北部訓練場ヘリパッド建設における違法な警察活動と在沖海兵隊の「抑止力」

 昨日16日、那覇地裁は、2016年11月、アメリカ海兵隊北部訓練場ヘリパッド建設に関連し、沖縄県警指揮下の警察官が反対派の市民を支援する弁護士の通行を抗議現場近くで約2時間制止したことと、これに関連したビデオ撮影は違法であるとし、県に慰謝料30万円の支払いを命じた。

県道70号にて通行を制止する沖縄県警指揮下の愛知県警機動隊員【2016年9月23日】

 2016年7月以降の高江では、北部訓練場ヘリパッド建設が再開されたことにより、全国から数百人の警察官が動員され、違法な公権力の行使が横行した。その代表例が、本件訴訟で問題となった警察官職務執行法第5条「犯罪の予防・制止」や警察法第2条「警察活動」を根拠とする警察官による留め置き(通行の制止など)と反対派などへのビデオ撮影である。

 一昨年、花瑛塾メンバーも早朝より抗議のため高江に続く県道70号を車両で走行していると、警察官によって行く手を阻まれ、北部訓練場メインゲートやN1表・裏ゲートに近づけないことがあった。こうした警察活動について、その違法性が認定されたことは画期的というべきであり、提訴した原告に敬意を表したい。

 しかし、沖縄の基地問題に限らず、現在、政治運動や社会運動、あるいは穏健な環境運動や市民運動なども含め、あらゆる抗議活動や市民的主張、あるいは市民的な運動の現場で警察官による留め置きやビデオ撮影は常態化しているのが実情である。逆らう者にはとことんいく。逆らう者はとことんやられる。残念ながらそれがこの国の現実である。

 さて、公権力を違法に行使してまで急いだ海兵隊北部訓練場ヘリパッド建設であるが、そのことに一体どれほどの意味があったのであろうか。報道によれば、アメリカ軍海兵隊の全航空機が整備技能の低下や機体の老朽化によって、有事に対する即応態勢が規定の要件を下回っているとのこと。沖縄やハワイなどでは塩害による航空機の老朽化や腐食があり、他の基地の機体とのローテーション計画もあるそうだ。

 つまり、沖縄に駐留する海兵隊の軍用機はポンコツであり、そのポンコツ軍用機でも維持できてきたのが日米安保に基づく海兵隊沖縄駐留による「抑止力」だということが明るみとなった。花瑛塾は海兵隊沖縄駐留による「抑止力の維持」なる論理に疑問を投げかけてきたが、あらためて在沖海兵隊「抑止力」論の根拠は薄弱であることが理解できたことだろう。その上で公権力を違法に行使してまで急いだ一昨年の高江での出来事を総括する必要がある。

まこと護佐丸の子のしるし

 「国立劇場おきなわ」(沖縄県浦添市)にて2月24日(土)と翌25日(日)、沖縄芝居公演史劇「護佐丸と阿麻和利」が上演されるとのこと。護佐丸と阿麻和利は沖縄で親しまれる歴史上の人物である。沖縄芝居はもちろん、組踊などでも護佐丸と阿麻和利の伝承が演じられている。

 1458年、第一尚氏・尚泰久王の時代、勝連按司・阿麻和利は忠臣として知られる中城按司・護佐丸が謀反を企んでいると王に吹き込み、王命により護佐丸を討伐した。護佐丸を除いた阿麻和利は天下を伺うものの、尚泰久王は阿麻和利を滅ぼし、その野望を打ち砕いたとされる。

 そもそも組踊は中国から王府に来る冊封使などをもてなす演劇であったが、儒教的倫理観の強い清朝からの使者たちは、こうした護佐丸と阿麻和利の一連の事件を題材とした組踊を鑑賞し、感じ入ったことであろうといわれる。

 ところが、阿麻和利が本拠とした勝連に残る「おもろ」には、阿麻和利を名君として讃えるものが多い。さらに蔡鐸本『中山世譜』(1701年成立)には、阿麻和利による護佐丸の討伐と阿麻和利の滅亡が記されるているが、『世譜』より一時代早く成立した王府の史書『中山世鑑』(1650年成立)には、護佐丸・阿麻和利の伝承が記述されておらず、護佐丸・阿麻和利について歴史的な再検討が進んでいる。

