【香港己亥宣言】逃亡犯条例改正問題について戦う香港の仲間たちが宣言を発表しました

 香港では先日来より、香港政府が刑事事件の容疑者を必要があれば中国本土に引き渡す逃亡犯条例の改正案の制定を目指し、これに反対する市民による100万人あるいは200万人の規模の抗議行動が発生しています。

 林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官は、逃亡犯条例改正案成立を見送りましたが、香港では市民の抗議行動は終息せず、同条例の撤回と林鄭行政長官の退陣を求める声が高まっています。また一部の市民が香港の立法会に突入・占拠し、警官隊による強制的な排除がおこなわれるなど、緊張が高まっています。

市民の抗議行動を報じるニューヨークタイムス紙

 花瑛塾亜細亜倶楽部も6月14日より香港に渡り、200万人規模の市民のデモに参加するなどしましたが、そうしたなかで香港で逃亡犯条例改正案撤回・林鄭行政長官退陣を求めて戦う仲間たちが「香港己亥宣言」を発表し、同宣言を広めて欲しいと同宣言の和訳、英訳、韓国語訳を預かりましたので、ここに紹介します。

《香港己亥宣言》

 開港からおよそ180年が経ちました。

 《香港己亥宣言》は現在、即ち2019年に香港市民の合意に基づき起草されます。2014年に民衆の自由を追求するために行われた雨傘革命に呼応するものです。

 危急存亡の秋、我々はこれより《香港己亥宣言》の起草を支援し、《香港己亥宣言》の和訳を提出します。

  1. 香港市民を代表して宣言します。香港市民は普遍的価値と社会制度を追求することを自任します。生まれながらにして持っている自由、公民権と参政権、そして真に香港市民を代表とする制度。
  2. 現在香港の基本法(憲法)は既に効力を失っています。香港市民で香港基本法を修正する必要があり、確実に港人治港、高度自治、そして香港内政を中華人民共和国の国防と外交に伴う事柄以外の干渉を拒否します。
  3. 各政府組織の内部は腐敗しています。我々は、関連する指導者による謝罪、辞任を求めます。
  4. 基本法の修正と23条の廃止を含み、基本的人権を犯す全ての基本法条文と法律の廃止を要求します。政府側もまたその威信に掛けて、22条から成る基本法を制定すべきです。
  5. 香港人の利益と権利を守るため、政治システムを改革し、香港人の利益と権利を施政方針の首位とすること。
  6. 従って、真の民主主義を成し遂げるために、香港の政治制度の改革を再始動し、行政長官および立法会全議席に対する普通選挙の実現を訴えます。
  7. 香港政府は雨傘革命と旺角フィッシュボール革命、逃亡犯条例改定案反対デモの間に逮捕された人々、それらに関連し逮捕された人々と政治犯を直ちに無条件で釈放せよ。また、将来に渡り、彼らを迫害しないことを保証せよ。
  8. 香港政府は警官隊を監査する独立監査委員会を設立することを約束し、逃亡犯条例改定案に反対するデモ隊に対して警官隊が過剰な武力を行使した実態を調べなければなりません。香港警務処処長は責任を取って辞任しなければなりません。香港警察は香港の市民に謝罪しなくてはなりません。
  9. 香港の未来のために血と命を捧げた英雄に感謝し、記憶を風化させないよう7月2日を香港法定記念日に制定することを求めます。我々は香港の「血の6月」「血の7月」を決して忘れません。

《홍콩기해선언》한국어 번역문

홍콩이 개항한 이래 180년이 되었다.

민중의 자유를 추구하고자 행하여진 우산혁명에 호응하는《홍콩기해선언》은 현재, 즉 2019년 홍콩 시민의 합의에 뿌리를 두고 그 초안을 형성할 것이다.

홍콩 민주주의가 존망의 위기를 맞은 7월, 나는 이 자리에서《홍콩기해선언》의 기초를 지원하고자 《홍콩기해선언》의 한국어 번역을 홍콩의 민주주의자들에게 헌납한다.

