【お知らせ】トークイベント「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2 ―故郷と生活を守るうちなぁの民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理―

 10月5日(金)19:00より、ネイキッドロフトにて基地問題をはじめ沖縄と日本のこれからを考えるトークイベントが開催されます。

 8月8日の翁長前知事の急逝に伴い、9月30日が沖縄県知事選挙の投開票日となり、はからずも沖縄県知事選挙直後の沖縄を考えるトークイベントとなりました。

 翁長前知事の逝去を悼み、現在行われている県知事選挙の結果を総括するとともに、今回の選挙でも吹き荒れている沖縄や基地問題に関するデマの検証、県民投票や辺野古新基地の埋立承認撤回なども議論する予定です。

 前回はジャーナリストの安田浩一さん、精神科医の香山リカさんをゲストにお迎えし、様々なお話しをお伺いしました。

 今回は沖縄について積極的に発言している作家・佐藤優さんの記事や沖縄県選出議員のインタビューなどを掲載している「月刊日本」副編集長の中村友哉さん、そして「週刊金曜日」などで基地問題や今回の選挙について記事を寄稿している沖縄在住のノンフィクションライター・渡瀬夏彦さんをお迎えし、お話しを伺う予定です。

 皆様のご参加をお待ちしています。

トークイベント「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2

故郷と生活を守る「うちなぁ」の民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理─

画像をクリックするとPFDでご確認できます。

日時:2018年10月5日(金)OPEN 18:30 / START 19:00

チケット:[予約]1500円 [当日]2000円(飲食代別)

【テーマ】

 「やまとぅ(=日本本土)」は沖縄に米軍基地を押しつけ、基地負担に抗う沖縄の人々を暴力的に排除し、陰湿なデマを吹聴し、あらゆる力を総動員して沖縄を「屈服」させ、沖縄の民意を「やまとぅ」の論理によって塗りつぶしてきた。

 沖縄では翁長前知事の逝去と、これに伴う県知事選挙や辺野古新基地に関する県民投票への期待と不安が交錯している。これまで数々の選挙で示されてきた民意はどこにいくのか? 新たに示される民意に「やまとぅ」はどうこたえるのか?

 「やまとぅ」に生きる私たちはどうしていくべきか!? このままでいいの!? 私たちにできることは!? 基地や差別を沖縄に押しつける「やまとぅ」を問い直す。

第1部

  • 沖縄県知事選挙の総括と新知事への期待
  • 基地問題をめぐる「保守と革新」「右と左」
  • 米軍基地なき後の日本の安全保障とは

第2部

  • 辺野古新基地県民投票をどう見るか―沖縄が「やまとぅ」に問いかけるもの―
  • 沖縄の民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理―政治・メディア・デマの分析と攻略―

第3部

  • 質疑応答など

【登壇者】

  • 木川智…………花瑛塾 塾長
  • 中村友哉………「月刊日本」副編集長 執筆「翁長知事を『左翼』とみなす愚かしさ」(「月刊日本」2015年2月号所収)
  • 山口祐二郎……憂国我道会 会長 フリーライター
  • 渡瀬夏彦………ノンフィクションライター かもがわ出版より単著『沖縄が日本を倒す日』出版予定
前回のトークイベントの様子(右から香山リカさん、花瑛塾仲村、安田浩一さん、花瑛塾木川、山口祐二郎さん)

※氏名はあいうえお順

※動画撮影・録音・配信禁止

 詳細の確認・ご予約は以下よりお願いします。

「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2

平成30年9月21日 花瑛塾行動隊街頭行動

 今月9月7日夜遅く、沖縄県読谷村にて酒に酔った米軍の男性兵士が上半身裸の状態で民家に侵入し、居合わせた高校2年生の少女が逃げる事件が発生しました。少女は「殺される」と思い、生後間もなくの妹を連れて、裸足で家から逃げたといいます。沖縄ではこれまで、米兵による数々の殺人事件や傷害事件、あるいは性的暴行事件が発生しており、沖縄の人々の悲しみの記憶・傷跡としていまにいたるまで伝わっています。そうしたなかで夜半に上半身裸の米兵が家に押し入ってきた際の少女の恐怖は、想像を絶するものがあったとことでしょう。

