令和元年6月10日 花瑛塾行動隊街頭行動(米軍ヘリ飛行停止要求、予算委員会審議拒否抗議)

 花瑛塾はこの日、沖縄県浦添市の浦西中学校のテニスコートに米海兵隊普天間飛行場所属のヘリCH53Eのゴム製テープが落下した事件に関連し、総理官邸や米大使館周辺で同型機の飛行停止と原因究明、安全対策の徹底を求めました。

総理官邸(西門)

 米軍ヘリCH53Eは過去にも宜野湾市の保育園や小学校に部品を落下させており、高江では炎上・大破する事故も起こしております。つい先日もカリフォルニアで炎上する事故も起きましたが、同型機の飛行を停止させ、根本的な安全対策を講じなければ、いつか人身に関わる最悪の事態が発生することになるでしょう。

 また今日は国会で安倍総理大臣以下閣僚が出席した決算委員会が開催されましたが、今国会では自民党が審議拒否していることにより予算委員会が約100日にわたって開催されていない異常事態となっています。

 自民党は野党の審議拒否をギャアギャアと騒ぎながら、みずからは長期間にわたり審議拒否をし、国家の総合的な課題を議論する予算委員会の開催を妨害するなど、言語道断といわなければなりません。

自民党本部前

 花瑛塾は自民党本部前においても、自民党による予算委員会の審議拒否を糾弾しました。

アキノ隊員がやんばるの希少種ノグチゲラの巣立ちの映像の撮影に成功しました

 チョウ類研究者のアキノ隊員こと宮城秋乃さんがこのほど、沖縄県の国頭村安波や東村高江において、今季のノグチゲラの営巣や親鳥によるひなへの給餌、ひなの巣立ちなど貴重な映像の撮影に成功しました。

ノグチゲラ営巣2019安波 周囲を飛ぶ米軍機・ひなをおそう他人雌・巣立ち

国頭村安波でのノグチゲラの巣立ち

ノグチゲラ営巣2019高江

東村高江でのノグチゲラの巣立ち

 ノグチゲラはヤンバルクイナなどとともに沖縄北部のやんばるの森に生息する希少種で、国の特別天然記念物や絶滅危惧種に指定されている鳥です。

 アキノ隊員は以前もやんばるの森でノグチゲラのひなの巣立ちの撮影に成功しています。ただでさえ希少種のノグチゲラのひなの巣立ちの映像は珍しいものですが、1シーズン内に安波と高江の2ヶ所で撮影に成功したというのはあまり例がないことなのではないでしょうか。

 特に安波では親ではないと思われる他のメスの鳥がひなを襲ったり、ひなが巣立った後すぐに採餌をするシーンなどが撮影されています。また高江ではオスの親鳥のみがひなの世話をしたり、こちらも親ではないと思われる他のメスの鳥がひなに給餌するような行動をとり、ひなが警戒して巣穴に籠るといったシーンが撮影されています。こうした光景も普段なかなか観察することのできないものです。

 一方で安波や高江は米海兵隊の演習場である「北部訓練場」に隣接しており、ヘリパッド建設や飛来する米軍ヘリの騒音あるいは風圧によってノグチゲラなどの希少種に何らかの影響が出ていないか懸念されています。実際に撮影中も米軍ヘリが飛来し、大きな騒音が映像に収録されています。「米軍基地と環境問題」という視点においても非常に貴重な映像といえます。

 辺野古新基地建設においてはジュゴンの藻場が破壊されたり、工事の騒音などによってジュゴンの個体は、先日死体で発見されるまでの長いあいだ確認できなくなりました。同じようにやんばるの森では北部訓練場のヘリパッド建設と、それによる米軍ヘリの飛来や演習によりノグチゲラなど希少種に負荷がかかっています。特にオスプレイは高温の熱を排気するため、「やんばるの森が干からびる」ともいわれています。辺野古新基地には多数のオスプレイが配備される予定ですが、そのオスプレイが離着陸を繰り返して演習するのは北部訓練場であり、基地機能としても環境問題としても辺野古とやんばるの森は本質的に同一の問題を抱えています。