  1. 우리는 홍콩시민을 대표하여 선언한다. 홍콩시민은 보편적 가치와 사회제도를 추구할 것을 자임한다. 태어나면서부터 가진 자유와 공민권, 참정권, 그리고 진실하게 홍콩시민을 대표로 하는 제도를 추구할 것이다.
  2. 현재의 홍콩 기본법(헌법)은 이미 그 효력을 상실하였다. 홍콩기본법은 홍콩시민의 손으로 수정되어야 한다.홍콩은 홍콩인의 손에 의하여 다스려져야 할 것이며, 고도의 자치가 보장되어야 한다. 국방 및 외교에 관련된 사항 이외의 명목으로 중화인민공화국이 홍콩의 내정에 간섭하는 것을 거부한다.
  3. 각 정부조직의 내부는 부패하였다. 우리는 이에 관련된 책임자의 사과와 사임을 요구한다.
  4. 홍콩기본법의 수정과 23조의 폐지를 포함하여 기본적 인권을 침해하는 모든 기본법 조문과 법률의 폐지를 요구한다. 정부 또한 그 위신을 걸고 22조로 구성된 기본법을 제정해야 한다.
  5. 홍콩인의 이익과 권리를 지킬 수 있도록 정치체계를 개혁하고, 홍콩인의 이익과 권리를 시정방침의 수위에 둘 것을 요구한다.
  6. 따라서 진정한 민주주의를 이루고자 홍콩의 정치제도 개혁을 다시금 시작하여, 행정장관 및 입법회 전체 의석에 대한 보통선거의 실현을 호소한다.
  7. 홍콩정부는 우산혁명과 왕자오 피쉬볼 혁명, 도망범조례개정안 반대 데모 동안 체포된 사람들 및 그들에 관련되어 체포된 사람과 정치범들을 조건없이 즉각 석방하라. 또한 앞으로 그들을 박해하지 않을 것을 보장하라.
  8. 홍콩정부는 경관대를 감사할 독립감사위원회를 설립할 것을 약속하고, 경관대가 도망범조례개정안에 반대하는 데모대에 대하여 경관대가 과잉무력을 행사한 시래를 조사하라. 홍콩 경무처장은 책임을 지고 사임하라. 홍콩 경찰은 시민에게 사과하라.
  9. 홍콩의 미래를 위하여 피와 목숨을 바친 영웅들에게 감사하며, 기억이 풍화되지 않도록 7월 2일을 홍콩의 법정기념일로 제정할 것을 요구한다. 우리는 홍콩의 「피의 6월」, 그리고 「피의 7월」을 결단코 잊지 않을 것이다.

金鐘宣言 / 香港人民爭取其應有之普世價值及社會制度宣言
Admiralty Declaration
  1.  對於過去數日,以至近數年之港人抗爭運動,皆為香港人為爭取自己應有的權利,所作出之公民抗命活動,所有熱愛香港的人民將一直支持此等抗爭直到永遠 Regarding the recent incidents of civil disobience, we the people who love Hong Kong shall support the movement till the end of time
  2. 謹代表香港人民宣誓,香港人民將永遠以追求本來應有之普世價值及社會制度為己任 On behalf of all HKers, we shall never cease pursuing universal values and rule of law
  3. 對於行政,立法,司法機關等,香港人民已無法容忍,若不立即進行改革,人民必將舉起手中的武器及盾牌,推翻暴政,推翻議會 HKers can no longer stand the injustice that is our government. We shall raise our shields and arms to overthrow the puppet Legislative Council and the Government
  4. 沒有民主選舉是一切問題之根源,必須馬上修改立法會議席及行政長官產生辦法,若非落實全民普選,誓不罷休 The lack of a democratic election is the root of all evils. Unless universal suffrage and a just election system are in place, we shall never stand down.
  5. 各大政府組織內部腐敗不堪,要求相關領導人士立即道歉,下台 Principal officials shall show accountability and step down.
  6. 要求政府立即釋放相關被捕示威者及政治犯,還他們一個清白 Gov’t must release all detainees and underwrite that they shall never pursue prosecution
  7. 政府必須承諾追究警隊以不當武力鎮壓示威者,警隊必須向全港市民致歉 Gov’t must investigate police brutality and apologize
  8. 於立法會提出議案,必須將近年運動定性為公民抗命民主運動,而非暴動 The recent movements shall be known as democratic movements instead of riots.
  9. 無限感激所有為香港未來付出鮮血和生命的人民英雄,要求立法將6月9日定為香港法定紀念日 6th of June shall forever go down in history and become an official holiday
  10. 毋忘香港血色六月 We shall never forget June of 2019

