花瑛塾会報「神苑の決意」第12号(平成29年10月号)発行しました

花瑛塾会報「神苑の決意」第12号(平成29年10月号)発行しました。

近日中に読者の皆様のお手許に届くと思います。

1面巻頭言では安倍首相による臨時国会冒頭での解散・総選挙を糾弾し、選挙での厳しい国民の審判を求め、4面解説では9月12日に発覚した「チビチリガマ」(沖縄県読谷村)が荒らされた事件について取り上げています。

詳細は当サイト花瑛塾会報「神苑の決意」もしくは花瑛塾ONLINE STOREより御確認下さい。

また花瑛塾会報「神苑の決意」は、ミニコミ誌を扱う「模索舎」(東京都新宿区)にも納品しており、バックナンバーなども置いていただいております。

最新号は近日中に納品予定です。

 

模索舎Webサイト

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

花瑛塾行動隊は解散・総選挙へと逃亡する安倍政権を糾弾しました

花瑛塾行動隊は22日、総理大臣官邸前・自民党本部前・国会前にて、森友学園・加計学園などの疑惑を隠蔽し、追及から逃亡するための安倍首相による衆院「バックレ解散」「逃げ得解散」を糾弾しました。

総理大臣官邸付近は機動隊など警察による厳重な警戒態勢が敷かれており、幾重にも阻止線が貼られていますが、花瑛塾行動隊は知略をもってこれを悠然とかいくぐり、総理大臣官邸のごく間近にて安倍政権への怒りを叩きつけました。

安倍首相は今月25日の記者会見で、臨時国会冒頭で衆議院の解散を表明し、10月22日を投票日とする総選挙が行われるといった報道がなされています。

安倍政権は8月冒頭に内閣改造を行い、第3次改造内閣が成立しました。この改造内閣について、安倍首相は「仕事人内閣」などと自惚れていましたが、内閣改造から2か月程度で解散総選挙を行うことに、国民の多くが疑問を感じているはずです。「仕事人内閣」は、はたして国民のためにどのような「仕事」をしたというのでしょうか。

そもそも安倍政権には、森友学園問題や加計学園問題など、数々の疑惑が指摘されています。さらに「共謀罪」新設や南スーダンPKO日報問題における稲田前防衛大臣の任命責任など、安倍政権が国会において答えなければならない問題は、数えきれません。こうした疑惑の追及とそれへの答弁を嫌がり、解散総選挙を行うのだとすれば、このたびの解散総選挙に大義はまったくなく、疑惑を隠蔽し、追及から逃亡するための「バックレ解散」「逃げ得解散」といわざるをえません。

また北朝鮮によるミサイル発射や核実験など、朝鮮半島と東アジアの緊張が高まり、日本でも北朝鮮がミサイルを発射する都度、Jアラートといわれる警報が発令されていますが、こうした状況のなかで解散総選挙を行うことは、妥当なことなのでしょうか。

北朝鮮情勢が緊迫しながら解散総選挙を行うということは、北朝鮮情勢は解散総選挙が行えるくらい緊迫していないともいえるはずです。

Jアラートについて、国民は警報に脅え、電車が停まるなどの被害にあっています。しかしミサイル発射について、安倍首相は事前に情報を掴んでいたとの見方もあり、ミサイル落下地点も日本よりむしろアメリカ・アリューシャン列島やロシア・カムチャツカ半島に近く、人工衛星が飛行する宇宙空間をミサイルが飛翔するなど、本当にJアラートを発令する理由はあったのでしょうか。

むしろ、北朝鮮の「脅威」や朝鮮半島情勢の「緊迫化」というのは、安倍首相ただ1人が言い募り、でっちあげていることなのではないのでしょうか。Jアラートによって国民を不安に陥れ、みずから安全保障の脅威を言い募り、自身の外交政策への支持を取り付けているとしか考えられません。

安倍政権内部からは、小池都知事による小池新党がおぼつかず、さらに民進党も前原代表が新代表に就任した直後であり、内閣支持率も回復傾向にあるため、いまなら解散総選挙を行っても勝機があるといった発言が聞こえてきます。

このような安倍首相、そして安倍政権のおごった態度が国民の信頼を損ない、内閣支持率が急落した原因であったのではないでしょうか。

アベノミクスなどといわれる安倍政権による経済政策は、はたしてどのような利益を国民にもたらしたのでしょうか。安倍政権によって景気が回復し、国民の賃金が上昇し、社会保障が充実したという事実はありません。

