平成29年5月23日 「今こそ辺野古に代わる選択を」(新外交イニシアティブ〈ND〉)

衆議院第一議員会館にて開催された「今こそ辺野古に代わる選択を」(新外交イニシアティブ〈ND〉)に参加しました。

政府は「普天間基地の移設先は辺野古が唯一の選択肢」とし、K9護岸工事など新基地建設を進めていますが、本当に「辺野古が唯一の選択肢」なのでしょうか。森本敏・元防衛大臣そのものが、退任時の会見において普天間基地の移設先が「軍事的に辺野古である必要はない」と明言しており、「辺野古が唯一の選択肢」でないことは明白です。

屋良朝博氏、柳澤協二氏、半田滋氏などから、在沖海兵隊の部隊である第31海兵遠征隊の運用の現状を踏まえた上で、運用変更と県外・国外移転の可能性を探り、辺野古移設が唯一の選択肢ではないことなど、NDの提言を拝聴しました。

 

平成29年5月21日 花瑛塾行動隊街頭宣伝

花瑛塾行動隊は自民党本部・首相官邸はじめ都内一円にて米軍基地撤去・日米関係の見直しなどを訴える街頭宣伝を展開しました。

またロシア大使館前において北方領土の返還を訴え、アメリカ大使館前において北朝鮮およびシリアへのアメリカによる短兵急な軍事的威嚇と攻撃を糾弾しました。

 

平成29年5月19日 法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第6講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第6講「沖縄女性史概説:口承(声)の文化から書承(文字)の文化へ」(講師:勝方=稲福恵子氏)を受講しました。

沖縄では伊波普猷以来の女性史の積み重ねがあり、『沖縄県史 各論編8 女性史』として県史でも女性史が編纂され刊行されています。講師の勝方=稲福氏も『沖縄県史 各論編8 女性史』の編纂者の一人であり、『沖縄県史 各論編8 女性史』における勝方=稲福氏の執筆内容を中心に講義が行われました。

沖縄では前近代まで女性は文字の読み書きについて教育されず、口承により全て伝承されてきました。明治以降の日本国家への編入後、近代教育により女性も読み書きができるようになり、書承により女性が自己と社会を表現する取り組みがされ始めました。

しかし、こうした近代教育は一方で沖縄の女性の地位の低下をもたらしました。つまり、日本的近代への同化=「良妻賢母」的教育により、沖縄の女性がその個性や強さを失っていったことも事実です。

そうした中で宮城文、古波鮫弘子、久志芙沙子など、近代にからめとられない強さをもった女性文学者たちも生まれたことなどを学びました。

平成29年5月18日~21日 花瑛塾第8次沖縄派遣団

5月18日から21日まで、花瑛塾第8次沖縄派遣団が現地を訪れ、19日と20日を中心に活動を展開しました。

19日、糸数アブチラガマ(南城市)を見学しました。糸数アブチラガマは沖縄戦における住民の避難場所でしたが、日本軍の陣地や南風原陸軍病院の分室としても使用され、ひめゆり学徒隊が看護に従事する中、ガマは600人以上の傷病兵で埋め尽くされたといわれています。南風原陸軍病院分室がガマから撤退後は、傷病兵や住民がガマに残され、米軍の猛攻に晒されたといわれています。ガマには貴重な鍾乳石や石筍が連なる一方、いまなお火炎放射や爆発の痕跡を留め、沖縄戦の悲惨さを痛感しました。

19日午後、数名の見学希望の方々とヘリパッド建設が進められる北部訓練場を訪れました。現在はノグチゲラの営巣期間にあたり音の鳴る工事は休工となっていますが、ヘリパッド建設が完了していないため、営巣期間が終わると工事が再開されます。主に工事車両が進入するN1表ゲートを視察し、その後メインゲートにて警備などの軍雇用者へ語りがけを行いました。軍雇用者への語りがけとは、基地撤去による軍雇用者の雇用不安など、軍雇用者として基地問題への意見や質問があれば投げかけて欲しいというものです。軍雇用者の雇用確保などといった基地経済も基地問題を考える上で重要なことであり、仮に意見や質問があれば丁寧に答えたいと考えています。さらに先日の防衛省交渉で防衛省本省の官僚が沖縄防衛局の工事計画や施工状況を把握していないことが明るみとなったため、問題ありと訴えました。その後、沖縄在住の5名の方と意見交換をしました。5名の方は沖縄の自然や美しさの保全を重視する方、武士道について関心のある方、沖縄復帰を疑問視し三流沖縄論を持論とする方など様々な方がおり、活発に意見交換を行いました。

