5月17日公開セミナー KAEI SEMINAR「沖縄が示した民意をどう受け止めるか─沖縄県知事選挙・県民投票・国政選挙を振り返って─」を開催します

 5月17日(金)KAEI SEMINAR を開催します。席に限りがありますので、参加希望の方は 【KAEI SEMINAR】まなび よりお申し込み下さい。

沖縄が示した民意をどう受け止めるか─沖縄県知事選挙・県民投票・国政選挙を振り返って─

 2月の辺野古県民投票では、埋め立て「反対」の圧倒的な民意が示された。またデニー知事や故翁長前知事が当選した県知事選挙や「オール沖縄」による過去の衆参国政選挙など、沖縄では新基地建設反対・基地負担軽減を求める民意が繰り返し示されている。しかし、それでも政府は新基地建設を強行し、4月の衆院沖縄3区補選では基地問題が争点になるなど、再び沖縄の「民意」が問われている。「それでいいのか」─問われているのは沖縄の民意を足蹴にする「本土」の民意なのではないのだろうか。

 そこで県知事選挙や国政選挙、県民投票を間近で取材し、関わってきた講師をお招きし、各選挙のエピソードや沖縄のリアルな民意を伺いたい。また最近の沖縄での「開かれた候補者選考」を求める動きも解説いただく。

講師:渡瀬夏彦(ノンフィクションライター)

ノンフィクションライター。沖縄「県民の声」100人委員会呼びかけ人。1959年埼玉県生まれ。沖縄通い28年の後、移住14年目。スポーツ取材の他、「週刊金曜日」などで基地問題など沖縄関連の記事を多数執筆。

渡瀬夏彦「翁長樹子さんが語る夫、雄志前知事の思い」週刊金曜日2018.9.26
日時:2019年(新元号元年)5月17日(金) 開場:18:30 開会:19:00
予約:必要(席に限りがあるため、参加希望者は【KAEI SEMINAR】まなびよりお申し込み下さい)
会費:500円(学生、障がい者、介護者無料)
会場:NATULUCK水道橋西口・神保町会議室(東京都千代田区西神田2-4-1東方学会新館2階)
 ※ 1階にヤマト運輸西神田センターが入居しているビルの2Fです
会場までの経路
東方学会会館新館入口(こちらの建物の2階です)

地下鉄神保町駅A2出口を出てすぐの専大前交差点を右折し、専大通りを水道橋駅方向に200メートル進み、セブンイレブンとホテル「ヴィラフォンテーヌ九段下」の交差点(西神田交差点)を右折し、50メートルほど進んだ一つ目の交差点を左折してすぐ(東方学会本館ではなく隣の東方学会新館です)。

※ナビは「ヤマト運輸西神田センター」で設定して下さい。

KAEI SEMINAR「やんばる地区の米軍基地に関する環境問題」開催しました

 3月22日、4回目の KAEI SEMINAR を開催しました。

 今回の講師はチョウ類研究者のアキノ隊員(宮城秋乃さん)、テーマは「やんばる地区の米軍基地に関する環境問題」でした。

 今回のセミナーでは、北部訓練場返還地の現状とやんばる国立公園化の問題点、あるいは北部訓練場周辺の集落である高江・安波や北部訓練場返還地における米軍機の飛行状況、そして高江・安波で講師が発見した希少動物や米軍ヘリパッド建設や米軍機の飛行が野生動物や生態系に与えた影響の具体例などについて、映像とともに報告いただきました。

 特にオスプレイが飛行することによる風圧や騒音によるものと思われる希少種のノグチゲラの異常行動には胸が痛みました。また返還地で発見される空包や照明弾、携行糧食の廃棄物など米軍廃棄物や土壌汚染の実態は深刻であり、返還地の国立公園への編入も問題がないのか疑問です。同時に、米軍基地があったから自然が守られたという言説も、北部訓練場返還地の廃棄物や汚染の実態を見れば、まったく根拠がないことがわかります。

 それとともに沖縄防衛局による廃棄物の除去の不徹底や自然破壊も目立ち、米軍だけでなく日本政府の対応も環境上重要な問題があることがわかり、大変勉強になりました。

セミナーの様子

平成31年3月22日 ニュージーランド・クライストチャーチにおける銃撃事件犠牲者慰霊・追悼

 ニュージーランド・クライストチャーチのモスクで15日、約100人が死傷する銃撃事件が発生しました。犠牲者を追悼し、駐日ニュージーランド大使館にて記帳しました。

 ニュージーランドは近年、移民を多く受け入れていますが、逮捕された犯人らはムスリムはじめ移民や外国人を憎悪する過激な思想の持ち主であり、反移民を主張する声明文も残していたといわれており、事件はヘイトクライムと見られています。

