花瑛塾第9次沖縄派遣団 浦添城跡散策

浦添城跡(沖縄県浦添市)を訪れました。

浦添城は古琉球時代の舜天王・英祖王統の居城ともいわれており、英祖王と第二尚氏・尚寧王の陵墓「浦添ようどれ」があります。英祖王は舜天王統を引き継いだといわれ、その生誕にあっては日光感精型説話が語られるなど太陽信仰を象徴しています。

城郭は薩摩藩の琉球侵攻(いわゆる島津氏による「琉球入」)の際に焼き討ちされ、さらに沖縄戦では首里の司令部を防衛するための防衛線となり、映画「ハクソーリッジ」の舞台ともなっている日本軍第32軍第62師団・第24師団と米軍第10軍第96師団・第77師団を中心とする前田高地の激戦が繰り広げられました。こうした経緯もあり浦添城跡は荒廃しましたが、近年石垣などが整備されました。

映画の影響もありここのところ浦添城跡を訪問する方が多いといわれていますが、城跡や周辺には沖縄戦で住民が避難したガマや御嶽・拝所など古琉球・尚氏時代の史跡も多数あり、訪れた際にはそちらも見学して欲しいと思います。

平成29年7月14日 安倍政権糾弾街頭宣伝行動

花瑛塾行動隊は、首相官邸前・自民党本部前・防衛省前および都内一円にて在日米軍基地の撤去、日米地位協定の改正、辺野古など新基地建設・北部訓練場の基地機能強化の反対を訴えました。

特に日米地位協定は米兵による犯罪が発生するたびに問題視されていますが、現在に至るまで改正・見直しは一切なされていません。米国はNATO諸国など他国と地位協定を締結していますが、これと比較して日米地位協定は刑事裁判権をはじめとする不均衡性・片務性・不平等性が指摘されています。さらに実際に米国が米兵を適正に処分しているのか疑問があります。

その他、安倍政権の日本人拉致事件を中心とする対北朝鮮外交の問題をただしました。安倍首相は小泉政権・内閣官房副長官時代から北朝鮮による日本人拉致事件の交渉に関与していましたが、現在まで拉致事件解決に向けた進展はなく、核・ミサイルなどの対北朝鮮外交も動きがありません。安倍首相が鼓吹する対北硬論に何ら有効性がないことは明白であり、早急な方針転換を求めました。

平成29年7月14日 法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第14講

法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」第14講「沖縄の街と建築」(講師:福村俊治氏)を聴講しました。

戦前の沖縄には、首里王府の歴史的建造物や文化遺産、あるいは赤瓦に象徴される自然と一体となった美しい伝統的な街並みが残っていましたが、沖縄戦と米軍による占領統治により破壊され、さらに戦後復興により変化していきました。

在沖米軍基地は沖縄の高台で地盤の安定した平地に立地しており、米軍の占領によって沖縄の人々はそれ以外の地に市街地を造らざるをえませんでした。下の画像は沖縄県が公開する沖縄県沖縄市に立地する在沖米海・空軍基地キャンプ・シールズの空撮写真ですが(http://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/kichitai/1214.html)、基地内には豊かな緑と地形に沿ったゆったりとした住宅・施設があり、基地の外は住宅や商業施設が密集していることは一目見ても明らかです。基地の集中は沖縄の街づくりの阻害要因となっています。

同時に、沖縄では、復興と高度経済成長によりコンクリート造りの画一的な建築が大量に出現しました。こうしたことは沖縄に限ったことではないですが、諸外国と比べ日本の街並みの無個性さが象徴的にあらわれています。

講師は長く設計業に携わり、沖縄の公共施設の設計などにも関わっている立場から、沖縄の伝統的な建築思想を生かした家づくり・街づくりを提唱されており、拝聴しました。

なお、2017年度法政大学沖縄文化研究所総合講座「沖縄を考える」前期は今回で閉講となり、後期は9月後半より開講となります。

『JAPAN GRAPH』7号沖縄編 出版記念写真展

花瑛塾第9次沖縄派遣団は13日、平敷兼七ギャラリー(沖縄県浦添市)にて開催中の『JAPAN GRAPH』7号沖縄編の出版記念写真展(7月5〜17日)を見学しました。

森善之編『JAPAN GRAPH 07/47 沖縄 暮らしの中にある47の日本』(七雲、2017年)は、日本各地の風景や人々の生活を写した写真集の沖縄編で、沖縄本島だけでなく宮古諸島・八重山諸島など離島も含め、沖縄の風景や伝統芸能、特産品や人々の生活を写し出しています。