20日、写真家・平敷兼七氏のギャラリーを観覧しました。 平敷氏は沖縄県今帰仁出身の写真家で平成21年にお亡くなりになりましたが、存命中、「戦後の沖縄」に拘った作品を撮り続け、今も若い写真家のカリスマとなっています。存命中は写真家・石川真生氏などと同人写真誌を発刊するなどしました。作品だけではなく氏の生き方の魅力が多くの人を引きつけ、沖縄を知る際のキーパーソンともなっています。

20日午後、米海軍佐世保基地に隣接した山を所有する方の話を伺いました。以前は山の猪を駆除できましたが、現在は米軍基地に入れず猪が増殖し被害があるそうです。沖縄でも米軍基地が生物多様性の脅威であることが示されており、そうした面からも基地問題を考えました。

平成29年5月18日 花瑛塾行動隊街頭宣伝

花瑛塾行動隊は都内一円にて辺野古新基地建設・高江ヘリパッド建設の問題点を訴えました。

辺野古新基地建設に関しては、日々、警察による反対派の排除が行われ、石材など建設資材を積んだ工事車両の搬入が行われています。現在進められている工事はK9護岸工事ですが、先日の院内集会・防衛省交渉で明らかになった通り、工事は違法なものです。

さらに高江ヘリパッド建設は昨年12月に「完成」したとされていますが、実際はヘリパッド工事の不備が指摘され、国会などでもその杜撰な工事が明らかになっています。ノグチゲラなどの営巣期間における音の鳴る工事の休工も間も無く終わり、工事が再開されます。

また自民党本部前にて、うるま市長選挙に関連する自民党・古屋圭司議員の事実誤認・差別発言に抗議し、沖縄基地問題に関する政府・自民党の姿勢を糾弾しました。

平成29年5月17日 「辺野古新基地建設護岸工事の違法性を問う」防衛省交渉&院内集会

参議院議員会館で行われた「辺野古新基地建設護岸工事の違法性を問う」防衛省交渉&院内集会(美ら海にもやんばるにも基地はいらない市民の会/ 国際環境 NGO FoE Japan)に参加しました。

始めに院内集会が行われ、ゲストの北上田毅氏を中心に辺野古新基地建設護岸工事の問題点が指摘されました。その後、防衛省沖縄調整官付・提供施設計画官付の官僚6名と質疑応答が行われました。

この院内集会・防衛省交渉で辺野古新基地護岸工事の問題点が多数明るみとなりました。特に、5月より開始されたシュワブK9護岸工事の違法性、石材投下による水質汚濁と粉塵の飛散、サンゴ類の保護、高江ヘリパッドの杜撰な工事の実態などが気にかかりました。

現在施工中のK9護岸工事は、沖縄防衛局による埋立承認願書の施工順序と異なります。施行順序の変更は公有水面埋立法に基づく申請が必要ですが、行われていません。取付道路など進入路設置も含め、現在行われているK9護岸工事は違法な工事といわざるをえません。

また、報道により明らかな通り、海面への石材投下により海面の汚濁や粉塵の飛散が発生しています。埋立承認願書では採石場で石材を洗浄するとありますが、本当に実施されているのでしょうか。防衛省は石材の洗浄について、洗浄時間の取り決めや洗浄実施のチェック体制について明言しませんでした。

さらに埋立承認願書では辺野古崎のサンゴ類について着工前に工事区域外に可能な限り移植するとありますが、防衛省交渉において「(その文言は)着工前にサンゴ類の移植を実施するという意味ではない」と論理を逆さまにし、サンゴ類の着工前移植の実施を否定しました。

防衛省交渉では俎上に載りませんでしたが、北上田氏の防衛省への質問書には高江の問題について触れています。そこでは、昨年12月に「完成」した高江ヘリパッド建設について、N1地区着陸帯の法面は降雨により水がしみ出し、H地区では張芝の一部が崩落し、補修工事が行われたことについて質問がありました。突貫工事による転圧不足など高江における杜撰な工事実態が明るみとなりました。

以上、院内集会・防衛省交渉の中で浮き彫りとなった多数の問題点からごくわずかに取り上げただけですが、これだけでも辺野古新基地護岸工事そして高江ヘリパッド建設の違法性や杜撰さが明瞭となるかと思います。