 先学の指摘によると、『世鑑』以降、王府の士族の家譜編纂が進められるが、そこで第一尚氏の末裔は自らの出自を語る「佐銘川大ぬし由来記」を生み出したとのことである。『世譜』はじめ護佐丸・阿麻和利の伝承の生成も護佐丸の末裔が関わるのであろうか。

 ともあれ、2月の沖縄芝居「護佐丸と阿麻和利」を楽しみにしたい。

普天間飛行場の辺野古「移設」論に惑わされるな

 軍用ヘリの炎上・大破や不時着など、普天間飛行場所属のアメリカ軍機の事故が相次ぐなか、普天間飛行場や嘉手納飛行場などにおいて定められている人口稠密地域を場周経路としない航空騒音規制措置や、普天間飛行場における安全対策のために定められた飛行経路制限などから逸脱したアメリカ軍機の飛行が常態化していることが明るみとなっている。

制限された3つの飛行ルートと米軍機の飛行ルートの実態【東京新聞2017年12月15日朝刊より】

 普天間飛行場は市街地のど真ん中に立地するため、アメリカ国内の軍事基地においては設置されている滑走路延長上のクリアゾーン(利用禁止区域)が存在しない。その上で日本の航空法の制限も受けず、アメリカ軍の思うがままの飛行・離発着訓練が行われている。

 さらにハリス太平洋軍司令官が相次ぐ不時着事故について「一番近い安全な場所に降ろす措置に満足している」などと発言したことは、既に触れた通りだ。そのような独善的で甘い認識であれば再び事故が起きることであろう。つまり普天間飛行場は、市街地に立地する飛行場という存在も、そこでの飛行・離発着という運用も、さらに事故への甘い認識も、すべてにおいて危険な軍事基地である。

 そうしたなかで「だから危険な普天間飛行場を、キャンプ・シュワブが立地する辺野古沖を埋め立て、“移設”させるべきだ」という指摘もあるが、これは軍事基地の拡大と基地負担の沖縄への押しつけ・固定化を目論むペテンである。

 現在、辺野古沖で「普天間飛行場移設」という名目のため埋め立て工事が行われているが、これは「新基地建設」に他ならない。「移設」ならば、普天間飛行場は1本の滑走路であるにも関わらず、なぜ辺野古沖を埋め立て2本の滑走路を作ろうとしているのか。なぜ強襲揚陸艦が接岸できる長大な護岸の軍港を作ろうとしているのか。弾薬搭載エリアやヘリパッドは何のために設置されるのか。それは普天間飛行場の「移設」と称され進められている工事は、1960年代よりアメリカ軍が有していた辺野古沖での巨大な基地計画の実現のためであるからだ。辺野古沖で起きている事態は、普天間飛行場「移設」ではなく、「辺野古新基地建設」に他ならないのである。

 危険で最低限の航空安全に関する日米合意すら守られていない普天間飛行場は閉鎖、新たに基地を押しつけ固定化させる辺野古新基地はいらない。単純明快で、誰にでもわかる当たり前の市民的主張である。

軍港やヘリパッドが設けられる辺野古新基地【しんぶん赤旗2014年1月13日より】

軍用機事故に関するアメリカ軍の甘い認識とそれを容認する防衛当局ー重大事故の発生を警告する

 沖縄県でアメリカ軍機の墜落、炎上・大破、不時着、部品・資材の落下といった軍用機事故が相次いでいる。

 一昨年12月にはMV-22オスプレイが名護市沿岸部に墜落し、昨年ではCH-53Eスーパースタリオンの炎上・大破や部品の落下事故が発生した。そして今年に入ってから既に軍用ヘリの不時着が2件も発生している。

 報道によると、これらアメリカ軍機の不時着について、小野寺五典防衛相と会談したアメリカ太平洋軍司令官ハリス氏は、「一番近い安全な場所に降ろす措置に満足している」と語ったそうだ。このハリス発言について、小野寺防衛相は会談後、「米軍が緊急着陸をした場所は民家に近い場所だったり、たくさん客がいるホテルの近くだったりで、広場であっても周辺にあれだけ人家があるということは、決して安全な場所ではない」と述べたが、このことをハリス氏には詳細かつ充分には指摘しなかったそうだ。

