令和元年6月19日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(東村勝乃宮、サキシマスオウノキ)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は19日、勝乃宮(沖縄県東村川田)を参拝しました。

 同宮は川田地区を開いた根謝銘屋の始祖であり古琉球の中山王に滅ぼされた北山王の一族ともいわれるビギドゥギが祀られているといわれており、もともとはビギドゥギの屋敷であったとも伝わります。

勝乃宮

 また付近にあるサキシマスオウノキを鑑賞しました。この木は東村が天然記念物として指定している貴重な木であり、非常に大きな板根が特徴的です。

 なお、このサキシマスオウノキの隣には拝所がありますが、この拝所は根謝銘屋の始祖であるビギドゥギのお墓の拝所ともいわれています。

サキシマスオウノキと拝所

令和元年6月19日 「沖縄とともに─慰霊の日をむかえて─」写真展「名護─沖縄戦から現在まで─」(東京弁護士会)

 弁護士会館で開催されている写真展「名護─沖縄戦から現在まで─」を鑑賞しました。

 この写真展は、現在、弁護士会館において「沖縄とともに─慰霊の日を迎えて─」(主催:東京弁護士会)とのテーマのもとで開催されているもので、6月17日から7月11日まで展示がされています。

 名護という沖縄北部の中核的な都市に視点をおいて、沖縄戦時の状況や人々の暮らしなど、沖縄県公文書館所蔵の貴重な写真が展示されていました。また現在の名護市辺野古の新基地建設について、市民の反対運動の様子や辺野古崎・大浦湾の貴重な生き物の姿の写真なども展示されてました。

 6月22日(土)13時からは同じく弁護士会館においてシンポジウムが開催され、第一部では沖縄戦研究の第一人者でもある川満彰氏より「沖縄戦における陸軍中野学校と護郷隊の役割」、第二部では本多滝夫氏より「辺野古埋立てをめぐる法律上の問題の現在」とのテーマでの講演が予定されています。

 なお「沖縄とともに─慰霊の日を迎えて─」は今年初めての企画ではなく、例年6月23日の沖縄慰霊の日を中心に弁護士会館で開催されています。

2019年(令和元)6月14日~17日 花瑛塾亜細亜倶楽部(香港「反送中」「林鄭下台」運動と日本の過去、そして沖縄)

 香港はいま、刑事事件の容疑者の身柄を中国本土に送致する条例の改正案(「逃亡犯条例」改正案)に関して揺れています。この「逃亡犯条例」改正案は、一国二制度のもとで「高度な自治」を実現している香港の自治・自己決定権を香港政府みずから否定し、自由と人権と民主主義を危うくさせる条例であるとともに、送致対象に観光で香港を訪れる外国人も含まれることもあり、世界的に注目されています。

立法会につながる通路で賛美歌を合唱し抗議の意志を示す若者グループ

 逃亡犯条例の改正を目指した香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に対する香港市民の批判の声は非常に強く、6月9日には100万人もの市民が「反送中」「撤回悪法」などを訴えるデモを行いました。以降、香港の議会である立法会周辺で連日にわたり市民の抗議行動が繰り広げられ、12日には警官隊が市民に向けて催涙銃を発砲するなど暴力で弾圧しました。

 こうした香港政府の対応は、市民の怒りの炎に油を注ぐかたちとなり、16日には200万人もの市民が結集し、「反送中」「撤回悪法」に加え「林鄭下台[林鄭退陣]」を求めるデモ行進と立法会前での座り込みを行いました。

延々と人並みの続く16日のデモ
「没有暴動[暴動ではない]」と掲げる市民のデモ

 林鄭行政長官は15日、「逃亡犯条例」改正案の審議の先送りを表明しましたが、「先送り」というあいまいな対応と市民の抗議に対する弾圧についての謝罪がなかったことから市民の反発を買い、結局は16日のデモの後に謝罪に追い込まれました。現在も市民の抗議行動は続き、求心力が低下した林鄭行政長官の退陣が現実味を帯び始めています。

 花瑛塾亜細亜倶楽部は14日から17日まで香港に滞在し、香港市民の猛烈な怒りと香港の自治・自己決定権を守る強い意志をこの目で見るとともに、市民と一緒に声をあげました。そうしたなかで先日、「反送中」「撤回悪法」「林鄭下台」運動を戦う香港のアクティビストの劉太炎氏より日本に向けて次のようなメッセージをいただきましたので紹介します。