米大使館

 花瑛塾行動隊はこの日、米大使館周辺にて、米軍の綱紀粛正と、このような米兵犯罪の温床となっている差別的な内容によって米兵犯罪の取り締まりを困難にしている日米地位協定の改正について、日本政府はもちろんのこと、人権と民主主義の国である米国もまた日米地位協定の一方の締結国として責任をもって取り組むべきことを訴えました。

 そして、日米地位協定の内容の問題はこれまでに各方面より指摘されてきましたが、沖縄に基地が集中している現状では、地位協定の問題も沖縄に集中するのであり、地位協定の改正とともに、根本的な解決としては沖縄への基地集中の軽減・解消が必要です。

 また首相官邸・自民党本部周辺にて、昨日の自民党総裁選に関連した訴えを行いました。

 昨日の総裁選において、安倍陣営は石破陣営にトリプルスコアをつけて「圧勝」を目指すとのことでしたが、実際はそうはなりませんでした。特徴的なのは、石破陣営が伸ばしたとはいえ安倍陣営が圧倒的であった国会議員票に比べ、より民意を反映していると見られる地方票において、石破陣営が四割も獲得し、安倍陣営と互角に渡り合ったことです。全国的な民意は安倍政権を見放しつつあり、これに気づくことなく安倍政権にすがりつき保身をはかる自民党議員たちという構図がはっきりしました。それは同時に、安倍総理が掲げる憲法改正などといった政策に対し、国民は一定の距離を置いているといえます。安倍政権はこれまでの政策の失敗と政権運営の横暴さを是正する必要があります。

自民党本部

 一方で、石破茂氏についても、少なくとも辺野古新基地建設については、積極容認派の人物です。いまから五年前、自民党幹事長であった石破氏は、普天間飛行場の県外・国外移設を主張し、辺野古新基地反対を掲げていた沖縄自民党に乗り込み、沖縄選出の国場幸之助議員らに圧力をかけ、辺野古新基地建設容認に転向させました。仲井真元知事が辺野古容認に方針を転換したのも、この石破氏の圧力による沖縄自民党の屈服が原因といわれています。

 石破氏はいまになって辺野古新基地建設問題や沖縄自民党を屈服させたことに反省に近い言葉を述べていますが、石破氏の本質は辺野古新基地建設の積極的な推進だということも事実です。

 保守政党であり国民政党である自民党こそが、新しい米軍基地はいらない、危険な普天間飛行場は閉鎖するという、日本的見地に立った原則的な外交を展開するべきであり、「外交の安倍」を安倍総理が自称するのであれば、それぐらいの高度な日米外交を展開することができるのではないでしょうか。

【お知らせ】トークイベント「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2 ―故郷と生活を守るうちなぁの民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理―

 10月5日(金)19:00より、ネイキッドロフトにて以下のとおりトークイベントが開催されます。

 8月8日の翁長前知事の急逝に伴い、9月30日が沖縄県知事選挙の投開票日となり、はからずも沖縄県知事選挙直後の沖縄を考えるトークイベントとなりました。

 翁長前知事の逝去を悼み、現在行われている県知事選挙の結果を総括し、これからの沖縄と日本を考えるイベントになればと思います。

 また、今回の選挙でも吹き荒れている沖縄や基地問題に関するデマの検証、県民投票や辺野古新基地の埋立承認撤回なども議論する予定です。

 皆様のご参加をお待ちしています。

トークイベント「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2

故郷と生活を守るうちなぁの民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理─

画像をクリックするとPFDでご確認できます。

日時:2018年10月5日(金)OPEN 18:30 / START 19:00

チケット:[予約]1500円 [当日]2000円(飲食代別)

【テーマ】

 「やまとぅ(=日本本土)」は沖縄に米軍基地を押しつけ、基地負担に抗う沖縄の人々を暴力的に排除し、陰湿なデマを吹聴し、あらゆる力を総動員して沖縄を「屈服」させ、沖縄の民意を「やまとぅ」の論理によって塗りつぶしてきた。

 沖縄では翁長前知事の逝去と、これに伴う県知事選挙や辺野古新基地に関する県民投票への期待と不安が交錯している。これまで数々の選挙で示されてきた民意はどこにいくのか? 新たに示される民意に「やまとぅ」はどうこたえるのか?