 礼拝中のモスクに乱入した犯人は迷彩服を着用し、携行した自動小銃を乱射したといわれています。犯人らが使用した車には爆弾も積み込まれ、さらには身に着けたカメラで襲撃の様子を生中継していたともいわれています。計画的犯罪であり、無差別大量殺人を意図した凶悪犯罪であり、移民・外国人への憎悪に基づく異様な執念深さを感じます。

 しかし現地では若者たちが追悼のハカを踊り、生まれてしまった憎悪と分断を乗り越えようとしています。また大勢の非ムスリムの住民がモスク周囲をガードする様子なども報道されています。私たちもまた私たちの信仰に基づき、心より慰霊のまことを捧げ、憎悪と分断を乗り越えようと祈りました。

平成31年3月20日 警視庁機動隊の沖縄・高江への派遣を違法とする住民訴訟傍聴

 北部訓練場のヘリパッド建設をめぐり、沖縄県東村高江へ警視庁機動隊が派遣され警備活動を行ったことは違法とする住民訴訟が東京地裁で開かれ、傍聴しました。

 今回は原告側の証人尋問2日目であり、現場にいた弁護士、機動隊が派遣される以前から高江を撮影していた映像作家、ヘリパッド建設による希少生物への影響を憂慮する蝶類研究者が証人として出廷し、警視庁機動隊の現地での警備状況などを証言しました。

 証人尋問では警視庁機動隊の警備状況を撮影した動画も再生され、違法な警察活動の実態が明るみになるとともに、住民が命をかけてヘリパッド建設に抗議する様子が法廷で公開され、高江を取り巻く当時の状況を思うと悲しく居た堪れないものがありました。

原告側証人として証言するアキノ隊員(手前)

天皇陛下御即位三十年記念展示 企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」(国立科学博物館)

 国立科学博物館で開催中の天皇陛下御即位三十年記念展示 企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」を鑑賞しました。

 天皇陛下はハゼなど生物学研究で多くの学術論文を発表しており、新種の発見など大変な業績を残されております。また皇居は都市緑地として絶滅危惧種や新種の植物など多様な生物が生息しています。

 本展示では、そうした天皇陛下の御研究の紹介や、天皇陛下のご発意のもと同館が実施した皇居の動植物の調査の結果が展示されていました。なお本展示は今月31日まで開催しております。

県民に開かれた選考会議を! 「県民の声」100人委員会による沖縄発の新たな民主主義のアクションに敬意を表す

 「県民の声」100人委員会のメンバーは15日、沖縄県庁で記者会見し、夏の参院選挙はじめ今後の国政選挙における候補者選考に関して、「県民に開かれた候補者選考」を求める要望書を公表し、賛同者を募る署名集めを開始したと発表した。

 会見には渡瀬夏彦氏(ノンフィクションライター)や親川志奈子氏(沖縄大非常勤講師)、徳森りま氏(「大好きな沖縄を盛り上げる市民の会」呼び掛け人)、多嘉山侑三氏(ミュージシャン)らが出席した。

 沖縄発の新たな民主主義のアクションに心から敬意を表したい。

 「県民の声」100人委員会の要望書は、以下の通り。

候補者選考に関する「調整会議」関係各位

 今夏の参議院議員選挙を含めた今後の国政・県知事選挙にかかる候補者選考につきまして、次の事項を要望します。

<要望事項>

  1. 「県民選考会議」を設置し、協議過程を県民へ説明すること。
  2. 自薦・他薦や公募の機会を設け、最低でも一週間の募集期間をおくこと。
  3. 選考会議で候補者による公開プレゼンの機会を用意し、また県民の意見を協議過程に反映すること。

 

記者会見する「県民の声」100人委員会メンバー:八重山日報2019.3.16より

 「県民の声」100人委員会の要望書の提出と賛同人集めの背景には、今夏の参院選の候補者選考の不透明さがある。今夏の参院選には現職の糸数慶子氏(社会大衆党)が立候補の意欲を示していたが、社会大衆党は糸数氏を擁立せず、高良鉄美氏を候補として擁立した。この候補者選考について、一部でその不透明さが問題視されており、政党主導の候補者選考ではなく、候補者選考に県民が積極的に介在でき、意思決定に参与できる民主的な仕組みを求める「県民の声」100人委員会の動きにつながったと考えられる。

 新聞報道によると、「県民の声」100人委員会について、「糸数慶子氏を候補に押し上げようとする動き」などと批判的に見る向きもあるようだが、それはまったく的外れだ。「県民の声」100人委員会のステートメントには次のようにある。