平成29年5月15日 五・一五事件 犬養毅墓参

五・一五事件より85年のこの日、事件の犠牲となった木堂犬養毅・元首相の墓参をしました。

犬養元首相は冷徹なリアリストであり、徹底した「帝国の宰相」ですが、一方で豪傑肌の亜細亜主義者でもあり、中国革命や中国人革命家を支援し続けたことでも有名です。

亜細亜主義の語りは日本の戦争と関連し困難を伴います。戦前の亜細亜主義は「大亜細亜主義」「汎亜細亜主義」「亜細亜モンロー主義」などと呼ばれ、日本を盟主とする政治的連帯を訴え、それはアジア侵略を裏付けるものともなりました。他方、戦後は竹内好などにより戦前の亜細亜主義批判に基づく新たなアジア主義研究が進められました。

さらに亜細亜主義は戦前の三木清の「東亜協同体」の語りもあり、中国共産党・王毅氏も「新アジア主義」を掲げ、新たな可能性が存在します。

いずれにせよ、犬養元首相が日本文化の優越性を語ることなく、アジアの文化に深い理解を寄せ、国境や民族を超えて「友情」を育み、「意気に感じる」精神は、回顧されるべきではないでしょうか。

なお、犬養元首相の墓の向かいには、同じく亜細亜主義者・頭山満の墓があり、墓参しました。

平成29年5月14日~15日 会津・米沢訪問 

鶴ヶ城(福島県会津若松市)を見学しました。

鶴ヶ城は南北朝時代に蘆名氏により黒川城として築城されたことを起源とするそうです。蘆名氏が伊達氏により滅ぼされた後、蒲生氏や松平氏の居城となりました。戊辰戦争で鶴ヶ城が激戦地となったことはあまりにも有名です。

鶴ヶ城内には鶴ヶ城稲荷神社が鎮座しています。同社は宇迦魂命を祭神とし、鶴ヶ城築城の当初より祭祀されていたと伝わります。

その後、上杉神社(山形県米沢市)を参拝しました。

御祭神は上杉謙信公で、明治初頭に創建されたと伝わります。旧社格は別格官幣社とされ、境内には春日神社や上杉鷹山公を祀る松岬神社があります。

境内は元は米沢城本丸にあった謙信公の遺骸を葬った祠堂に隣接しています。

その後、上杉神社近くの上杉記念館と上杉記念館公園を見学しました。

平成29年5月12日 沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第5講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第5講「考古学から見た琉球列島のグスクとその社会」(講師:山本正昭氏)を受講しました。

講義内容は、琉球におけるグスクとこれに関連する社会についての内容でした。

今帰仁城や首里城など沖縄には多数のグスクがあり、按司と呼ばれる有力者たちはこのグスクを拠点に群雄割拠したともいわれ、さらに沖縄北部・中部・南部に大型のグスクが築かれ、三山時代ともいわれました。

しかし、グスクの実態や概念はいまなお様々な議論があり、本講座で様々な議論が紹介されました。

 

花瑛塾亜細亜倶楽部バンコク訪問

花瑛塾亜細亜倶楽部は5月11日から13日までタイ王国バンコクを訪問し、昨秋崩御されたプミポン前国王に哀悼の意を表しました。

花瑛塾は既に昨秋のプミポン前国王の崩御にあたり、在日タイ大使館にて弔意の記帳をしましたが、本年3月の天皇・皇后両陛下のタイ弔問をうけて、改めて王宮を弔問しました。王宮には前国王陛下の御遺体が安置されているとのことで、喪服を着た市民が多数弔問しておりました。市内各地にもいまだ前国王の記帳場が多数あり、人々が前国王を偲んでいました。

弔問後、ワットポーとワットアルンを訪れました。ワットポーはバンコクで一番由緒ある仏寺で、巨大な黄金の涅槃仏が見事でした。また境内の仏塔や仏像なども美しく、目を奪われました。

さらにチャオプラヤ川を挟み、ワットアルンの荘厳な甍が聳えています。ワットアルンは「暁の寺」と呼ばれ、三島由紀夫『豊饒の海』第3巻「暁の寺」の舞台となった寺院です。仏塔は修復中でしたが、こちらも美しい仏教美術が光り輝いていました。

現在のタイは軍によるクーデターが発生し、軍政が敷かれています。憲法も停止され、もちろん議会も開かれていません。王室や軍政やこれに関連するタイ経済界など複雑な政治情勢がタイにはありますが、人々はそのようなことを気にせず躍動していました。

逼塞する日本と躍動するアジア。考えるべきことは多いと思います。