 「やまとぅ」に生きる私たちはどうしていくべきか!? このままでいいの!? 私たちにできることは!? 基地や差別を沖縄に押しつける「やまとぅ」を問い直す。

第1部

  • 沖縄県知事選挙の総括と新知事への期待
  • 基地問題をめぐる「保守と革新」「右と左」
  • 米軍基地なき後の日本の安全保障とは

第2部

  • 辺野古新基地県民投票をどう見るか―沖縄が「やまとぅ」に問いかけるもの―
  • 沖縄の民意へ襲いかかる「やまとぅ」の論理―政治・メディア・デマの分析と攻略―

第3部

  • 質疑応答など

【登壇者】

  • 木川智…………花瑛塾 塾長
  • 中村友哉………「月刊日本」副編集長 執筆「翁長知事を『左翼』とみなす愚かしさ」(「月刊日本」2015年2月号所収)
  • 山口祐二郎……憂国我道会 会長 フリーライター
  • 渡瀬夏彦………ノンフィクションライター かもがわ出版より単著『沖縄が日本を倒す日』出版予定
前回のトークイベントの様子(右から香山リカさん、花瑛塾仲村、安田浩一さん、花瑛塾木川、山口祐二郎さん)

※氏名はあいうえお順

※動画撮影・録音・配信禁止

 詳細の確認・ご予約は以下よりお願いします。

「やまとぅ問題を斬る! 沖縄への視点/沖縄からの視点」Vol.2

平成30年9月16日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊はこの日、自民党・総理官邸周辺にて、現在行われている自民党総裁選挙に関連し、安倍政権過去6年の失政・悪政を振り返り、なおもう3年安倍政権が継続することの是非を問いました。

自民党本部

 安倍政権はこれまで様々なスローガンを掲げ、聞き心地のいいキャッチコピーに基づく政策を行ってきましたが、近頃は名前も聞かなくなってしまった「アベノミクス」は、最重要課題であった2%の物価上昇率の実現の見込みが立たないなど、重要政策であった経済政策一つとっても、安倍政権の政策は失敗を続けています。一方で特定機密法制定、集団的自衛権の行使容認・安保法制の制定、「共謀罪」新設、「働き方改革」関連法制定など、国民的要請があったわけでもない危険な法律は数の力で強行するなど、この政権の本質がどこにあるかここからよくわかります。

 それとともに、上述のアベノミクスはじめ政策の失敗は絶対に認めず、方向性の修正を行うわけでもなく、むしろ成功しているとまでいいはるような政権の体質や森友・加計など国民の疑惑に答えようともしない安倍首相の人間性に、国民は嫌気がさしています。

 また防衛省・外務省・米大使館周辺にて、30日投開票の沖縄県知事選挙の争点ともなっている米軍基地問題に関連し、米軍ヘリCH53Eの緊急着陸が対馬と長崎で立て続けに発生したことについて、同型機の飛行停止と点検を求めました。その後、ロシア大使館周辺にて、北方地域の歴史と国際法に根差す原則的で、かつ文化・経済・交流などにおける日ロの協調など柔軟な日ロ新外交の開始を呼びかけました。

防衛省

平成30年9月14日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊はこの日、昨日に引き続き、総理官邸や自民党本部周辺にて、「外交の安倍」を自称する安倍総理の過去6年の外交の総括を求めました。

 安倍総理は世界中に大金をばらまき、「バラク」「ウラジミール」「ドナルド」などと各国首脳をファーストネームで呼んで悦に入ってますが、北朝鮮による日本人拉致事件や北朝鮮の核・ミサイル問題、北方領土交渉、TPPやアメリカの関税など通商貿易問題、核軍縮などの平和外交、中国はじめアジアとの友好、不公平な日米地位協定や在日米軍基地問題など、数々の外交上の懸案事項を抱えながら何か目立った成果はあったのでしょうか?