「香港問題私見」  劉太炎

由6月9日至今(16日),香港的抗爭已經由最初反對修訂逃犯條例,轉變為全面反對獨裁的鬥爭,類似於六十年代的日本或者八十年代的韓國,一大捆乾柴只需要一根小火柴便能燃起熊熊烈火。昨天(15日)有一位男子手持反對條例的標語自殺身亡,令到更多人憤怒。而這根火柴的起點,竟然源自一對情侶的謀殺案。

在2018年初,有一個年輕男子懷疑其女友和別人發生關係懷孕,因此而殺死了女孩,並潛逃回香港。由於香港和台灣之間沒有引渡條例,所以香港司法機關不能定罪在台灣犯罪的兇手。過去在英殖時代,不少香港罪犯會逃跑至台灣。香港的行政長官林鄭月娥便利用此事修訂引渡條例,令到香港可以將罪犯引渡至中國大陸、台灣受審。但是眾所周知,中國沒有司法獨立的體制,中國的一切由共產黨控制,中國政府可以利用這條例去逮捕所有批評共產黨的香港人,或者捏造罪名去控告身在大陸的香港人。

在數十日的抗爭中,警察使用過度武力,大量使用催淚彈、胡椒噴霧及橡膠子彈,逮捕三十多人,檢控三百多人。網上甚至傳聞中國武警及解放軍介入此事,令人畏懼。由於今年是天安門事件(1989)三十週年,香港人都很畏懼事件重演。

過去香港多次進行反對中國共產黨的遊行,比如03年的反對二十三條(國家安全法)遊行、2014年雨傘革命、2016年旺角事件,香港政府將反抗者定罪為「暴徒」並治以重罪。在中國古代時,暴君夏桀自詡太陽,百姓云「時日曷喪,予及汝偕亡」,意思為暴政何時滅?若不滅就同歸於盡。孟子曾說:「聞誅一夫紂矣,未聞弑君也」,若果統治者德行敗壞,人民推翻他是正義之行為。現在西洋諸國毫無作為,故我希望日本諸君,能夠將眼光放在香港、放在大陸,完成昔日興亞志士未竟之大業。古人云:「得道多助」,拯救香港,也是為日本獨立貢獻出一分力量。

 劉氏のメッセージにも触れられている通り、香港では返還以降、香港の自治・自己決定権を手放すような当局の動きがあり、香港の自由と人権と民主主義が脅かされ、その都度雨傘革命など市民の大規模な抗議行動が発生しています。

 アヘン戦争を契機にイギリスの植民地(租借地)とされ、中国返還後は自治・自己決定権が脅威にさらされている香港の現状は、どことなく沖縄の歴史や沖縄を取り巻く現状とも重なり合うように見えます。

 そればかりではなく、香港の自治・自己決定権や自由と人権と民主主義について、日本は歴史的に深い関係があります。すなわち日本は先の大戦が開戦された1941年(昭和16)12月8日に香港のイギリス軍を攻撃し、同年12月25日には軍事占領しました。日本による香港攻撃と占領は、援蒋ルートの遮断を狙うとともに、香港を東南アジアを支配する上で重要な拠点と位置づけたものでした。そのため占領以降、日本軍は香港で過酷な軍政を敷き、香港の自治・自己決定権を奪いました。

「撤回送中悪法」のスローガンが掲げられている香港大学構内の施設 香港大学は日本占領期間、事実上の閉校に追い込まれている

 日本は過去、香港の自治・自己決定権を奪い、日本政府はいま、沖縄の自治・自己決定権を否定し続けています。私たちは香港の現状と市民の戦いへの連帯や香港政府あるいは中国共産党への批判などは、このように日本の歴史と現在の日本政府の行動を批判するなかで関心をもって行っていきたいと考えています。

 戦前、中国最初の政党「中国革命同盟会」の結成に関わり、孫文や宋教仁を支援するなど、中国革命に身を捧げた宮崎滔天など「大陸浪人(シナ浪人)」といわれる一群の人々がいました。大陸浪人の系譜は戦前の右翼の系譜とも重なり合いますが、一方で大陸浪人のなかには国威伸張のため国家の手先として大陸を跳梁跋扈した人物もいます。滔天はこうした大陸浪人を「国家的浪人」とか「シナ占領主義者」と批判し、「一言にして吾徒の宗旨を告白すれば、人類同胞主義也。寓邦平和主義也」とまで述べています。