沖縄タイムス1面コラム「大弦小弦」に取り上げられました

 6月24日の沖縄タイムス1面コラム「大弦小弦」(記者:阿部岳氏)に花瑛塾々長仲村之菊のコメントが取り上げられました。

 コラムの内容は、前日23日の「慰霊の日」に関連し、沖縄に配備されている陸上自衛隊第15旅団などの自衛隊員が制服を着用した上で、沖縄戦の日本軍沖縄守備隊牛島満司令官らが祀られている「黎明之塔」を訪れ、牛島司令官らの自決時間にあわせて集団で参拝していることを取り上げ、「自衛隊は日本軍の後継者なのか、違うのか」と問うものです。

 花瑛塾は日々、身を挺して国の防衛に励む自衛隊員に心からの敬意を表するものですが、沖縄の陸自トップ以下隊員が制服を着用し集団で沖縄戦時の日本軍司令官らを祀る慰霊碑を参拝することに対しては、強い違和感を覚えます。まして「慰霊の日」は牛島司令官らの自決の日でもあり、いくら自衛隊員らが「私的参拝」と強弁しようとも、日本軍司令官らの自決の日の自決の時間に参拝することは、歴史的にも政治的にも思想的にも大きな意味があります。

 自衛隊はそもそも、日本軍とは一線を画す実力組織として設置されたのであり、その活動も旧軍のようなものではけしてなかったはずです。例えば沖縄では、自衛隊は不発弾処理や離島の緊急患者の輸送など民生支援を中心に職務に励みました。日本軍は住民を守らなかったが、自衛隊は住民のために職務に励んだ─だからこそ当初は自衛隊アレルギーのあった沖縄で、自衛隊は一定の理解と信頼を得たのではないでしょうか。

 自衛隊が日本軍の後継者であろうとし、制服を着用し沖縄戦時の日本軍司令官らを祀る慰霊碑への集団での参拝をあらためないのであれば、自衛隊は沖縄戦での日本軍による住民殺害や戦争犯罪についてどう受け止めているのか説明する必要があり、日本軍の後継者として謝罪する必要すらあるのではないでしょうか。

令和元年6月24日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(海軍司令部壕、嘉数高地「青丘之塔」)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は24日、沖縄戦時、海軍部隊が配備されるとともに、小禄半島に上陸してきた米軍を迎え撃つための激戦地となった海軍司令部壕(豊見城市)を見学しました。

 海軍司令部壕は爆撃などにも耐えられる重厚な造りの地下壕ですが、ツルハシなどを用い全て人力で建設されたといいます。また沖縄戦の最末期には、多数の兵士が司令部壕に籠り、立錐の余地もなかったといいます。司令部壕では海軍部隊の司令官や幕僚たちが自決しています。

 また沖縄戦時、上陸し南下する米軍を迎え撃つための第一防衛線であり、米軍に「忌々しい丘」とまでいわれるほどの激戦地となった嘉数高地(宜野湾市)を見学し、当時のトーチカなどを見学しました。同高地は比謝川を挟み高台となっていますが、日本軍は反斜面陣地といわれる戦術で米軍を大いに苦しめたといわれていますが、一方で付近の住民などは戦闘に巻き込まれ被害にあいました。

 嘉数高地には沖縄戦で犠牲となった朝鮮半島出身者を慰霊する「青丘之塔」が建立されており、慰霊・追悼のためお参りしました。沖縄戦では日米の兵士や沖縄住民のみならず、朝鮮半島出身者や台湾出身者など、アジアの人々も戦争に巻き込まれ犠牲になっています。

令和元年6月23日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(沖縄慰霊の日)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は沖縄戦における日本軍部隊が壊滅し、組織的戦闘が終わったとされる沖縄慰霊の日のこの日、戦跡や慰霊碑などを訪れ、全ての犠牲者に慰霊のまことをささげました。