総理官邸(西門)

 特に北方領土問題をはじめとする日ロ外交は、通算22回もの首脳会談を行い、プーチン大統領を「ウラジミール」などと呼び、経済支援を行うなどしましたが、結局は領土画定を保留した平和交渉の開始を投げかけられるなど、日本側の意図は全く伝わっていません。領土問題を抜いたところでの日ロ友好や経済協力も大事であり、領土問題とは別に北方地域に責任を有する国家である日ロ両国が協調してなすべきことは多いですが、あくまで領土問題と平和条約締結が最重要課題であることは衆目一致しています。プーチン大統領の平和条約締結の呼びかけと安倍総理のにやけ笑いという曖昧なリアクションによって、これまでの交渉は全て無になったと考えていいでしょう。「外交の安倍」は本当に「外交の安倍」なのでしょうか。

 また昨日告示日であった沖縄県知事選挙に関連し、米大使館周辺にて、現在は米国は日本から基地を提供されている国ではあるが、米国による沖縄戦時とその後の住民土地強奪やそれによる強行的な基地建設、そして市街地上空での飛行や土壌汚染といった無法な基地運用などが沖縄の基地負担の根本原因として存在する以上、米国も沖縄の基地問題や基地負担軽減について取り組む責任があると訴えました。

米大使館

 その後、ロシア大使館周辺にて、ソ連対日参戦と領土占拠は国際法違反であり、第2次世界大戦の基本方針である大西洋憲章などの「領土不拡大」方針にも反するものであり、これに基づくサンフランシスコ条約領土条項の無効と領土の日本の主権確認を行い、その上で領土を日ロ両国で管理するなど、原則的かつ柔軟な領土交渉の進展の中に日ロ両国の信頼醸成と平和構築の道があることを訴えました。

平成30年9月13日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊はこの日、首相官邸・自民党・外務省周辺などにて、安倍政権6年におよぶこれまでの外交交渉について、その成果と反省の総括を求めました。

 安倍首相はみずからのことを「外交の安倍」などと自称しているそうですが、はたしてこれまでどのような外交的成果があったのでしょうか。敵対政策を続けた北朝鮮は、国際環境が融和ムードに傾き対北朝鮮外交は手詰まりとなり、日本は一気に対北朝鮮外交で孤立してしまいました。また日ロ首脳会談は通算22回におよびますが、目立った成果はありません。先日はプーチン大統領に平和条約締結を呼びかけられ、安倍首相は仕方なくにやけるばかりで何も言い返すこともできませんでした。

総裁選挙中の自民党本部

 「外交の安倍」の外交手腕の核心は、とにかく世界各国にお金を配ることであり、これまで莫大な金額の支援を各国にしてきました。もちろん支援を行うことは重要であり、無償支援であってもやる必要があればやるべきです。しかし「外交の安倍」を自称している以上、そこには何らかの見返りなど国益に資する結果があってしかるべきではないでしょうか。国内では増長していきがり、自国民には情け容赦なく強権を振るいながら、国際舞台では各国首脳に手玉に取られお金を巻き上げられながらも「外交の安倍」などと自惚れる姿は、安倍首相の性格の幼児性を如実にあらわしています。

 そして西日本豪雨災害や大阪を中心とした台風災害、北海道の震災など大規模な自然災害が立て続けに発生していますが、これに関する予算措置があまりに過少であり、ある種の「棄民」のような様相を呈しており、ただちに大規模な補正予算の編成と臨時国会の召集を求めました。

安倍外交なるものの実務を担う外務省

 またこの日は沖縄県知事選挙告示日ということもあり、辺野古新基地はじめ沖縄の基地問題と日米安保条約・日米地位協定の改定など、沖縄に関する諸問題について訴えました。

 安倍首相は「辺野古新基地建設反対」を掲げて2014年に沖縄県知事就任した翁長雄志前知事との面会を長期間拒み、政府・与党の方針に抵抗する翁長前知事に問答無用の態度で臨みました。そして翁長前知事の訃報に接した後も、けしてお悔やみの言葉を述べようともしません。翁長前知事逝去の4日前に亡くなった俳優の津川雅彦氏には、すぐにお悔やみの言葉を述べたにも関わらずです。自身に敵対する者の存在は徹底的に無視する大人気ない振る舞い。そこに見え隠れする沖縄への蔑視。こうした点にも、安倍首相の幼児性を感じます。

