結 成 趣 意 書

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今般、同志一同心を一つに血盟を交わし、神道信仰と神道精神に基づく結社として、新たに花瑛塾を結成する運びとなりましたこと、謹んで御報告致します。

現今の祖国日本は、米国大統領選挙や英国の欧州連合離脱あるいは欧州での移民排斥の動き、さらには宗教過激派のテロリズムや民族紛争など、国際的な政情不安の只中にありながら、国としての明確な展望を打ち出せず、混沌たる状況にあります。

そうした情勢下、私どもが回顧し指針とすべきものは、維新の先人の思想と行動そして神道思想史家・安津素彦(あんづもとひこ)先生のいわれる「歴史の底に流れる日本民族性・文化性」としての神道信仰・神道精神に他ならないと考えます。

例えば、先の米国大統領選挙によって日米安保条約の見直しや在日米軍の撤退などがいわれていますが、日本と米国の関係性については、古くから維新の先人が論じてきました。

「神道の社会的防衛者」を自任する葦津珍彦(あしづうずひこ)先生は、その論文「維新問答」の中で日米安保体制を「米国に運命を委ねた隷属状態」と規定し、その打破を唱えていますが、愛国維新の精神に立てば自主独立と自主国防の気概と政策は当然のものであります。

現に昨年の日米新ガイドラインでは「島嶼部防衛において戦うのは自衛隊であり、在日米軍はその支援をする」とされています。ワイン・バーガー米国元国防長官は「在日米軍は日本防衛の為に駐留しているのではない」と議会で証言しており、日米安保条約により米国が日本を防衛しないことは明白です。米国の世界戦略の一端である在日米軍の存在を日本防衛の為とし、沖縄はじめ日本各地に基地を建設し維持し続けることは、まさしく葦津先生のいう隷属そのものです。

SACO合意に基づき普天間飛行場の辺野古崎移設や高江ヘリパッド建設による北部訓練場の返還がいわれていますが、米軍は数十年前より辺野古崎に新基地建設を計画しており、普天間飛行場移設は辺野古崎に新基地を建設する口実としてあるに過ぎません。高江ヘリパッド建設もオスプレイ配備の為に米軍が要求するものであり、既に必要のない北部訓練場の過半を返還する為の交換条件として高江ヘリパッド建設があるのではありません。まさしく辺野古や高江で起きていることは、在日米軍の基地機能の強化に他なりません。そしてどれだけ在日米軍基地の機能が強化されても、それが日本を守る為のものでないことは、既に見た通りです。今こそ自主国防体制の確立と米国に隷属しない自主外交の展開が求められます。

隷属は基地の存在のみに留まりません。日米安保条約に関連する日米地位協定では、在日米兵が公務中に惹起した犯罪に関し、米軍が第1次的に裁判権を有するとされ、一種の治外法権が認められています。それと共に在日米軍は数々の免税特権を保有し、その上で日本側は「思いやり予算」といわれる経費を米軍に支払っています。こうした関係が隷属でなくて何を隷属というのでしょうか。こうした日米の関係は、幕末に列強と締結した不平等条約に似ているものがあります。不平等条約の廃止は、幕末から実に明治44年までの時を待ちますが、この間の先人の屈辱や苦労を顧みる時、現在の隷属・不平等の日米関係の見直しは、現代に生きる日本人として当然のことと考えます。

葦津先生は「新しい国際情勢の転回に際して新しい決断を下すことこそ維新だ」とすると共に、「われわれは、今一度明治維新のスタートに戻る。あの時の祖先たちの精神・尊皇攘夷の精神に戻る」としています。国際情勢の大変動にあたって、現在の自民党政治は新しい決断を下そうとはしてません。無論、そこには尊皇攘夷の精神も存在しません。本来の愛国維新の精神に立ち戻り、維新の先人の思想と行動に学び、日米関係を再考していく必要があります。

憲法問題についても、維新の先人の思想と神道信仰・神道精神からの議論が必要とされています。稀代の神道神学者である上田賢治(うえだけんじ)先生は、神道信仰に基づく実践的な神道神学を展開する中で、日本国憲法第1章天皇条項における象徴天皇の論理の再解釈を行い、大日本帝国憲法の天皇条項を穏当としつつも、日本国憲法の意義を示されました。さらに上田先生は、明治維新における五箇条の御誓文を取り上げ、民主制と君主制の両立を説き、日本の文化の伝統に根差す政体の意味と価値とを、誤ることなく国民に自覚せしめる努力を神道家の営みとすべしとしています。自主憲法制定や憲法改正は当然の目標としつつも、まずは日本国憲法の意義と日本の政体が何に根差すべきかを考えることが第一ではないでしょうか。