アブチラガマでの慰霊祭

 早朝、沖縄戦犠牲者の遺骨の納骨場所であり、現在は慰霊碑となっている「魂魄の塔」(糸満市米須)を参拝しました。もともと同地で亡くなった戦没者の遺体・遺骨がそのままになっている状況で、同地に一時収容されていた真和志村民が遺骨を収容し、現在の「魂魄の塔」の場所に収容しました。後に遺骨は移され、慰霊碑となりました。なお「魂魄の塔」と名付けたのは翁長雄志前知事の父で収骨作業に尽くした助静氏といわれています。

 その後、「魂魄の塔」の付近のひめゆり学徒の一部が自決した荒崎海岸に向かい慰霊の念を捧げ、アブチラガマ(南城市糸数)での慰霊祭に参列しました。

 アブチラガマは陸軍病院の糸数分室(分院)が置かれ、ひめゆり学徒が不眠不休で負傷者の看護にあたったといわれています。もともとは住民の避難場所でしたが、日本軍が陣地とし、朝鮮半島出身の女性が「慰安婦」とされた「慰安所」まで設置されました。その後、沖縄陸軍病院糸数分室として利用されましたが、すぐに前線から後送される負傷者で満杯状態になったといわれています。

荒崎海岸

 戦局の悪化により陸軍病院が解散した後は、重傷者と一部の日本兵、そして避難住民の雑居状態となり、ガソリンや黄燐弾による米軍の攻撃をうけました。ガマから人々が投降したのは8月22日のことであり、ガマの外は少しずつ復興が始まり、ガマの内は緊迫状態という、戦中と戦後が同居したかたちになっていました。

令和元年6月22日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(沖縄全戦没者追悼式前夜祭)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は22日、沖縄戦の最後の激戦地となり、日本軍沖縄守備隊の司令部があった摩文仁の平和祈念公園内の沖縄平和祈念堂(糸満市)で開催された沖縄全戦没者追悼式前夜祭に参加しました。

 沖縄県では日本軍沖縄守備隊が壊滅し、組織的戦闘が終焉した6月23日が「慰霊の日」と定められていますが、例年その前日の22日に沖縄平和祈念堂で前夜祭が開催され、琉球古典音楽や琉球古典舞踊の奉納演奏・奉納演舞が行われています。

 なお奉納演奏では、例年、上皇さまの琉歌が演奏されておりますが、今年も引き続き演奏されました。上皇さまの琉歌を奉納演奏に取り入れたのは、沖縄学の泰斗で自身も沖縄戦に従軍した経験のある外間守善氏ではないかといわれています。

 その他、空を照らす「平和の光の柱」や献火台に鎮魂の火をともす儀式なども行われました。

令和元年6月22日 「沖縄とともに─慰霊の日をむかえて─」シンポジウム(東京弁護士会)

 弁護士会館にて開催された「沖縄とともに─慰霊の日を迎えて─」のシンポジウム(主催:東京弁護士会)に参加しました。

 シンポジウムでは、第一部として沖縄戦研究の第一人者であり、特に名護市など沖縄北部の沖縄戦の展開について詳しい川満彰氏より「沖縄戦における陸軍中野学校と護郷隊の役割」とのテーマでお話しを伺うとともに、第二部として本多滝夫氏より「辺野古埋立てをめぐる法律上の問題の現在」とのテーマで辺野古新基地建設をめぐる国と沖縄県の行政訴訟などについてお話しを伺いました。

 特に川満氏からは、沖縄戦時、名護市など沖縄北部に配備され米軍とゲリラ戦を戦った少年兵部隊「護郷隊」を率いたり、離島残置諜者として波照間島や与那国島など離島に配備され秘密戦を展開した中野学校出身の諜報要員と沖縄戦の関わりについて、詳細にお話しを伺うことができました。

 なかでも護郷隊の少年たちは、戦時において壮絶な体験をし、異様な精神状態で戦場を過ごしたため、一部の元少年兵は戦後しばらくすると、突如として匍匐前進を始めたり、隣家の監視をするなど、異常行動を起こすようになりました。現在でいうPTSDの症状の一種ということができると思いますが、元少年兵たちは近隣の住民に「兵隊の幽霊がついた」などと気味悪がられ、「兵隊幽霊」「戦争幽霊」などと呼ばれたそうです。