 私たちは沖縄県知事選挙に直接関わることはできませんが、どの候補者が知事に就任したとしても向き合わざるを得ない安倍首相のこうした根本的な沖縄政策と沖縄観に対し、あくなき追及を展開していくことで連帯していきたいと思います。

平成30年9月13日 乃木希典・静子夫妻106年祭

 大正元年(1912)9月13日、明治天皇崩御に伴い乃木希典・静子夫妻は自邸にて殉死しました。乃木夫妻殉死より106年の今日、乃木夫妻を祀る乃木神社および乃木夫妻と乃木一族の墓をお参りしました。

 乃木神社は乃木夫妻の殉死後、乃木邸内に創建された小祠をもととし、大正11年に乃木神社として遷座祭がおこなわれました。毎年、乃木夫妻の命日であるこの日に例祭がおこなわれるとともに、乃木夫妻とその一族が眠る青山霊園内の墓にて墓前祭がおこなわれています。

 乃木夫妻の殉死は、当時においても新聞紙上や街々の噂で時代錯誤として悪くいわれることもありました。また白樺派などの新思潮や芥川龍之介なども乃木夫妻の殉死を批判しましたが、他方、森鴎外や夏目漱石などはこれを重く受け止め、文学作品のテーマとするなどしています。

乃木神社
乃木希典・静子夫妻の墓と墓前祭の神饌など

2018年沖縄県知事選挙を間近に控えてー「沖縄の民意」とはなにかー

 本年11月に予定されていた沖縄県知事選挙は、翁長雄志前知事の急逝により前倒しとなり、今月9月13日告示、30日投開票と間近に迫っている。選挙戦は、前宜野湾市長・佐喜真淳氏と自由党衆議院議員・玉城デニー氏による事実上の一騎打ちが予想されている。

 翁長前知事の「弔い合戦」ともいわれ、翁長前知事の遺志を継承する玉城デニー氏有利の報道もあるが、けしてそのようなことはない。前回、自主投票を決めた公明党沖縄県本部は早々に佐喜真氏支持を打ち出している。同じく前回、下地幹郎氏を擁立した日本維新の会沖縄県総支部も佐喜真氏を推薦した。翁長前知事が当選した前回の県知事選とは情勢が大きく異なっている。これまでの傾向からいえば、玉城氏不利・佐喜真氏先行とも予想される。文字通り一票を争う大激戦、大接戦となることだろう。沖縄の人々には、熟慮に熟慮を重ねた投票を呼びかけたい。

 「避難所設置」という苦渋

 昨年12月、宜野湾市立普天間第二小学校の運動場へ米軍ヘリCH-53Eの窓枠が落下した。窓枠の重さは8キログラム。一つ間違えれば大惨事となっていた事故だった。これにより沖縄県は米軍機の飛行停止と全米軍機の緊急点検を求めたが、事故から数日後、米軍は飛行を再開させた。また米軍機の学校上空の飛行制限の声もあがったが、既に米軍機は学校上空を何度となく飛行している。

 こうした事態をうけて、沖縄防衛局は先月8月31日、運動場に2か所の屋根つきの避難所を設置した。普天間第二小学校では、事故以来、米軍機が近づくと監視員が「逃げて下さい」と呼びかけ、運動場で遊んでいる児童が校舎へ避難することを繰り返しているが、今後は新設された避難所にも避難できることになり、新たにもう2か所の避難所を設置するそうだ。

 避難所の設置そのものは同校PTAの要望に基づいたものであり、児童の身を守るための当然の措置である。しかし、避難所の設置が沖縄の人々の本来の願いでないことはいうまでもない。「避難所を設置しなければならないような、この危険な状況を改善して欲しい」というのが、沖縄の人々の心からの願いであるはずだ。