主権者である県民が「選ぶ」「決める」過程に参加することで、選挙や候補者に対してより強く当事者意識を持って関われるようになります。
県民投票も、当初は「やる意味がない」「リスクが高い」と言われていました。
しかし、実施を通じて、県民にとって重要なテーマの「意思決定」に参加したいという一人ひとりの想いが大きなうねりとなり、43万票の埋立て反対票という圧倒的な結果をもたらしました。
くれぐれも誤解のないように申し上げますが、私たちはすでに候補者としてお名前が挙げられてきた方々を否定する意図は全くありません。
候補者選考が県民に対して開かれた形で行われた結果、どなたが選ばれたとしても全力で応援したいと思います。
だからこそ、これまで実質的候補者選考に携わってこられた関係者の方々、すなわち、知事選挙・国政選挙など重要な節目の選挙の都度、政党、労働団体、企業などで構成されてきた「調整会議」の皆さまには、下記の要望事項をご検討いただきますようお願いする次第です。
この要望書と賛同署名によって、ウチナーンチュが心を一つにあわせられる候補者を選び、団結して支える、そうした機運につながれば幸いです。

 こうしてみると、「県民の声」100人委員会のアクションは、「特定人物を候補に押し上げる動き」などではなく、もっと大きな視野に立った動き、いわば「沖縄の民主主義そのものを押し上げる動き」とでもいうべきものだ。それはまた「オール沖縄」を本当の意味で「オール沖縄」にブラッシュアップする動きともいえる。逆をいえば、ここで「県民の声」100人委員会の要望を足蹴にするならば、「オール沖縄」の存在意義が問われるだろうし、その未来も危ういといえるだろう。

 「県民の声」100人委員会のアクションを見ると、沖縄には民主主義が息づき、躍動していると実感する。先の辺野古県民投票では、18歳・19歳の若者たちも積極的に投票し、「埋め立て反対」の圧倒的民意を示したが、「埋め立て反対」を訴える国政選挙の候補者選考に不透明さや非民主的手続きがあれば、そうした若者の政治的関心や意欲もそがれるだろう。「県民の声」100人委員会の動きは若者の政治への意欲をフォローするものともいえる。

 沖縄はやはり「民主主義の最前線」だ。「県民の声」100人委員会の今後の動向を注視したい。

「県民の声」100人委員会のステートメント

 

シアタードーナツ・オキナワでの映画鑑賞と宮島真一さんとのシネマトークが「琉球新報」に取り上げられました

 今年1月、沖縄市のシアタードーナツ・オキナワで開催された映画『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』の学生限定の上映会と、シアタードーナツ・オキナワの代表宮島真一さんと花瑛塾副長仲村の上映会後のシネマトークが10日の琉球新報に取り上げられました。

 以下、琉球新報の同記事と花瑛塾のシアタードーナツ・オキナワでの上映会&シネマトークについての記事を掲載します。

大学生「カメジロー」鑑賞 基地問題で意見交換も
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-886673.html

平成31年1月25日 花瑛塾第17次沖縄派遣団①(シアタードーナツ・オキナワ 映画鑑賞&シネマトーク)

【東京大空襲74年】東京都慰霊堂春季大法要

 東京大空襲より74年の今日3月11日、東京大空襲などの犠牲者の遺骨を安置する東京都慰霊堂(東京都墨田区)を参拝し、犠牲者を弔いました。東京都慰霊堂では毎年東京大空襲のあった3月10日に春季大法要が営まれておりますが、この日も秋篠宮ご夫妻御臨席のもと春季大法要が営まれ、大勢の参拝者が訪れていました。

東京都慰霊堂

 米国による本土空襲・都市空襲は明白な戦争犯罪であり、なかでも一瞬にして約10万人の非戦闘員の命を奪う東京大空襲を実行した米軍第21爆撃機集団司令官カーチス・ルメイとその上官ヘンリー・アーノルドは極悪非道の許されざる戦争犯罪者といえます。

 一方で都市を対象に焼夷弾を使用した無差別で継続的な空襲は、日本軍の重慶爆撃がその嚆矢です。また都市空襲を実施したB-29などの米軍機が撃墜されると、日本軍兵士や一般市民は搭乗員の米兵を捕え、これを殺害したり暴行をくわえるといった不法行為も存在しました。それ以外にも、市民が撃墜した米軍機内から搭乗員の遺体を引きずり出し、遺体に暴行をくわえるといった常軌を逸した行動も存在しました。