 戦争がいかに人々の精神に負担を与え、異様なものにしてしまうか考えさせられます。これは米兵や自衛隊員など現在の軍事組織でも同様の事態が発生しており、現代においてなおしっかりと考えていくべきことではないでしょうか。

令和元年6月21日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(北部訓練場前アピール、農林隊慰霊祭)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は21日、沖縄県東村と国頭村にまたがる米海兵隊の演習場である北部訓練場前にて、ノグチゲラの営巣期間が終わり7月1日から再開される歩行訓練ルートなどの工事や、オスプレイをはじめとしたヘリの飛来など米軍の演習について、今のままの状態でいいのかあらためて皆で考え直そうと訴えました。

 北部訓練場では2016年、高江ヘリパッド問題で大きく報道されたように、ヘリパッドが新たに建設され米軍に提供されるかわりに、訓練場の過半が返還されました。

 政府はこれをうけて、沖縄の基地負担軽減といいますが、実際には新たに建設されたヘリパッドはオスプレイの離発着が予定されており、ヘリパッド同士と米軍に提供された宇嘉川河口を結ぶ進入路や歩行訓練ルートを用い、陸海空一体となった実戦的な演習が実施可能となり、実施的な基地機能の強化に他なりません。

 また名護市辺野古で進められている新基地建設と北部訓練場は無関係ではありません。辺野古新基地には200機ものオスプレイが配備されるといわれていますが、そこを飛び立ったオスプレイは北部訓練場に飛来し、演習を繰り返します。もちろんオスプレイが離発着するすぐ近くには集落があり、人々の暮らしがあり、そしてノグチゲラやヤンバルクイナはじめ希少生物の生命の営みがあります。

 そればかりではなく、伊江島では強襲揚陸艦の甲板を想定した着陸帯LHDデッキが完成し、垂直離着陸が可能なステルス戦闘機F35Bや大型輸送ヘリCH53の離着陸がおこなわれています。辺野古新基地には強襲揚陸艦が接岸できるとともに、大型輸送ヘリも当然駐機可能であり、高江─辺野古─伊江島は在沖海兵隊の基地や演習場として一体となった拠点であるといえます。

 これにより沖縄内部でも基地負担が沖縄北部に押しやられ、不可視化されることにもなります。辺野古のみではなく、高江─辺野古─伊江島など海兵隊を中心に沖縄全体の基地のあり方について根本的に見直す議論が必要ではないでしょうか。

 その後、東村宮城の北部訓練場返還地LZ21地区において、チョウ類研究者のアキノ隊員(宮城秋乃氏)の先導で米軍が使用したと見られる空薬きょうを発見しました。北部訓練場のあるやんばる地区は国立公園となっており、北部訓練場返還地も国立公園に編入されましたが、米軍が残置したとみられる空薬きょうや空包などが多数発見されており、やんばる地区における米軍基地と環境問題は現在進行形の問題といえます。

 

 また沖縄戦時、沖縄県立農林学校生徒が召集・動員されて結成された農林鉄血勤皇隊(農林隊)が最後を迎えた東村内福地において、現在の県立北部農林高校生徒らによる慰霊祭に参列しました。

 農林隊は沖縄北部に配備され、国頭支隊といわれる日本軍部隊とともに八重岳付近で米軍との交戦しましたが、日本軍部隊は戦況が不利になると撤退を始め、彼ら農林隊を戦場に置き去りにして逃亡し始めました。農林隊は散り散りとなるなか、部隊の主力は東村まで転々とし、同村内福地で最後を迎えました。

令和元年6月19日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(東村勝乃宮、サキシマスオウノキ)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は19日、勝乃宮(沖縄県東村川田)を参拝しました。

 同宮は川田地区を開いた根謝銘屋の始祖であり古琉球の中山王に滅ぼされた北山王の一族ともいわれるビギドゥギが祀られているといわれており、もともとはビギドゥギの屋敷であったとも伝わります。

勝乃宮

 また付近にあるサキシマスオウノキを鑑賞しました。この木は東村が天然記念物として指定している貴重な木であり、非常に大きな板根が特徴的です。

 なお、このサキシマスオウノキの隣には拝所がありますが、この拝所は根謝銘屋の始祖であるビギドゥギのお墓の拝所ともいわれています。

サキシマスオウノキと拝所

令和元年6月19日 「沖縄とともに─慰霊の日をむかえて─」写真展「名護─沖縄戦から現在まで─」(東京弁護士会)