安倍政権は一昨年、北朝鮮の脅威が高まっているなどとして安保法制の成立を強行しましたが、それによって北朝鮮の脅威は減少したのでしょうか。また安倍政権は北朝鮮への強硬外交を展開していますが、これによって北朝鮮による日本人拉致事件の被害者の帰国が実現したでしょうか。むしろ安倍政権の外交・安全保障政策が何ら有効ではなかったからこそ、現在の緊迫した状態が生まれたという見方も成り立ちます。

安倍政権がこれまで行ってきた最悪の政策と外交、そして政権運営を思い起こし、来たる総選挙では有権者のきっぱりとした審判を突きつけるべきです。

その他、防衛省前にて防衛省・沖縄防衛局が強行する沖縄での新基地建設・基地機能強化に強く抗議しました。在沖米海兵隊は日本防衛の「抑止力」などではなく、さらに沖縄に駐留する地理的・軍事的必然性もありません。沖縄を政治的「捨て石」とする基地建設はただちに中止するべきです。

また朝鮮総連前にてミサイル発射・核実験など国連安保理決議違反の北朝鮮の軍事行動を戒め、さらに米大使館前にて北朝鮮への米国の外交的・軍事的威嚇も糺し、軍事対軍事の対決構造は絶対に避け、安保理議長声明の通り米朝対話・6カ国協議の枠組みでの北朝鮮問題の解決を求めました。

平成29年9月20日 ジャーナリストはなぜ、なにを、どのように伝えるのか

文京区民センターにて開催された「ジャーナリストはなぜ、なにを、どのように伝えるのか―イスラエル人ジャーナリスト、アミラ・ハス氏との対話」(主催:土井敏邦・パレスチナ記録の会)に参加しました。

ハス氏は、イスラエルの有力紙「ハアレツ」占領地特派員として、パレスチナ・ガザ地区に住み、同地の現状を伝えるジャーナリストです。本年はイスラエルによるパレスチナ占領50年にあたり、イスラエルの占領の実態やパレスチナの現状に注目が集まっています。

第1部としてハス氏の基調講演を拝聴し、第2部としてはアミラ・ハス氏とジャーナリスト金平茂紀氏との対談を拝聴しました。

ハス氏は今月日本各地を訪れ、取材や講演を行っています。沖縄も訪問し、基地問題に取り組む人々について、公権力への適正な市民的批判や抵抗について評価するとともに、12日にはチビチリガマ(読谷村)が荒らされていることを案内者や同行者とともに発見し、強い不快感を表明するなどしています。

画像は、14日沖縄キリスト教学院大学で講演するハス氏。9月15日14:23沖縄タイムス+プラスニュースより。

 

平成29年9月14日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は14日、国立劇場おきなわ(浦添市)にて開催された「沖縄芝居鑑賞教室」を鑑賞しました。

上演演目は、第1部として琉球舞踊と沖縄芝居名場面として、古典舞踊「醜童」や雑踊「谷茶前」、歌劇「泊阿嘉」より「アカチラの浜」の場面、同じく歌劇「薬師堂」より「三月遊びの場」の場面、第2部として時代舞踊歌劇「菖蒲の由来記」でした。

沖縄芝居は組踊や古典音楽などの担い手であった士族たちが、いわゆる「琉球処分」によって琉球王国が解体したため、市中で古典舞踊を演じたことを始めとし、明治20年頃からさらに新しい演目が創作され、現代に至ります。

「菖蒲の由来記」以外の代表作としては、歌劇「泊阿嘉」、同「奥山の牡丹」、同「伊江島ハンドー小」、史劇「首里城明け渡し」などがあります。

 

平成29年9月13日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は13日午前、昨日12日に何者かによって荒らされた沖縄戦の強制集団死の場「チビチリガマ」(読谷村)を訪れ、慰霊のまことを捧げました。

沖縄各地のガマは沖縄戦で住民の避難壕や日本軍の軍事拠点となりましたが、チビチリガマでは避難していた140人の住民が米兵による殺害や暴行を恐れ、83人もの住民が互いに殺し合う強制集団死(いわゆる「集団自決)に追い込まれました。こうしたことは「読谷村史」などに克明に記されています。

チビチリガマでは80年代にもガマの入り口にある「世代を結ぶ平和の像」(制作:金城実)が破壊される事件も起きています。

その後、佐喜真美術館(宜野湾市)を訪れ、常設展示「沖縄戦の図」や「読谷村三部作」(作:丸木位里・丸木俊)を鑑賞しました。

丸木位里・丸木俊は「原爆の図」の制作後、沖縄戦体験者の証言に基づきつつ、「沖縄戦の図」やチビチリガマの悲劇などを描いた「チビチリガマ」「シムクガマ」「残波大獅子」といった「読谷村三部作」を制作しました。