9日、アメリカ太平洋軍司令官ハリス氏と対談する小野寺防衛相【朝日新聞DIGITAL:2018年1月10日11時6分配信記事より】

 アメリカ施政下、沖縄では数々の米軍機事故が発生し、多数の犠牲者が出ている。ここ数年のアメリカ軍機事故で犠牲者が出ていないのは、不幸中の幸いであるが、それはまったくの偶然である。今回の不時着も「安全な場所」などではなく、犠牲者が出なかったのは奇跡に過ぎない。しかし沖縄の人々の飛行停止の求めにアメリカ軍は耳を傾けようとしない。一刻も早く、沖縄県が求めるようにすべてのアメリカ軍機の飛行を停止し、点検を行うべきである。そして航空機騒音規制措置をはじめアメリカ軍機の飛行や離発着の制限に関する日米合意の完全実施をはかるべきだ。

 相次ぐアメリカ軍機の事故に関するアメリカ軍の甘い認識と独善的な体質、そしてそれを容認するかのような日本の防衛当局。このままではいつか必ず、人身に関わる重大事故の発生が現実となるであろうことを強く警告する。

平成30年1月13日 ニコンサロン50周年記念ニコン・コレクション展「6人の星座」鑑賞

 沖縄の写真家・平敷兼七や山村雅昭ら6名の作品によるニコンサロン50周年記念ニコン・コレクション展「6人の星座」を鑑賞しました。

 「6人の星座」は、今月、ニコンサロンが開設50周年を迎えるにあたり、過去のニコンサロンで開催された写真展からコレクションされた平敷ら6名の写真家の作品を展示する企画展です。

 特に平敷の写真は、復帰前後の沖縄の人々を飾ることなく写し出すものであり、男の帰りを待つ南大東島の女性、家の庭の何気ない光景に写り込む嘉手納基地所属の爆撃機B-52、雨がやんだ復帰翌日の伊平屋島など、さりげない日常のなかに沖縄の現実や人々の物語が写し出されています。

 特に復帰前後に平安座島などで進められた石油備蓄基地(CTS)建設のため移設される墓の写真からは、屋良朝苗氏の「平和産業論」とCTS反対運動(金武湾闘争)の中心人物であった安里清信の「平和が海を壊す」の言葉を想起するとともに、平敷が写し出す力強い沖縄の人々の姿に安里のいう「海と大地と共同の力」を感じました。

 本写真展は、東京では銀座ニコンサロンにて今月23日まで、大阪ニコンサロンにて2月1日から14日まで開催されます。

平成30年1月12日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊はこの日、アメリカ大使館前およびロシア大使館前にて、在沖アメリカ軍基地問題と1945年の米ソ共謀に基づくソ連の対日参戦を糾弾しました。

 沖縄県ではアメリカ軍機の事故が頻発しており、沖縄県はアメリカ軍機の飛行停止と点検を求めていますが、アメリカ軍は何の対策もなく飛行訓練を実施しています。またアメリカ軍機は、航空機騒音規制措置や普天間飛行場の離発着の経路制限など、アメリカ軍機の騒音・安全に関する日米の各種の取り決めから逸脱した飛行を常態化させています。アメリカ軍はただちに軍用機の飛行を停止し、全機の安全点検を実施するべきです。

米大使館前

 また、先の大戦の末期、日ソ中立条約に基づき対日参戦をためらっていたソ連に対し、アメリカはソ連の領土の拡大を容認することにより参戦を教唆し、さらに軍事援助なども実施しました。これによりソ連は1945年8月9日に対日参戦し、数々の戦争犯罪が惹起され、現在に至るまで北方領土が不法に占拠されています。

 こうしたソ連に対し、戦後の日本では「反共」感情も絡み合いながら反発・反感が募り、これと表裏一体をなす対米協調・日米一体化が進みましたが、ソ連の対日参戦を教唆したのはアメリカであり、さらに戦後の日ソ領土交渉の進展を妨害し続けたこともアメリカであることを考えると、はたしてこのような戦後の日本外交は妥当であったのか考え直す時期にきているといえます。沖縄における米軍基地も、結局は「日本を共産主義から守る」「日本を共産主義の防波堤とする」という日米安保体制論によって日本側から拡大・固定化させていったのであり、「反共」一辺倒の戦後外交にどれほどの妥当性があったのかいま一度検討する必要があります。

ロシア大使館前

平成30年1月11日 1.11花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊は、1月11日を期して、都内一円にて街頭行動を展開しました。