 避難所の設置そのものはよいこと。しかし、それによって心から喜んでいるわけではない。問題の根本的な解決のためには、基地の存否や飛行ルートの制限を論じなければならない。だからといって、そのような大きな議論をしていれば、目の前の危険から子どもや自分を守ることができない。

 この避難所設置の問題は、沖縄のこれまでを象徴している。例えば普天間飛行場返還・辺野古新基地建設についてもそうだ。危険な普天間飛行場は返還しなければならないが、それは普天間飛行場の「移設」であっていいのか、まして「移設」先が同じ沖縄の辺野古であっていいのか。あるいは北部訓練場内に新たなヘリパッドが建設されれば、同訓練場の過半が返還されるという。返還は喜ばしい。しかし、それでいいのか。

 沖縄は、いつもそのようなジレンマに置かれ、苦渋の決断を迫られてきた。

 ささやかで切実な願い

 「沖縄の道は、沖縄がひらく」─これは辺野古新基地の建設強行に抗議する人々が、工事車両が出入りする基地ゲート前で口ずさんでいる歌の一節。沖縄の道を沖縄がひらくことは、これまで相当な困難があった。沖縄の道は常に日米両政府によって決められ、沖縄の願いは顧みられず、ジレンマのなかで身を裂かれながら、苦渋の決断を迫られ、屈折を強要されてきたのが沖縄であった。

 この歌のタイトルは「今こそ立ち上がろう」という。しかし、スクラムを組んでこの歌を口ずさみながら、抗議の人々は座り込みをしている。沖縄が立ち上がる方法は、じっと座り込み、抗議の意志を示すこと。警官隊にもみくちゃにされながらも、ただひたすら黙って座り込むことが、沖縄が立ち上がる姿を世界に示す。ゲート前の抗議行動もまた沖縄の苦渋と屈折を象徴している。

 考えて欲しい。沖縄の願いは、とても受け入れられない途方もないようなものだろうか。「危険かつ街の発展の阻害要因の普天間飛行場を返還して欲しい」、「美しい辺野古の海を埋め立て、新たな米軍基地を建設するのはやめて欲しい」、「軍用機の飛行を中止し、安全確認をして欲しい」、「夜間や市街地、学校上空の飛行は制限して欲しい」といった沖縄の人々の願いは、法外なものでも何でもなく、ごく当たり前の要求であり、むしろささやかに過ぎるものだ。

 それは歴史的にも同様である。例えば50年代、沖縄では事実上の米軍基地の固定化となる軍用地料の一括払いなどを容認する「プライス勧告」が発せられ、全県的な抗議運動が沸き起こった。いわゆる「島ぐるみ闘争」である。しかし、そこでも沖縄の人々の要求は、基地の全面撤去といったものではなく、「軍用地料一括払い反対」、「土地の適正補償」、「損害の適正賠償」、「新規接収反対」の4点にしぼったものであった。島ぐるみ闘争のスローガンは「土地を守れ」。沖縄の人々は、何も難しいことを訴えているのではなかった。

 2014年の県知事選に立候補した翁長前知事の主張もそうであった。翁長前知事は選挙戦で「普天間飛行場の県外移設」、「辺野古新基地反対」を掲げたが、それはけして途方もない訴えではなかった。翁長前知事の前任者であった仲井真元沖縄県知事も、2期目の県知事選において「普天間飛行場の県外移設」を主張し勝利しているし、自民党沖縄県連も辺野古県外移設を訴えていた。いや、2009年に成立した民主党・鳩山由紀夫政権そのものが「最低でも県外」を掲げていたことを思い出して欲しい。

 それでも仲井真元知事は安倍政権下の2013年、基地建設のための辺野古沖埋め立てを承認した。また自民党沖縄県連も同じく普天間飛行場の辺野古移設を容認することとなり、民意とのねじれが生じた。そして翁長前知事は当選後、辺野古での基地建設を阻むため国との法廷闘争を含めあらゆる努力を行ったが、結果として残念ながら埋め立て工事を完全に阻むことはできなかった。