 弁護士会館で開催されている写真展「名護─沖縄戦から現在まで─」を鑑賞しました。

 この写真展は、現在、弁護士会館において「沖縄とともに─慰霊の日を迎えて─」(主催:東京弁護士会)とのテーマのもとで開催されているもので、6月17日から7月11日まで展示がされています。

 名護という沖縄北部の中核的な都市に視点をおいて、沖縄戦時の状況や人々の暮らしなど、沖縄県公文書館所蔵の貴重な写真が展示されていました。また現在の名護市辺野古の新基地建設について、市民の反対運動の様子や辺野古崎・大浦湾の貴重な生き物の姿の写真なども展示されてました。

 6月22日(土)13時からは同じく弁護士会館においてシンポジウムが開催され、第一部では沖縄戦研究の第一人者でもある川満彰氏より「沖縄戦における陸軍中野学校と護郷隊の役割」、第二部では本多滝夫氏より「辺野古埋立てをめぐる法律上の問題の現在」とのテーマでの講演が予定されています。

 なお「沖縄とともに─慰霊の日を迎えて─」は今年初めての企画ではなく、例年6月23日の沖縄慰霊の日を中心に弁護士会館で開催されています。

2019年(令和元)6月14日~17日 花瑛塾亜細亜倶楽部(香港「反送中」「林鄭下台」運動と日本の過去、そして沖縄)

 香港はいま、刑事事件の容疑者の身柄を中国本土に送致する条例の改正案(「逃亡犯条例」改正案)に関して揺れています。この「逃亡犯条例」改正案は、一国二制度のもとで「高度な自治」を実現している香港の自治・自己決定権を香港政府みずから否定し、自由と人権と民主主義を危うくさせる条例であるとともに、送致対象に観光で香港を訪れる外国人も含まれることもあり、世界的に注目されています。

立法会につながる通路で賛美歌を合唱し抗議の意志を示す若者グループ

 逃亡犯条例の改正を目指した香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に対する香港市民の批判の声は非常に強く、6月9日には100万人もの市民が「反送中」「撤回悪法」などを訴えるデモを行いました。以降、香港の議会である立法会周辺で連日にわたり市民の抗議行動が繰り広げられ、12日には警官隊が市民に向けて催涙銃を発砲するなど暴力で弾圧しました。

 こうした香港政府の対応は、市民の怒りの炎に油を注ぐかたちとなり、16日には200万人もの市民が結集し、「反送中」「撤回悪法」に加え「林鄭下台[林鄭退陣]」を求めるデモ行進と立法会前での座り込みを行いました。

延々と人並みの続く16日のデモ
「没有暴動[暴動ではない]」と掲げる市民のデモ

 林鄭行政長官は15日、「逃亡犯条例」改正案の審議の先送りを表明しましたが、「先送り」というあいまいな対応と市民の抗議に対する弾圧についての謝罪がなかったことから市民の反発を買い、結局は16日のデモの後に謝罪に追い込まれました。現在も市民の抗議行動は続き、求心力が低下した林鄭行政長官の退陣が現実味を帯び始めています。

 花瑛塾亜細亜倶楽部は14日から17日まで香港に滞在し、香港市民の猛烈な怒りと香港の自治・自己決定権を守る強い意志をこの目で見るとともに、市民と一緒に声をあげました。そうしたなかで先日、「反送中」「撤回悪法」「林鄭下台」運動を戦う香港のアクティビストの劉太炎氏より日本に向けて次のようなメッセージをいただきましたので紹介します。

「香港問題私見」  劉太炎

由6月9日至今(16日),香港的抗爭已經由最初反對修訂逃犯條例,轉變為全面反對獨裁的鬥爭,類似於六十年代的日本或者八十年代的韓國,一大捆乾柴只需要一根小火柴便能燃起熊熊烈火。昨天(15日)有一位男子手持反對條例的標語自殺身亡,令到更多人憤怒。而這根火柴的起點,竟然源自一對情侶的謀殺案。