 ぜひ動画をご覧になっていただき、過酷な環境で生きている希少生物の姿を知って欲しいと思います。

アキノ隊員によるノグチゲラの巣立ちの撮影を報じる地元紙(沖縄タイムス2019.6.2) アキノ隊員のブログよりhttps://akinotaiinnorinshitaiken.ti-da.net/e11126693.html

海軍沖縄方面根拠地隊司令官大田実海軍中将顕彰碑

 沖縄戦時、海軍沖縄方面根拠地隊など海軍部隊の司令官を務めた大田実海軍中将の顕彰碑(千葉県長柄町)を訪問しました。

大田中将の生家に建立されている顕彰碑

 大田実中将は千葉県長柄町に生まれ、海軍兵学校を卒業後、海軍の陸戦の専門家として上海事変などに出征した他、ソロモンやミッドウェイ攻略戦の海軍部隊による陸戦を指揮しました。

 昭和19年(1944)より海軍沖縄方面根拠地隊の司令官として沖縄に駐留する海軍部隊を指揮し、昭和20年の沖縄戦の地上戦開戦後は小禄飛行場(現那覇飛行場)周辺の防衛を担い、同年6月より小禄飛行場方面に上陸してきた米軍と激戦を展開し、同月13日未明、海軍司令部壕において自決しました。死後、少将より中将に昇進しました。

 自決直前の6日、大田中将は沖縄県知事にかわり、海軍次官宛てに軍が県民に何もできなかったなかで、沖縄県民がいかに戦争に動員され、窮状にあえいだかを伝える電報を打電しました。そして電報の最後に「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」との言葉を添えました。

顕彰碑の碑文

 この「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の言葉は大変有名であり、県民を思いやる立派な言葉ですが、あくまでも戦争によってどれだけ沖縄県民が苦しんだか、そして軍が県民に何もできなかったを伝える電報の結びの言葉だということが理解されず、「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の言葉だけが独り歩きしてるきらいがあることには注意しなければなりません。

 それとともに軍首脳として沖縄戦の指揮をとった大田中将自身が沖縄戦において沖縄県民のために何をしたのか、戦争を避け、住民保護に全力を尽くしたのかということも考える必要があります。県民への配慮は、沖縄戦において大田中将自身がするべきことであったはずです。そして大田中将が「御高配」を願った「後世」である現代を生きる私たちは、沖縄戦で犠牲になった沖縄に何を押しつけ、何を強いて、何を得ているのか、そのことも考えていく必要があります。

[戦争遺跡見学]旧陸軍越谷飛行場跡地(さいたま市・越谷市)

 埼玉県さいたま市・越谷市にまたがる旧陸軍越谷飛行場(論田飛行場、新和飛行場)を見学しました。

 同飛行場は先の大戦の後半期、本土空襲、なかでも都市空襲の激化にともなって地方で建設が急がれた軍用飛行場の一つであり、昭和19年に着工し、翌年竣工しました。

 建設工事は翼賛壮年団を中心に近村の勤労動員などによって進められたといいますが、中には朝鮮人労務者もいたといわれています。

陸軍越谷飛行場の空中写真 直線の滑走路とその先端を結ぶ誘導路が確認できる(国土地理院提供、1947年撮影)
現在の旧越谷飛行場周辺の空中写真(Google MAPより)

 現在は埼玉県の県鳥の名を冠した「しらこばと水上公園」などが立地する他、のどかな田園風景がひろがっています。一方で生活道路となっている直線道路が滑走路跡であったり、田んぼの用水路が当時敷設された暗渠であるなど、ところどころに当時の面影が残っています。

 戦後の一時期、進駐軍により占領され、周辺の風紀は大いに乱れたといいます。また事実関係は不明ながら、県鳥のしらこばとは進駐軍が乱獲し絶滅したともいわれています。

滑走路跡 現在は生活道路となっている

米国トランプ大統領に物申す!