また同美術館では特別展として「國吉和夫<私の>人(ひと)展」が開催されており、沖縄の人々を力強く撮影した作品を鑑賞しました。

13日午後、平敷兼七ギャラリー(浦添市)にて写真家・平敷兼七氏と中川大祐氏による真栄原社交街を題材とした作品を鑑賞しました。

真栄原社交街は宜野湾市にある歓楽街で、米兵相手の飲食店や性産業で大きな賑わいを誇りました。こうした社交街は経済的な面で基地と共存関係にあり、基地反対運動が高まると米軍は「オフリミッツ」と呼ばれる外出禁止・出入禁止措置を取り、社交街を経済的に苦しめ、沖縄の人々や基地反対運動への報復・分断をはかったといわれています。

その後、不屈館(那覇市)にて沖縄人民党代表にして那覇市長や衆議院議員を務めた瀬長亀次郎の遺品や関連資料を見学し、瀬長の生涯や戦後の沖縄返還や基地を巡る沖日米関係を学びました。

基地問題や沖縄返還交渉における沖日米関係の主要なプレーヤーはアメリカですが、沖縄の基地反対運動・返還要求の高まりがアメリカを動かしていくことなり、瀬長と沖縄の人々の戦いに胸をうたれました。

平成29年9月12日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は12日午前、2004年沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件の現場(宜野湾市)を訪れ、建物の破損や立ち木の炎上など、事件の凄惨な実態を学びました。

墜落した米軍ヘリは沖縄国際大学に隣接する普天間飛行場(同)に所属する機体であり、たびたび指摘されてきた普天間飛行場の危険性が現実のものとなった事件です。本件では奇跡的に死亡者は出ませんでしたが、普天間飛行場の真横には民家や学校、公園や役所などがあり、同種の事件事故はいつ発生しても不思議ではありません。

さらに墜落事件直後より大学構内を含む現場一帯をロックアウトし、警察や消防そして報道まで締め出しました。これらの米軍の措置は日米地位協定に基づくものであり、墜落事件には地位協定の問題も指摘されています。

12日午後、沖縄県立博物館・美術館(那覇市)、琉球新報新聞博物館(同)、沖縄タイムス・ギャラリー(同)を訪れ、展示品を鑑賞しました。

特に県立博物館の常設展は琉球・沖縄の成立と展開について、自然科学、考古学、民俗学、歴史学、美術学など、あらゆる見地から網羅的に展示・解説してあり、大きな学びの場となっています。

美術館ではコレクションギャラリー「安次富長昭展 光・風・土への憧憬」、同「ベトナム絵画展」が開催され、沖縄の美術界とともに、国際的な美術・絵画の展示などもされていました。

平成29年9月11日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は11日午前、平安座島(うるま市)の石油備蓄基地(CTS)を見学しました。

琉球政府行政主席・屋良朝苗氏は金武湾一帯の埋め立てとCTS設置を計画しましたが、金武湾闘争と呼ばれるCTS反対運動の盛り上がりによって計画は縮小し、平安座島から宮城島までが埋め立てられCTSとなりました。

CTSと反対運動については以前の記事で触れましたので、ご参照下さい。

11日午後、佐銘川大主・苗代大比屋の屋敷跡や尚思紹・尚巴志の墓とされる佐敷ようどれ、場天御嶽など、南城市各地にある第一尚氏関連遺跡や御嶽を見学・参拝しました。

佐銘川大主は伊是名島から辺戸岬を東周りに佐敷・場天まで流れ、子・苗代大比屋(尚思紹)と孫・尚巴志が琉球を統一し、第一尚氏を開いたといわれています。

こうした第一尚氏の開闢の神話と歴史は、折口信夫が論文「琉球国王の出自」によって日琉同祖論の見地から源為朝渡琉伝承などとともに論じています。

なお佐敷ようどれは航空自衛隊知念分屯基地の内部にあり、入構にあたり受付が必要です。

喜多見と狛江の小さな映画祭+α

平成29年9月10日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は10日午前中、那覇市民ギャラリーで開催中の写真家・石川真生写真展「大琉球写真絵巻Part1~4」を鑑賞しました。

「大琉球写真絵巻」は、特に島津氏の琉球侵攻から明治政府のいわゆる「琉球処分」、そして沖縄戦と米軍の占領統治を経て現代までの琉球・沖縄の歴史や状況を、一般の人々がそれぞれのアイデアと思いをもとに表現し石川氏が撮影するものです。写真展は本日が最終日ということもあり、盛況でした。