 特に首相官邸前・自民党本部前において、沖縄で頻発するアメリカ軍機の墜落、炎上・大破、部品・資材の落下などの事故に関連し、航空機騒音規制措置や普天間飛行場での離発着経路の制限など、アメリカ軍機の飛行制限に関する各種日米合意の完全実施を求めるとともに、首相の国会出席削減や与野党の質疑時間比率の見直し、臨時国会召集要求の無視など、安倍政権の国会軽視をただしました。

首相官邸前

 またアメリカ大使館前において、アメリカ軍機の事故をうけ、すべての軍用機の飛行停止と点検を求めました。同時にアメリカ大使館前およびロシア大使館前にて、ヤルタ密約という米ソが共謀し実行した1945年のソ連対日参戦と北方領土の侵略を糾弾しました。ヤルタ密約においてアメリカがソ連に北方領土の侵略を容認することにより対日参戦を教唆したことを知られていますが、さらにアメリカは対日参戦を企てるソ連に艦船を貸与し、アラスカに1万人以上のソ連兵を集めて軍事訓練を行うなど、ソ連対日参戦・領土侵略を積極的に支援したことが明らかとなっています。

 来月7日は政府の定める「北方領土の日」であり、例年、北方領土返還の大会など各種の取り組みが行われております。ロシア政府に北方領土の返還を求めることは当然としても、ロシア(旧ソ連)を異常に敵視することはソ連対日参戦と領土侵略が米ソ共謀によって実行された事実を見失うことになり、危険です。

ロシア大使館前

 さらに戦後の日ソ・日ロ領土交渉を妨害し続けたのはアメリカであり、対米協調と反共を軸とした戦後日本外交そのものの妥当性を再検討した上で、ロシアと新たな関係を築き、北方地域に責任を有する国家である日ロ両国が協調し、北方領土元島民やアイヌなど先住民の支援と権利擁護を実現し、そして現在北方領土に住んでいる人々の生活を破壊することなく、アイヌをはじめとする北方地域の本来の歴史、日魯和親条約における樺太島雑居地化といった先人の知恵、樺太・千島交換条約などの経緯に鑑み、原則的かつ柔軟な交渉を展開する必要があるのではないでしょうか。

平成30年1月10日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊はこの日、自民党本部前・首相官邸前で安倍政権の国会軽視をただし、またアメリカ軍機の航空安全に関する日米合意の完全実施を求めました。

 現在、安倍政権は首相の国会出席削減を目指しています。また昨年では、通常国会閉会後の野党による臨時国会召集要求を無視し、与野党の質疑時間比率の変更をはかるなど、国会を軽視しています。安倍首相は自身と身辺を取り巻く数々の疑惑への追及に対し、「丁寧に説明する」といいますが、いったいいつ丁寧に説明するのでしょうか。

自民党本部前にて

 沖縄県ではアメリカ軍機の墜落、炎上・大破、不時着、部品・資材の落下など数々の事故が頻発しています。危険なアメリカ軍基地の撤去はいうまでもありませんが、基地が存在する大前提となるアメリカ軍機の騒音や航空に関する日米合意や離発着経路に関する取り決めなどは、数々の例外規定により、ことごとく無視され、アメリカ軍の無法・横暴がまかり通っているのが現実です。

 国民の疑惑追及の声や沖縄から発せられる切実な声を無視し続け、安倍政権はどこに進もうとしているのでしょうか。

 その後、アメリカ大使館前・ロシア大使館前にて、第二次世界大戦中のヤルタ秘密協定にもとづくアメリカによるソ連の領土拡大容認とソ連への軍事援助など、米ソが共謀し実行した1945年のソ連対日参戦と北方領土侵略を強く糾弾するとともに、こうした歴史的事実に立てば、対米協調を軸とした戦後外交がいかに陳腐であったか一目瞭然であることから、戦後外交の刷新と新たな日ロ交渉の開始を求めました。

ロシア大使館前にて

 また朝鮮総連前にて、北朝鮮と韓国による南北協議開始を歓迎するとともに、米朝デタントにむけた日朝交渉を呼びかけました。北朝鮮の軍事的挑発は許されず、さらに日本と北朝鮮の間には北朝鮮による重大な犯罪である日本人拉致事件が存在しますが、これらの解決のためにもまずは対話・交渉を行い、軍事対軍事の緊張関係から脱却する必要があります。