在2018年初,有一個年輕男子懷疑其女友和別人發生關係懷孕,因此而殺死了女孩,並潛逃回香港。由於香港和台灣之間沒有引渡條例,所以香港司法機關不能定罪在台灣犯罪的兇手。過去在英殖時代,不少香港罪犯會逃跑至台灣。香港的行政長官林鄭月娥便利用此事修訂引渡條例,令到香港可以將罪犯引渡至中國大陸、台灣受審。但是眾所周知,中國沒有司法獨立的體制,中國的一切由共產黨控制,中國政府可以利用這條例去逮捕所有批評共產黨的香港人,或者捏造罪名去控告身在大陸的香港人。

在數十日的抗爭中,警察使用過度武力,大量使用催淚彈、胡椒噴霧及橡膠子彈,逮捕三十多人,檢控三百多人。網上甚至傳聞中國武警及解放軍介入此事,令人畏懼。由於今年是天安門事件(1989)三十週年,香港人都很畏懼事件重演。

過去香港多次進行反對中國共產黨的遊行,比如03年的反對二十三條(國家安全法)遊行、2014年雨傘革命、2016年旺角事件,香港政府將反抗者定罪為「暴徒」並治以重罪。在中國古代時,暴君夏桀自詡太陽,百姓云「時日曷喪,予及汝偕亡」,意思為暴政何時滅?若不滅就同歸於盡。孟子曾說:「聞誅一夫紂矣,未聞弑君也」,若果統治者德行敗壞,人民推翻他是正義之行為。現在西洋諸國毫無作為,故我希望日本諸君,能夠將眼光放在香港、放在大陸,完成昔日興亞志士未竟之大業。古人云:「得道多助」,拯救香港,也是為日本獨立貢獻出一分力量。

 劉氏のメッセージにも触れられている通り、香港では返還以降、香港の自治・自己決定権を手放すような当局の動きがあり、香港の自由と人権と民主主義が脅かされ、その都度雨傘革命など市民の大規模な抗議行動が発生しています。

 アヘン戦争を契機にイギリスの植民地(租借地)とされ、中国返還後は自治・自己決定権が脅威にさらされている香港の現状は、どことなく沖縄の歴史や沖縄を取り巻く現状とも重なり合うように見えます。

 そればかりではなく、香港の自治・自己決定権や自由と人権と民主主義について、日本は歴史的に深い関係があります。すなわち日本は先の大戦が開戦された1941年(昭和16)12月8日に香港のイギリス軍を攻撃し、同年12月25日には軍事占領しました。日本による香港攻撃と占領は、援蒋ルートの遮断を狙うとともに、香港を東南アジアを支配する上で重要な拠点と位置づけたものでした。そのため占領以降、日本軍は香港で過酷な軍政を敷き、香港の自治・自己決定権を奪いました。

「撤回送中悪法」のスローガンが掲げられている香港大学構内の施設 香港大学は日本占領期間、事実上の閉校に追い込まれている

 日本は過去、香港の自治・自己決定権を奪い、日本政府はいま、沖縄の自治・自己決定権を否定し続けています。私たちは香港の現状と市民の戦いへの連帯や香港政府あるいは中国共産党への批判などは、このように日本の歴史と現在の日本政府の行動を批判するなかで関心をもって行っていきたいと考えています。

 戦前、中国最初の政党「中国革命同盟会」の結成に関わり、孫文や宋教仁を支援するなど、中国革命に身を捧げた宮崎滔天など「大陸浪人(シナ浪人)」といわれる一群の人々がいました。大陸浪人の系譜は戦前の右翼の系譜とも重なり合いますが、一方で大陸浪人のなかには国威伸張のため国家の手先として大陸を跳梁跋扈した人物もいます。滔天はこうした大陸浪人を「国家的浪人」とか「シナ占領主義者」と批判し、「一言にして吾徒の宗旨を告白すれば、人類同胞主義也。寓邦平和主義也」とまで述べています。

多大な批判を浴びる林鄭行政長官

 その上で滔天は、当時の日本外交が列強に気がねをし革命派を援助しないのならば、「僭越ながら吾等のような連鎖も必要」と述べ、日中両国を結ぶのは民間の志士しかないとしています。

 「僭越ながら」花瑛塾亜細亜倶楽部は日本の歴史といまの政府の対応を批判しながら、アジアの市民と「連鎖」していきたいと考えています。