 疲れゆく沖縄

 以前、沖縄を訪れた際、食事をしていると隣席から「基地問題をあまり気にしていない」、「むしろ基地の存在をチャンスにして、ビジネスにつなげていこうと考えている」といった声が聞こえてきた。会話の内容からすると、その人は生粋のうちなんちゅう(沖縄の人)で、地元で事業を展開しかなり成功している青年実業家のようであった。

 こうした考えは沖縄でめずらしいものではない。

 沖縄戦より73年、基地負担軽減という沖縄の人々の願いも空しく、米軍基地は今日まで依然として存在し続けている。まして新しい基地の建設が強行されつつある。叶わない願いをいつまでも叫び続けて疲弊するのであったら、基地の存在を受け入れ、あるいは基地の是非をことさら問うことなく、いまある状況のなかで最大限の利を得ようと考えるのは当然の考えである。

 あるいは沖縄戦の悲劇や米軍による土地強奪の記憶が薄れるなかで、基地の存在そのものにそもそも疑問や違和感を持たない人々が登場してくるのも不思議ではない。そこに洪水のように「在日米軍の沖縄駐留による抑止力の維持」「基地経済がないと沖縄は成り立たない」などといったデマがふりそそぐことによって「沖縄に基地は必要なのだ」という印象が刷り込まれ、さらに「反対運動は外国勢力に支援されている」「特定の政治勢力によるもの」といったデマが新基地建設反対を訴える取り組みへの偏見を抱かせることにもなり、基地について考えを及ぼすことそのものを無意識に避けようとしてしまうこともあるだろう。

 本年2月の名護市長選挙では、これまで辺野古新基地建設に反対し、米軍再編交付金に頼らない市政に尽力してきた現職の稲嶺進氏が落選し、「海兵隊の撤退」を主張しながら海兵隊基地である辺野古新基地の是非を前面に出すことのなかった渡具知武豊現市長が当選した。

 稲嶺氏の落選の理由は自公の選挙協力や市政与党側の選挙態勢に不備など様々な原因があげられているが、その一つに「稲嶺市政は辺野古新基地問題ばかりやっている」という評価が生まれてしまったことも不利であったといわれている。稲嶺市政は辺野古新基地の問題ばかりやっているが、実際に新基地建設は止まらず、他の市の課題はなおざりとなり、市政の停滞と発展の低迷を招いた、と。

 止まらない基地建設と「東京」の政治が持ち込む金とデマが地域を分断させ、「基地のことはもうこれくらいにして欲しい」という人々の「疲れ」が生じ、基地以外の争点をことさら持ち上げれば、人々が自然とそこに関心を持つのはやむをえないともいえる。

 沖縄の民意と今次沖縄県知事選挙の争点

 仲井真元知事は普天間飛行場の返還計画の前倒しや振興予算の確保などを条件に、知事2期目末期で辺野古埋め立てを承認したが、あくまで仲井真氏は2期目の選挙で普天間飛行場の県外移設を求め当選したのである。大田県政時の県民投票、比嘉鉄也名護市長時の住民投票、翁長知事の誕生、衆議院選、参議院選などで沖縄の民意は示され続けてきた。

 仲井真元知事の前任である稲嶺恵一元知事は、普天間飛行場の県内移設を認めたが、そこではキャンプ・シュワブ沿岸部ではなく辺野古海上埋め立て案や15年使用期限、軍民共用案などを提案し、県内移設に諸条件を付していた。

 こうして考えると辺野古新基地容認・推進は、断じて沖縄の歴史的な民意ではないのだが、その民意が「東京」に受け止められ、政策に反映されることはかつてなかった。そしてまたあらたに沖縄県知事選挙が行われ、沖縄の民意が問われようとしている。沖縄は一体何度民意を示さなければならないのか。「東京」にとって都合のいい民意が示されるまで、延々とこのようなことを繰り返さなければならないのだろうか。

 間近に迫った沖縄県知事選挙の争点は、いわばここにある。これまで示され続けた沖縄の民意と、これから示される沖縄の民意は、何のために、どこに向かって示されるべきなのか、ということだ。