 5月25日、米国トランプ大統領が国賓として来日しました。令和へと改元されて初のトランプ大統領の来日であり、国賓の来日でもあります。

 トランプ大統領は26日、千葉県内で安倍総理とゴルフをプレーし、夕方から国技館で大相撲の千秋楽を観戦して力士へ「合衆国大統領杯」を授与するなどしました。その後、都内の炉端焼き屋で安倍総理夫妻と会食しました。

 花瑛塾はこの炉端焼き屋付近でトランプ大統領の車列に対し、大統領の当初の公約であった在日米軍基地の撤退を実施せよ、離日にあたっては沖縄の米軍基地を忘れずに持ち帰れ、などと訴えました。

 機動隊員に制止されながらの訴えであり、充分に伝わったかどうかは不明ですが、米国大統領は米軍の最高司令官でもあり、自身が率いる軍隊の海外(日本)における駐留の妥当性について考える責任があります。

 ちなみに一昨年のトランプ大統領の来日においても、花瑛塾は沖縄基地問題を中心に訴えました。

平成29年11月6日 アメリカ・トランプ大統領来日に関する街頭行動2日目

 もちろんトランプ大統領は国賓として来日しており、27日には天皇陛下の引見をうけます。また日米首脳会談や宮中晩さん会など非常に重要な日程に臨むことになっており、花瑛塾としてそうした外国要人の来日や来日中の日程を実力で妨害するようなことはありません。それは天皇陛下の御稜威を貶めることにもなり、日本の威信や日米関係を毀損する行為です。

 しかし同時に、日米安保という日米関係の柱において不公正や非民主的な手続きがあり、沖縄に基地負担が集中し人々の人権が侵害されているなか、日米安保の一方の当事者であり基地を使用する米国は、民主主義国家として自国が締結する安保条約は妥当なのか、基地と米軍の運用のあり方は適正なのか、考える責任があるはずです。

 繰り返すようですが、花瑛塾は国賓はじめ外国要人の公式・非公式の重要日程を実力で妨害することはけしてなく、過激派セクトなどによる要人来日に関連するテロ・ゲリラの類は絶対に許されないと考えますが、愛国者として訴えるべきことはこれからも声を大にして訴えていく決意です。

外苑東通り(六本木)を進む大統領車列

令和元年5月25日 影山正治大人之命四十年祭(大東神社)

 大東神社(東京都青梅市)で斎行された影山正治大人之命四十年祭に参列しました。

 影山氏は昭和54年(1979)のこの日、「一死似て元号法制化の実現を熱祷しまつる」と残し、大東神社と隣接する大東農場内で自ら命を絶ったといわれています。今日は即位・改元として新元号「令和」のもとで初の年祭となり、意義深いものがあります。

大東神社社殿

 ところで、影山氏が命を絶った5月25日は、元弘3年(1336)に湊川の戦いで楠木正成・正季兄弟が足利方に討たれた日でもあります。大東神社にも楠木正成とその子正行の「櫻井の訣別」の場面をあらわした石造があります。

「櫻井の訣別」(大東神社)

 戦後神社界を代表する思想家・言論人である葦津珍彦氏は、楠公を日本史上の忠臣の典型とし、その行動様式を「絶対随順型」の忠臣の行動様式とします。一方で葦津氏は、日本史上には「その心は楠公の心なるも、その迹は足利」と称した真木和泉守や西郷隆盛、あるいは西郷を敬慕した頭山満のような「賊徒の汚名も悔いぬ」「名も要らぬ」という「法外の人─アウト・ロウ─浪人の道」という忠臣の行動様式もありえるとしました。