その後、那覇市歴史博物館にて企画展「琉球・沖縄のイッピン~沖縄コレクター友の会展~」や特別展「水色地の紅型衣裳」、同「王家の宝刀」を鑑賞しました。企画展では喜名焼アンビンなど歴史的な陶芸品から本土復帰の記念切手などそれぞれの「イッピン」が展示されていました。また特別展では首里王府や尚家伝来の刀や冠、あるいは紅型と呼ばれる伝統的な染め物などが展示され、琉球の歴史と文化を知ることができました。

午後は、名護市の名桜大学で開催された名桜大学特別講座「私達は『誰が公共政策を決定すべき』と考えているのか―社会心理学“誰がなぜゲーム”から見えるもの―」を受講しました。

この講座は、中国の内モンゴルにおける草原管理や石垣市の新空港建設、あるいは名護市東海岸の護岸工事や基地建設などを具体例に、公共政策の実施に関する賛成・反対といった意思決定や共有財(コモンズ)の管理への参与をめぐる当事者性などについて、「地域住民」「一般市民」「行政」など各アクターが制度的基盤・認知的基盤などを通して行う正当性の承認・非承認といった社会的認知について、社会心理学の立場から検討するものであり、WWG(誰がなぜゲーム)と呼ばれるシュミレーション・ゲームによる正当性認知の変遷などを学びました。

平成29年9月10日 花瑛塾行動隊街頭行動

花瑛塾行動隊はこの日、首相官邸前・自民党本部前にて安倍政権の短兵急な対北朝鮮強硬外交を批判しました。

ミサイル発射や核実験など北朝鮮の軍事的挑発は許されませんが、これに対応し「危機」「脅威」を煽る安倍政権の対北硬論も容認できません。

過去、安倍首相はプーチン大統領の6カ国協議再開の提案に賛同せず、現在では制裁などの強硬措置を各国に呼びかけていますが、そうした対北硬論が本当に意味があり事態解決につながるのか、自身のこれまでの対北外交の成果を踏まえて国民に説明できるのでしょうか。安倍政権は危険かつ無意味な対北強硬論を取り下げ、米朝直接対話と6カ国協議再開の道筋を立てるべきです。

その後、防衛省本省前にて政府が強行する沖縄での新基地建設・基地機能強化に抗議するとともに、アメリカ大使館前にてアメリカ政府に北朝鮮への軍事的・外交的威圧を自制することを求め、さらに核廃絶を求めました。

またロシア大使館前ではソ連対日参戦と領土占領の不当性を訴えるとともに、新たな日ロ関係の構築による北方政策の現状打開を呼びかけました。

平成29年9月9日 花瑛塾第10次沖縄派遣団

花瑛塾第10次沖縄派遣団は9日、上本部飛行場跡(本部町)を訪れ、基地返還の現実的根拠を探りました。

上本部飛行場は米軍飛行場として使用されましたが1971年に返還されました。この当時、基地返還に関する現状復帰の制度が未整備で、コーラルサンドによって敷き固められた滑走路が残存したまま返還されるなど、上本部飛行場の跡地利用は難しい条件でした。さらに上本部飛行場は国有地が広く占めており、返還後に国が海上自衛隊の送信所建設を計画し地域の反対に合い利用が進まないなど、跡地利用は難航しました。

しかし現在ではオキハムが立ち上げた農業生産法人が農産加工場を建設するなど、少しずつ跡地利用が進んでおり、読谷補助飛行場跡やハンビー飛行場跡、そして上本部飛行場跡など返還後の基地の状況や跡地利用について学ぶことは、基地返還の現実的な根拠を知ることになり、重要です。

その後、道の駅ゆいゆい国頭(国頭村)にてヤンバルクイナやノグチゲラ、あるいはイリオモテヤマネコなど、やんばるや離島の希少生物の写真展「やんばる、西表島の多様な生物 写真展」を鑑賞しました。北部訓練場でのヘリパッド建設とそこでのオスプレイの離発着は、やんばるの希少生物に多大な負担を与えますが、同時にやんばるを貫く県道70号を中心とした希少生物の轢死(ロードキル)の防止など、観光客などによる希少生物への負担減少も考えていかなければなりません。

また辺戸岬では「祖国復帰闘争碑」や元琉球行政府主席・大田政作氏の像を訪れ、さらに辺戸部落周辺で宇佐浜遺跡・義本王墓・辺戸御嶽・蔡温松・辺戸大川などの史跡・遺跡・宗教施設を巡り、『中山世鑑』にも記される琉球の神話と歴史に触れました。