 そう、今次沖縄県知事選挙で選挙されるのは「東京」なのかもしれない。

花瑛塾第14次沖縄派遣団⑧(浜比嘉島見学・お参り)

 花瑛塾第14次沖縄派遣団は2日、浜比嘉島(うるま市)にて琉球開闢の男女神シルミチュー・アマミチューをお参りしました。

 琉球開闢の男女神はシネリキュ・アマミキュ(アマミキョ、アマミク)などともいわれ、琉球王国の正史(中山世鑑』にはアマミキュ(アマミチュー)の伝承が記されており、また渡琉僧・袋中が著した『琉球神道記』にはキンマモンの神とともに両神の伝承が記されています。特にアマミキョはイザイホーの祭祀が行われていた久高島(南城市)に上陸したともいわれるなど、沖縄各地に言い伝えがあります。

 特に沖縄学の始祖・伊波普猷はこのアマミキョに注目し、日琉同祖論の観点からアマミキョに代表されるある種の部族が日本「本土」から琉球・沖縄に南下し、琉球人の祖先となっていったと考えました。

シネリチュー
アマミチュー

平成30年9月1日 関東大震災発生95年 全犠牲者慰霊・追悼

 大正12年(1923)9月1日の関東大震災から95年の今日、震災犠牲者の遺骨を納め、犠牲者を御霊を弔う東京都慰霊堂(東京都墨田区「横網公園」内)で行われた秋季大法要と、同公園内に建つ「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」前で開催された朝鮮人犠牲者追悼集会に参加し、震災に関連するすべての犠牲者を慰霊・追悼しました。

東京都慰霊堂秋季大法要

 また台場公園(品川台場跡)に建立されている「関東大震災 東京大空襲 犠牲者慰霊碑」をお参りしました。関東大震災時、墨田川から犠牲者が流され、現在のお台場周辺には多くの遺体が流れ着いたそうです。そのため旧防波堤にて慰霊祭が行われていましたが、お台場地区の整備・再開発により慰霊祭を打ち切り、東京都慰霊堂での慰霊に引き継がれたため、その経緯を記し犠牲者を弔う慰霊碑を建立したとのことです。

関東大震災 東京大空襲 犠牲者慰霊碑

 その後、在日韓人歴史資料館で開催された第111回土曜セミナーに参加しました。テーマは「関東大震災ーその時代と社会」、講師はジャーナリストの渡辺延志氏でした。

 渡辺氏より、当時の新聞報道などを資料としつつ、朝鮮人による暴動・略奪・放火といった流言蜚語がどのように発生し、どのように伝わり、そして報じられ、また虚報として総括されていったか確認しました。

 それとともに、震災時、朝鮮人を虐殺した「自警団」とは、けして震災直後に突如として結成されたのではなく、既に米騒動以後、警察を補完するかたちで上からつくられ、そのメンバーは日清戦争で朝鮮を戦場とした元軍人による在郷軍人会が中心であったことなども伺いました。彼らは朝鮮半島で壮絶な殺戮を経験しており、既に日本には虐殺の精神的・社会的素地があったといえます。

 一方で、彼ら元軍人は、日本社会において下層に位置する人々であり、けしてみずから望んで軍隊にいったわけでもなく、朝鮮人を戦争で殺戮したわけでもありません。ある意味では彼らも戦争に動員され、殺戮に加担されたという見方もできます。渡辺氏はこうした当時の社会状況を多面的に見ることで、新たな、かつ大きな枠組みで歴史を考えようとされています。

講演する渡辺延志氏

 また現在では関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する議論もあるようですが、数々の証言、人々の日記、軍・官憲の記録、新聞報道、行政機関の資料などからも虐殺の事実を否定することはできません。そして震災から約1か月半後に報道統制が解禁された10月下旬の新聞では、既に「朝鮮人による暴動」といった情報が虚報であり、そうした流言蜚語により多数の朝鮮人が虐殺されたが、実際には日本人が略奪などの犯罪行為を行っていたと報じられており、私たちの国の負の歴史としてしっかりと学習し、継承する必要があります。