 楠公の精神と事跡に心から敬意を表するとともに、時に「名も要らぬ」浪人の道や法外の人─アウト・ロウの忠義を全うすることも覚悟しなければなりません。

影山正治大人之碑(大東神社)

令和元年5月22日 創刊二十三年『月刊日本』を叱咤激励する会

 創刊二十三年『月刊日本』を叱咤激励する会に参加しました。

 『月刊日本』は「日本の自立と再生をめざす、肉声の言論誌」と銘打って、政界要人のインタビューや政局の分析、様々な政策の提言、そして思想・哲学の分野での論考・エッセイなどが掲載されています。

 『月刊日本』最新号では、衆院解散・衆参ダブル選について自民党二階幹事長や国民民主党玉木代表のインタビューなどが掲載されていますが、この日も二階氏や玉木氏、また自民党石破茂氏などがあいさつに立ちました。

挨拶する石破茂氏

令和元年5月19日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊は首相官邸・自民党本部・米大使館・防衛省・国会周辺において、在沖米軍基地の存在による沖縄の過剰な基地負担について訴えました。

 

米大使館

首相官邸裏

防衛省

人口密度と土地面積で一人あたりの基地負担を算出した場合、本土は0.67平米で沖縄は161.6平米であり、つまり本土の人々の約240倍もの基地負担を沖縄県民は背負っており、沖縄で示され続けている「基地はいらない」という民意は当然の民意といえます。根本的解決として、日本政府は早急に沖縄の米軍基地の整理・縮小に取り組む必要があります。

KAEI SEMINAR「沖縄が示した民意をどう受け止めるか─沖縄県知事選挙・県民投票・国政選挙を振り返って─」開催しました

5月17日、5回目の KAEI SEMINAR を開催しました。

 今回の講師はノンフィクションライターで沖縄「県民の声」100人委員会呼びかけ人などを務める渡瀬夏彦氏、テーマは「沖縄が示した民意をどう受け止めるか─沖縄県知事選挙・県民投票・国政選挙を振り返って─」でした。

 今回のセミナーでは、沖縄通い28年・移住14年目を迎えた講師自身が本土出身という立場から、沖縄での選挙に関わってきた経緯や、沖縄から見える本土メディアのあり方、そしてこれからのやまとんちゅとしての姿勢はどうあるべきかなどのお話を多岐に渡り講演していただきました。

     セミナーの様子

令和元年5月15日 五・一五事件87年 犬養毅・頭山満墓参

 五・一五事件より87年の今日、事件実行犯の三上卓らに殺害された木堂犬養毅元首相の墓所(青山霊園)、ならびに頭山満の墓所(同)をお参りしました。

 もともと五・一五事件は血盟団事件の延長線上にあるといわれます。実際に、血盟団は昭和7年に「革命実行案」を立案し蜂起を企図し、これが失敗すると犬養木堂らの名を暗殺リストに載せ、「一人一殺」のテロを実行します。結局、血盟団は犬養木堂を暗殺することはできませんでしたが、これを海軍士官グループが継承し実行したのが五・一五事件と見ることができます。

 たしかに犬養木堂は冷徹なリアリストであり、徹底した「帝国」の宰相でしたが、一方で中国革命を支援し、孫文の日本亡命の最大の支援者となるなど、中国人革命家と結ぶ豪傑肌の亜細亜主義者でもありました。また犬養木堂は頭山満と結びつきがありましたが、頭山もまた外国人革命家と結び、時に売国者の汚名を被ることすら辞さず、「これは」と思う人物であれば誰とでも結ぶ豪傑でした。

 日本型右翼の源流が西郷隆盛そして頭山満のような「名も要らぬ」浪人の道にあるとするならば、五・一五事件を実行した三上らはもちろん、殺害された犬養木堂も立派な右翼人であり、この事件がいかに込み入った性格を持つか理解できると思います。

犬養木堂の墓
頭山満の墓