 戦争は人間から人間性を奪い、互いに平然と戦争犯罪や異常行為に手を染めることになります。その意味において、一方の戦争犯罪を追及することに終始するのではなく、戦争そのものを憎み、戦争のない世界を目指していくことこそが、全ての戦争犠牲者の無念を晴らし、追悼することになるのではないでしょうか。そのためにも日米は互いに自国の戦争を見つめ直し、真の平和のパートナーとなることを目指すべきです。

【東京大空襲74年】戦災孤児収容施設「東水園」跡(旧品川第五台場)

 先の大戦での戦災孤児の収容施設「東水園」跡(現在の品川埠頭、旧品川第五・第一台場)を見学しました。

旧品川第五台場

 明日で東京大空襲から74年の年月が経ちますが、空襲や引揚げ途上での病気などで多くの子どもが両親や親類を亡くし、戦災孤児となりました。戦災孤児に対する行政の保護や福祉は充分ではなく、彼らは上野駅などに住み着き、やむをえず物乞いや盗みなどの犯罪によって生きていかざるをえませんでした。

 こうした戦災孤児を社会は「浮浪児」「駅の子」などと蛇蝎の如く忌み嫌い、時に侮蔑の眼差しで眺め、時に暴力を行使して彼らの居場所を奪っていきました。そして警察や行政は「刈り込み」と称した検束で戦災孤児を拘束し、収容施設に送り込みました。

 「東水園」もそうした収容施設の一つであり、占領軍と行政や警察が協議して設置したといわれています。管理者は東京水上警察署であり、そこから「東」と「水」で「東水園」と呼ばれたものと思われますが、警察による管理というところから、戦災孤児は実力で社会から隔離されるべき存在であり、治安上の危険因子と見られていたことがわかります。実際、この頃の第五台場(後に第一台場へ移転)は橋も架かっておらず、戦災孤児は事実上「島流し」にされたといえます。

昭和22年の品川台場周辺の空中写真 第五・第一台場が「島」であることがわかる

 また「東水園」での生活は厳しく、監督する警察官は鞭をふるって戦災孤児に懲戒をくわえたそうです。脱走する戦災孤児もいましたが、橋がないため対岸まで泳がざるをえず、溺死する事例もあったといわれています。

 現在、移転後の「東水園」があった第一台場には、外国人への様々な人権侵害が指摘されている東京入管があります。戦災孤児から外国人、社会にとって異質なものに対して徹底的に「刈り込み」を行い、「島流し」にして排除する日本社会の「かわらなさ」を垣間見たようです。

旧品川第五台場にほど近い東京入管

【東京大空襲74年】東京大空襲戦災犠牲者追悼碑(台東区浅草)

 東京大空襲から74年の月日が経とうとするなか、墨田川にかかる言問橋に隣接する隅田公園内に建立されている東京大空襲戦災犠牲者追悼碑(東京都台東区浅草)を参拝しました。

 昭和20年(1945)3月10日未明、米軍の長距離爆撃機B-29は台東区や墨田区、江東区、中央区など東京の下町地区を中心に焼夷弾による空襲を行い、約10万人もの市民の生命を奪いました。

 東京大空襲による犠牲者の遺体は、下町の公園や広場に仮埋葬されました。戦後になってあらためて掘り起こされ火葬されたそうですが(この際の遺骨が東京都慰霊堂に納骨されています)、この追悼碑が建立されている隅田公園もそうした仮埋葬地の一つでした。

 焼夷弾により黒焦げとなった遺体は公園や広場に山積みにされ、一部の遺体は親族が引き取ったものの、大多数の遺体はしばらくはそのまま野ざらしとなり、仮埋葬されたそうです。死の恐怖や火あぶりにされた身体の痛みはもとより、身元も不明となり遺体が野ざらしとなった犠牲者の無念はいかばかりでしょうか。

 一方で本土空襲を行った米軍機のうち、少なくない数の機体が日本の高射砲部隊や迎撃戦闘機により撃墜され、搭乗員の米兵が捕虜となりました。日本の一般市民は捕えた米兵に容赦のない暴行をくわえ、それにより命を落とした米兵もいたそうです。また撃墜された機体の残骸から米兵の遺体を見つけると、それを引きずり出し、遺体に暴行をくわえるといった常軌を逸した行動も見受けられたそうです。

 米軍もまた都市空襲について正常な感覚を失っていました。米軍内部では「日本人は人間ではない」「日本人すべてが戦闘員であり殺害しても構わない」といった認識があり、都市空襲という戦争犯罪を推進する要因となりました。

 追悼碑前にて心から犠牲者を慰霊・追悼するとともに、生き延びた人の精神まで破壊し、人間を人間でなくしてしまう戦争のおそろしさに思いをいたしました。