。

 沖縄県知事や県議会、市民団体は何度もワシントンで要請行動を繰り返すが、この施設提供義務を盾にした米側のブロックに阻まれている。よしんば理解を得られたとしても、議員に「私に何ができますか」と問われると、具体策を提示できない場合もままあった。

 沖縄は国内問題だという指摘に対して筆者はこう切り返した。「日米安保条約上、施設提供義務者はおっしゃる通り日本です。他方、米軍の部隊配置を決めるのは米国政府です。海兵隊の展開方法を少し見直すだけで辺野古の海を救い、沖縄の多くの問題を解消させ、日米間の政治リスクを低減させるプランがここにある」とNDの政策提言をアピールした。

(沖縄タイムス 2017年7月24日)

 「日米安保条約上、施設提供義務者はおっしゃる通り日本です。他方、米軍の部隊配置を決めるのは米国政府です。海兵隊の展開方法を少し見直すだけで辺野古の海を救い、沖縄の多くの問題を解消させ、日米間の政治リスクを低減させるプランがここにある」との屋良氏の言葉は、考えさせられる。NDは報告書でも辺野古への固執は日米関係のリスクであり、海兵隊の沖縄駐留は米国の戦略上の利益にもならないとしており、施設提供義務者としての日本のみならず、提供される側の米国が「これでいいのか」と気づき、辺野古新基地建設・海兵隊沖縄駐留について再考することが問題解決の大きな一歩になることは想像に難くない。

 6月には基地建設反対運動において拘束・長期勾留された平和運動活動家が、その不当性を訴えてジュネーブの国連人権理事会で声明を発表するといった出来事もあった。海を渡り「正しいこと」を堂々と主張する人々に敬意を表するものである。

  明治12年の沖縄県設置など明治政府による琉球国併合(いわゆる「琉球処分」)の過程において、王府の士族たちは海を渡り清国に亡命し、琉球救国の請願を行うという、琉球救国運動(いわゆる「脱清運動」、「琉球処分反対運動」)を展開した。結果をいえば、琉球救国運動は失敗に終わった。琉球救国運動は、琉球の広範な民衆からの支持を集められず、同じ士族層すら結集させることはできなかった。さらに清国に亡命した士族たちは明治政府によって「脱清人」などと蔑称され、「彼等猶ホ恋旧ノ迷夢ニ彷徨シ、恣マヽニ清国ニ往来シテ、吾政府ヲ誣告シ、其国ニ帰ルヤ、誇張附会シテ清廷ヲ賞賛シ」たなどと非難されてしまう。

 しかし琉球救国運動がまったく無意味であったわけではなく、局所的で取るに足らない運動であったわけでもない。明治初頭より清国に亡命した琉球人、あるいは清国から琉球へ帰還した琉球人は数百名もの数に上り、亡命士族は北京や天津に拠点を築き、李鴻章など清国要職と交渉を行うなどした。さらには欧米諸国への呼びかけもおこない、本土でも一定の注目を集めた。

 琉球救国運動は自立した琉球の国家的・民族的な存亡に関わる問題であり、士族の「琉球」的民族意識や自己意識とも深く関わる重要な歴史的出来事といえる。士族的特権の維持や王府の政治体制の悲惨な現状と塗炭の苦しみにあった琉球民衆の存在など、琉球救国運動には様々な批判的視点も必要であるが、さらなる評価があってもよいだろう。

 NDの取り組みや国連での沖縄における人権問題の訴えと琉球救国運動を安易に結び付けるわけではないが、海を越えて外国に渡り、直接的に「理」をもって「非」を正すこと、そして「沖縄のアイデンティティ」に着目する点は、似ているともいえる。琉球の先人の思想と行動に学びたい。

(画像:米国会議員秘書に基地問題を訴える屋良氏、猿田氏 沖縄タイムスプラス2017.7.24 6:00より)

花瑛塾第9次沖縄派遣団 北部訓練場工事再開抗議

花瑛塾第9次沖縄派遣団は28日、沖縄県東村・国頭村にまたがる米海兵隊演習場・北部訓練場(キャンプ・ゴンザルベス)前にて、同訓練場におけるヘリパッドおよび進入路などの関連施設の工事再開へ抗議しました。

96年SACO合意では、北部訓練場へ新たに6か所のヘリパッドを建設することと引き換えに、敷地の過半が返還されることになりました。しかしこのヘリパッドがV-22オスプレイの離発着用のヘリパッドであることは長年に渡り沖縄県民に知らされず、日本政府の隠蔽体質が問題となりました。新たに建設されるヘリパッドも東村高江区を取り囲むように位置しており、地元住民を中心に反対運動が展開されています。

ヘリパッド建設とともに北部訓練場に隣接する宇嘉川河口および接続水域が新規に米軍に提供されることになり、北部訓練場はV-22オスプレイと強襲揚陸艦や脱出用舟艇を用いた陸海空一体の戦闘訓練を可能とする演習場へ変貌します。これは基地負担の軽減ではなく、基地機能の強化さらには基地負担の増加に他なりません。

また米軍準機関紙「星条旗」によると、18日には米海兵隊とフィリピン軍海兵隊がキャンプ・シュワブにて合同訓練を行いました。国内での米軍以外の他国軍の訓練は、嘉手納基地やホワイトビーチなど数か所に限って「国連軍」による使用が認められていますが、キャンプ・シュワブはそのような施設ではなく、キャンプ・シュワブにおける米海兵隊とフィリピン軍海兵隊の合同訓練は違法です。

2015年にもキャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセンで英国軍海兵隊々員が米海兵隊の訓練に参加していたことが判明し問題視されましたが、これについて外務省は「問題ない」との見解を示しました。今回の米海兵隊とフィリピン軍海兵隊の合同訓練は、こうした英国軍海兵隊の訓練参加に引き続くものであり、今後の訓練参加国拡大も危惧されます。米軍の無法と、それを追認する日本政府に強く抗議しました。