朝鮮総連前にて

頻発する米軍機事故をうけ、安倍首相へ要請書を提出しました

 1月9日、沖縄県にて頻発する米軍機の事故をうけ、安倍首相へ米軍機の騒音・安全に関する各種の日米合意を順守させるよう要請書を提出しました。

  沖縄県では今年に入っただけでも6日8日とうるま市および読谷村にて米軍ヘリの「不時着」事故が発生しています。昨年は東村にて米軍ヘリの炎上・大破事故、宜野湾市にて部品などの落下事故が発生し、一昨年12月には名護市沿岸部にてオスプレイの墜落事故が発生しています。

 米軍は事故後、充分な事故原因の究明や再発防止策の徹底をはかることなく軍用機の飛行を再開させ、日本政府はそれを追認するばかりです。それだけでなく、日米両政府は、日米合同委員会で取り決められた航空機騒音防止措置や普天間飛行場の離発着経路の制限など、米軍機の航空安全に関する各種の取り決めに様々な例外を設け、事実上無制限の米軍機の飛行を可能としています。これではいつか必ず人身に関わる大事故が発生することは目に見えています。

 以上のような見地から、危険な米軍基地の撤去が議論の大前提でありながらも、最低でも航空安全に関する各種の日米合意を順守させ、完全実施することが当たり前であるとして、以下の通り要請書を提出しました。

内閣府にて要請書を手交する

要   請   書

冠省 私たちは、軍用機の騒音や事故の危険性を有する在日米軍基地の集中や米軍の無法・横暴を認容する非対称的な日米地位協定といった「基地負担」を沖縄県に過度に押しつけることによって成立している、いびつな日米安保体制の見直しを訴える花瑛塾です。

 沖縄戦以降、沖縄県では日本軍飛行場の接収や新設により、米軍飛行場が多数設けられました。これにより沖縄県では、米軍機の墜落や部品・資材の落下といった事故が頻発し、犠牲者も出ています。米軍機事故は沖縄県が米国の施政権下にあった時代の過去の出来事ではなく、ここ数年だけでも名護市沖合でのMV‐22オスプレイの墜落事故や東村におけるCH-53Eスーパースタリオンの炎上・大破事故など重大事故が頻発している現在進行形の問題です。

 特に在沖米海兵隊普天間飛行場は宜野湾市の中心部にあり、騒音や墜落の危険性など、周辺住民に大きな負担を与えています。実際に2004年には、普天間飛行場にほど近い沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落する事故が発生しています。また昨年、同じく普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校に米軍機の窓が落下する事故が発生しました。一つ間違えれば、落下した窓が児童に直撃する事故になっていたことでしょう。

 普天間飛行場の危険性など過大な基地負担については、沖縄県はもとより、日本政府も米軍も認識しているところであり、1996年のSACOや当時の橋本龍太郎首相と同じくモンデール駐日大使の共同記者会見においても、普天間飛行場の基地負担について言及されています。

 1996年、日米合同委員会において、普天間飛行場と嘉手納飛行場に関する航空機騒音規制措置が取り決められ、夜間飛行や低空飛行の制限、学校や病院を含む人口稠密地域上空の非場周経路化などが合意されましたが、これらは「できる限り」や「任務により必要とされる場合を除き」といった文言が付加され、事実上、米軍の判断によってどのようにでも飛行が可能となっています。実際、米軍の内部資料では、米軍は嘉手納飛行場において夏場は午前0時までの飛行を認めていることが報道によって明るみとなるなど、騒音規制措置は有名無実となっています。

 さらに上述の騒音規制措置における学校や病院を含む人口稠密地域上空の非場周経路化に加え、2007年の日米合意では普天間飛行場における離発着経路は3経路に制限されましたが、沖縄防衛局の調査によれば、実際は制限された飛行経路から大きくはずれた米軍機の飛行が常態化しています。

 東村・国頭村にまたがる北部訓練場では、6ケ所ものヘリパッドが完成し、MV‐22オスプレイの飛行・離発着が本格化しています。オスプレイは度重なる事故を起こしてきた新型航空機であり、北部訓練場周辺における事故の可能性も高まっています。北部訓練場周辺では、米軍機が集落の上空を飛行しないよう地域住民が申し入れていますが、守られていません。

 花瑛塾は米軍機事故の根本的な防止・解消には、沖縄県への過度な米軍基地の集中と、米軍の無法・横暴を許す日米地位協定によって成り立つ日米安保体制そのものを根本的に見直す必要があると考えますが、緊急避難的な措置として、まずは航空機騒音規制措置や飛行場周辺の離発着経路に関する日米合意など、米軍機の騒音・安全に関する日米の取り決めの完全実施と、取り決め内容をさらに見直し、厳格化すること、そして取り決めが実施されているのかしっかりとした調査を行う必要があります。