ギャラリーでは同書にも収載されている写真を鑑賞し、沖縄の文化や風土を感じることができました。

なお、平敷兼七氏とは戦後の沖縄で活躍した写真家で、時代に翻弄される人々、特に社会の最下層に位置づけられてしまう人々の姿を撮影し続けた人物です。

平成29年7月13日~16日 第71回靖国神社みたままつり

7月13日より4日間、靖国神社では毎年「みたままつり」が行われ、各界著名人が揮毫した雪洞や有志による提灯などが奉献されます。本年の第71回みたままつり執行にあたり、花瑛塾も献灯しました。

みたままつりは昭和21年7月15日に長野県遺族会有志が境内で奉納盆踊り・民謡大会を行なったことを契機とし、靖国神社神職・坂本定夫氏(後に秋田・日吉神社宮司)と民俗学者・柳田国男が意見交換を重ね、翌年7月から正式に「みたままつり」として執行され、現在に至ります。

昭和21年の奉納盆踊り・民謡大会は数万人の参拝者が集い、GHQ幹部も参列したといわれています。終戦後、GHQにより解体を含む厳しい圧力にさらされ参拝者も少なくなっていた靖国神社にとって、久しぶりに社頭が賑わう出来事でした。

みたままつりは柳田『先祖の話』の影響下、仏式の盆行事とは異なるものとされています。むしろ柳田は、先の大戦の末期、わが子の召集や折口信夫の養子・藤井春洋の戦死などを受け、「(日本―引用者注)固有の生死感を振作せしめる一つの機会」について思索していました。特に若くして戦場に散った戦没者の慰霊を大きな課題としており、仏教儀礼も含め祖先祭祀・死者祭祀の民衆的・民俗的あり方を深く希求していたそうで、新たな民衆的な基礎を持つ慰霊祭祀のあり方を模索していた靖国神社と交流を深めたそうです。

靖国神社はGHQにみたままつりを「フォークの祭(民俗行事)」と説明しています。昭和24年より祭の前夜祭に先立ち、靖国神社に祀られない一般戦没者を祀る「諸霊祭」も執行されています。これらはあくまで有志によって始まったものであり、公権力による戦没者慰霊のあり方とは異なる民衆の戦没者慰霊について示唆的です。

花瑛塾第9次沖縄派遣団

花瑛塾第9次沖縄派遣団は11日、沖縄県東村・国頭村に位置する北部訓練場(キャンプ・ゴンザルベス)メインゲート前にて、7月1日より再開されたヘリパッドおよび進入路など関連施設工事の再開と、これによる北部訓練場はもちろん在沖米軍全体の基地機能強化の危険性を訴えました。

この日の北部訓練場の上空では、14時3分頃、米軍機MV-22オスプレイが飛行し、離発着を繰り返していました。報道によると、本日のMV-22オスプレイの飛行・離発着は、昨年新たに建設された北部訓練場N1地区およびH地区ヘリパッドでの初の離着陸訓練とのことです。

V-22オスプレイはティルトローター式回転翼を有する垂直離着陸が可能な航空機ですが、試作・配備にあたって重大事故を起こしたことから「未亡人量産機」とも揶揄されました。その危険性と巨額の開発費用や開発の遅れにより米軍は開発・配備を中断しましたが、製造元の軍需産業の意向により復活したといわれており、V-22オスプレイは軍事的要請に基づく航空機ではなく、「政治的兵器」ともいえます。

現在建設中の辺野古新基地では在沖米海兵隊MV-22オスプレイの配備が予定されています。そして至近の北部訓練場ではV-22オスプレイ用ヘリパッドが建設され、V-22オスプレイを用いた演習が予想されています。V-22オスプレイの騒音や墜落の危険などにより、付近住民はじめ沖縄の人々の暮らしは大打撃を受けます。さらに下降気流や排熱により、やんばるの森が「干上がる」ともいわれ、希少生物にも深刻な負荷を与えることになります。

日本政府は90年代には米軍によるV-22オスプレイ沖縄配備計画を把握していましたが、ごく最近まで公表せず、隠し続けました。政府は辺野古新基地建設も北部訓練場ヘリパッド建設も「基地負担軽減」につながるといいますが、「基地負担」そのものであるV-22オスプレイの配備を受け入れ、国民に公表しないといった姿勢を見れば、政府のいう「基地負担軽減」などデタラメそのものといえます。

「V-22オスプレイの配備は尖閣諸島有事をはじめ中国の軍事的伸長への抑止力となる」といった議論が散見されますが、「中国脅威」論なるものがリアリティあるものかどうかは別の議論として、V-22オスプレイは機体が小さいため兵員を大量に運ぶことはできず、さらに車輛を積み込むこともできず、「抑止力」にはつながりません。