憲法問題では立憲主義についても考えなければなりません。一昨年の集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更やいわゆる平和安保法制の成立など、現在の政権与党は憲法破壊そして立憲主義の破壊を平然と行い、南スーダンPKOにおける駆け付け警護の行使など自衛隊そして日本全体を危険に晒し、さらに日本が国家として外国人を殺傷する可能性までもたらしました。大日本帝国憲法の復活にせよ日本国憲法の改正にせよ護憲派にせよ、どのような憲法観を持っていようとも立憲主義の破壊は許されざることです。特に神道信仰・神道精神の立場からは、明治8年の立憲政体の詔書を承ることから考えても立憲主義の破壊は容認できません。同時に、いわゆる平和安保法制の成立により、PKO活動の拡大やISAF型国際貢献活動への参加により、自衛隊員の「戦死」リスクが格段に高まりましたが、戦死した自衛隊員は国家としてどのように位置付けられ、慰霊・追悼されるのか議論はありませんでした。日本国憲法における政教分離条項の見直しや靖国神社観などにも関わる問題であり、神道信仰・神道精神から考えるべき事柄であるはずです。

また反共運動は、何よりも天皇論からの再検討が必要とされています。日本共産党は、平成6年までの党綱領で「君主制の廃止」を明記していましたが、平成16年の新綱領からはそのような直截な表現を修正しました。彼らは終局的な目標として憲法上の制度としての天皇制の廃止を目指すも、彼らの当面の目標とする連合政府においては天皇条項を維持するとしています。

天照大神より神宝を継承した皇孫である天皇が現御神であることは神道信仰に基づき自明の事柄です。そうした天皇と天皇を戴く国である日本をいかに守るかに視点を置く時、日本共産党の終局的な目標を許容することはできませんが、自由民主党の憲法草案における天皇の元首化は天皇の歴史に顧みて疑問の余地があり、ここにおいて自民党も共産党も大同小異であるとさえいえます。

先の米国大統領選挙では、米国民主党大統領選挙候補として社会主義者を名乗るバーニー・サンダースが米国の若い学生を中心に熱狂的な支持を集め、ヒラリー・クリントンと互角に戦いました。一方、国内では日本共産党は野党共闘を唱え、政局を主導するかのような勢いにあります。こうした事態の背景には社会主義や共産主義への共感というよりも、現在の行き過ぎた格差社会の是正や閉塞感の打破を求める感情が根底にあり、その受け皿に社会主義や共産主義がなっているものと思われます。

このような状況における本来の反共運動とは、こうした勢力が伸長する余地をもたらす社会的な不満や不穏の根本的改革こそが必要であり、その為にも反共運動の内容は常に最新のものに更新し、彼らに提言しこれを説得させ、考えを改めさせて、神道信仰・神道精神に帰一させる気構えと新機軸が必要であるはずであり、それは自由民主党に対しても他の政党に対しても行うべきことです。

自由民主党が財界と結び付き、大企業優先の政治を行っていることは今更いうまでもありません。そうした中で大企業の大型開発が自然環境への多大な負荷をもたらしていることも報道などで知られていることです。上田先生の指摘する通り、神道信仰において国土山川草木は神の生みの子であり、それは人間も同様です。そうであれば神と人と自然は本質において繋がっているのであり、人間の欲得の為に安易に破壊してよいものではありません。これは原発問題や基地問題にも通底することであり、神道信仰と神道精神に立つ時、自由民主党の財界優先政治にも対決しなければならないはずです。

神道信仰において人間とは神の命持ちであり、生成発展の御業すなわちこの国土を修理固成する御業に参画することが人間の使命であって、その意味において幕末の国学者である鈴木重胤は「修理固成の用無くば神も人も無用の長物と云べし」とまで明言しています。

以上のような立場から、私どもは日本国憲法や日米安保体制あるいは自民党政治など戦後体制を巡る旧来の思想的枠組を超え、是は是、非は非として柔軟で幅広い戦線を築き、しかし単なる反米闘争や反体制闘争に留まらず、あくまで歴史の底に流れる日本民族性・文化性すなわちかかる神道信仰・神道精神を根底とし、それをしっかりと固め、その上で国内外の最新の情勢や動向に目を凝らして現代時局を論じ、これを撃つ為の、伝統的な日本精神に基づきながらも常に新しい生成発展の運動を展開し、修理固成の御業への参画をしたいと考えています。

花瑛塾は、今日まで学んだ思想と運動を基礎として、さらに今日まで私どもを育てていただいた大恩への感謝の礼代として結成しました。そのような大恩を足蹴にせず、また独自の信念に基づき自分の力で運動を展開せよとの御言葉を裏切らぬよう、あくまで自主独立し独力での運動を展開する所存でありますが、精神的思想的な御指導と御鞭撻を賜りたく、伏して御願い申し上げます。

平成28年11月吉日

花瑛塾 塾長 木川智

花瑛塾 塾生 一同

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