 米軍が軍用機の騒音・安全に関する日米の取り決めを実施せず、日本政府もそれを容認しているのであれば、そう遠くないうちに、人身に関わる重大事故として再び米軍機事故が発生するはずであり、日米合意の完全実施と取り決め内容の見直し、厳格化、徹底がはかられるまで、沖縄県における米軍機の全面的な飛行中止を実施するべきです。

 総理大臣においては、事故防止のため、米軍機に関する日米の各種合意・取り決めを完全実施されたくここに要請いたします。同時に、その間における沖縄での米軍機の全面飛行中止を要請します。その上で、完全実施が不可能であるならば、そもそも米軍飛行場が市街地に存在し、その上空を米軍機が昼夜を問わず飛行しているという危険性について、日米の取り決めによっては防止できないということであり、米軍飛行場の閉鎖・撤去という根本的な措置の実施を要請します。

草々

平成30年1月9日

花瑛塾 塾長 木 川 智

塾 生 一 同

内閣総理大臣

安 倍 晋 三  閣下

 

手交した要請書

 内閣府での安倍首相への要請行動後、首相官邸前・自民党本部前にて、沖縄県にて頻発する米軍機事故について、事故原因の究明と騒音・安全に関する日米合意の完全実施と厳格化、確認体制の構築を求め、その間の米軍機の飛行停止を訴えました。沖縄に犠牲と負担を強いて「本土」が利益を貪る沖縄戦のごとき現行の日米安保体制は、早急に是正されるべきものです。

 その後、米大使館前にて、軍用機の安全に関する日米合意から逸脱した飛行を繰り返し、事故原因の究明・再発防止策の徹底のないまま飛行を再開させる在沖米軍の無法・横暴をただすとともに、米大使館前・ロシア大使館前にて、米ソが共謀し実行した1945年のソ連対日参戦と北方領土の侵略を糾弾しました。

警察によるロシア大使館付近の規制線を突破し、大使館付近に推進し、米ソの共謀に基づくソ連対日参戦と領土侵略を糾弾する

平成30年1月6日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊は6日、昨年の通常国会における「共謀罪」新設以降、野党各党による臨時国会開会要求の無視や外交日程と重ね合わせた低調な特別国会、「国難」を理由とする衆議院の解散、与野党の質問時間比率変更など、安倍政権の国会軽視を批判し、今月下旬からの通常国会における活発な議論を与野党に求めました。

 その後、防衛省前などで航空機騒音規制措置など在沖縄アメリカ軍飛行場を離発着・飛行するアメリカ軍機の騒音・安全に関する日米合意の不備・不徹底をただしました。騒音規制措置をはじめとするアメリカ軍機の飛行制限に関する各種の日米合意は、実際は「できる限り」といった文言が付加され骨抜きにされています。さらにその上でアメリカ軍が日米合意から逸脱した離発着・飛行を繰り返しているのは沖縄防衛局も認めているところであり、このままでは遠からず人身に関わるアメリカ軍機による重大事故が発生すると警告しました。

防衛省前にて

 またアメリカ大使館前・ロシア大使館前にて、アメリカがソ連へ対日参戦を教唆し、その見返りとしてソ連に千島列島など領土侵略を許容したヤルタ秘密協定や、ソ連の対日参戦に向けたアメリカのソ連への軍事援助など、1945年のソ連対日参戦に関するアメリカの介入や米ソの共謀を糾弾しました。同時に、こうしたアメリカの対応を振り返ると、対米協調を軸とした戦後日本外交に妥当性はあったのか、日ソ・日中外交を重視した「もう一つの戦後」がありえたのではなかったのか、など「戦後」の再検討も必要ではないでしょうか。

 さらに米ソのヤルタ秘密協定のみならず、1944年にはイギリスとソ連が東欧における勢力圏を定める「パーセンテージ協定」を結ぶなど、連合国の主要国は、第二次世界大戦の連合国側の基本方針である「大西洋憲章」に反する領土拡大や勢力圏形成を行いました。このような連合国の行為は枢軸国同様に非難されるべきものであり、先の戦争と戦後が改めて問うていく必要があります。

米大使館前にて