宮古民謡「豊年の歌」は人々の豊かな暮らしへの願いを謳っておりますが、いままさに新基地建設・基地機能強化により、そうした人々の願いが踏みにじられており、強い憤りを覚えます。

その後、辺野古・高江・普天間での新基地建設反対・基地撤去・県外移設など沖縄の闘いの歴史を学びました。

安倍政権の悪政・無法を糾弾しました

9日、明日の国会閉会中審査を控え、自民党本部前・国会前などで安倍政権を糾弾しました。

森友学園問題・加計学園問題と安倍政権は数々の疑惑を抱え、閣僚や党役職者の失言も相次いでいます。さらに安保法制(戦争法)や「共謀罪」の新設など、立憲主義の破壊と民主的手続きを無視した無法の数々を強行しています。アベノミクスの破綻も明白であり、実質賃金も低下し続けています。

花瑛塾はこのように国民を無視して増長し、いわば国家を私物化し、国政を横領する安倍政権に抗議の声をあげました。

最新の世論調査では内閣支持率は31.9%まで下落したといわれています。先日投開票された東京都議選の結果に明らかなように、安倍政権への国民の怒りは募っています。しかし、安倍政権の驕りが招いた国会閉会中審査に首相・安倍晋三は「外遊」に出かけ欠席するという暴挙に出ました。いわば安倍は国民の怒りや疑念から「国外逃亡」したのです。国会に出ない、国民の前に出られないような首相と政権は退陣しかありません。

その後、防衛省前および都内一円にて辺野古・高江での新基地建設と基地機能強化反対を訴えるとともに、ロシア大使館前にて領土返還を、アメリカ大使館前にて東京大空襲・原爆投下をはじめとするアメリカの戦争犯罪を糾弾しました。

花瑛塾第9次沖縄派遣団

花瑛塾沖縄派遣団は8日、北部訓練場(キャンプ・ゴンザルベス)メインゲート前にて、昨年12月の北部訓練場の一部返還は表向きの目くらましに過ぎず、7月1日からの工事再開によって東海岸をも使用した陸海空一体の実戦的でリアルな米軍の演習を可能とし、基地機能強化そのものであると訴えました。

95年の少女暴行事件を受けて基地返還の声が高まり、その結果、96年に普天間飛行場の「移設」や北部訓練場の一部「返還」が日米間で合意されました。これがいわゆるSACO(日米特別行動委員会)合意です。

しかしSACO合意で取り決められたことは、沖縄への基地負担軽減を名目としながら、その実は1960年代から米軍が構想していた在沖米軍基地の再編・合理化の実現に他なりません。

例えば普天間飛行場「移設」問題は、1960年代の時点で米軍は辺野古崎(大浦湾)に軍港と滑走路を有する大型の洋上基地を確保するという構想があり、普天間飛行場の危険性を米軍が認識したのはその後のことに過ぎません。「危険な普天間飛行場を辺野古崎に移設する」という言説は、時間軸から考えても矛盾するものであり、米軍の構想実現を取り繕うものです。

北部訓練場も同様であり、北部訓練場内にオスプレイなどの着陸帯を建設し、さらに宇嘉川河口および接続水域を提供すれば、北部訓練場の過半が返還され、安波訓練場および接続水域も返還されることになりましたが、これも基地負担の軽減ではなく、オスプレイと強襲揚陸艦や脱出用舟艇を用いた陸海空一体の戦闘訓練を可能とする基地機能の強化に他なりません。

つまり、96年SACO合意は、年来の米軍の構想を基地負担軽減の名の下に実現する日米両政府の詐術そのものであり、基地負担軽減や基地「移設」といった言葉に惑わされてはなりません。

平成29年7月8日 普天間宮参拝

普天間宮(沖縄県宜野湾市)を参拝しました。

同社は普天間権現ともいわれ、波上宮や金武宮などとともに琉球八社の一つとされます。

普天間の洞窟に琉球古来の神を祀ったことを創基の淵源とし、第一尚氏の時代に熊野権現を勧請し合祀しました。

袋中『琉球神統記』には、琉球の神道伝承が記述されているとともに、普天間宮など諸社の縁起が記されています。

琉球の神道は渡琉僧によってもたらされたと思われる両部神道の影響を受け、琉球八社には真言宗の寺院が並立して創建されました。

かつては首里王府から支援された神職が奉仕していましたが、王府の崩壊により庇護を失うと、官幣小社に列格していた波上宮以外は荒廃しましたが、同社は平成17年に社殿を修造し、現在まで多くの崇敬を集めています。

参拝時には閉門時間であったため、神域外から拝礼しました。