多大な批判を浴びる林鄭行政長官

 その上で滔天は、当時の日本外交が列強に気がねをし革命派を援助しないのならば、「僭越ながら吾等のような連鎖も必要」と述べ、日中両国を結ぶのは民間の志士しかないとしています。

 「僭越ながら」花瑛塾亜細亜倶楽部は日本の歴史といまの政府の対応を批判しながら、アジアの市民と「連鎖」していきたいと考えています。

令和元年6月10日 花瑛塾行動隊街頭行動(米軍ヘリ飛行停止要求、予算委員会審議拒否抗議)

 花瑛塾はこの日、沖縄県浦添市の浦西中学校のテニスコートに米海兵隊普天間飛行場所属のヘリCH53Eのゴム製テープが落下した事件に関連し、総理官邸や米大使館周辺で同型機の飛行停止と原因究明、安全対策の徹底を求めました。

総理官邸(西門)

 米軍ヘリCH53Eは過去にも宜野湾市の保育園や小学校に部品を落下させており、高江では炎上・大破する事故も起こしております。つい先日もカリフォルニアで炎上する事故も起きましたが、同型機の飛行を停止させ、根本的な安全対策を講じなければ、いつか人身に関わる最悪の事態が発生することになるでしょう。

 また今日は国会で安倍総理大臣以下閣僚が出席した決算委員会が開催されましたが、今国会では自民党が審議拒否していることにより予算委員会が約100日にわたって開催されていない異常事態となっています。

 自民党は野党の審議拒否をギャアギャアと騒ぎながら、みずからは長期間にわたり審議拒否をし、国家の総合的な課題を議論する予算委員会の開催を妨害するなど、言語道断といわなければなりません。

自民党本部前

 花瑛塾は自民党本部前においても、自民党による予算委員会の審議拒否を糾弾しました。

アキノ隊員がやんばるの希少種ノグチゲラの巣立ちの映像の撮影に成功しました

 チョウ類研究者のアキノ隊員こと宮城秋乃さんがこのほど、沖縄県の国頭村安波や東村高江において、今季のノグチゲラの営巣や親鳥によるひなへの給餌、ひなの巣立ちなど貴重な映像の撮影に成功しました。

ノグチゲラ営巣2019安波 周囲を飛ぶ米軍機・ひなをおそう他人雌・巣立ち

国頭村安波でのノグチゲラの巣立ち

ノグチゲラ営巣2019高江

東村高江でのノグチゲラの巣立ち

 ノグチゲラはヤンバルクイナなどとともに沖縄北部のやんばるの森に生息する希少種で、国の特別天然記念物や絶滅危惧種に指定されている鳥です。

 アキノ隊員は以前もやんばるの森でノグチゲラのひなの巣立ちの撮影に成功しています。ただでさえ希少種のノグチゲラのひなの巣立ちの映像は珍しいものですが、1シーズン内に安波と高江の2ヶ所で撮影に成功したというのはあまり例がないことなのではないでしょうか。

 特に安波では親ではないと思われる他のメスの鳥がひなを襲ったり、ひなが巣立った後すぐに採餌をするシーンなどが撮影されています。また高江ではオスの親鳥のみがひなの世話をしたり、こちらも親ではないと思われる他のメスの鳥がひなに給餌するような行動をとり、ひなが警戒して巣穴に籠るといったシーンが撮影されています。こうした光景も普段なかなか観察することのできないものです。

 一方で安波や高江は米海兵隊の演習場である「北部訓練場」に隣接しており、ヘリパッド建設や飛来する米軍ヘリの騒音あるいは風圧によってノグチゲラなどの希少種に何らかの影響が出ていないか懸念されています。実際に撮影中も米軍ヘリが飛来し、大きな騒音が映像に収録されています。「米軍基地と環境問題」という視点においても非常に貴重な映像といえます。

 辺野古新基地建設においてはジュゴンの藻場が破壊されたり、工事の騒音などによってジュゴンの個体は、先日死体で発見されるまでの長いあいだ確認できなくなりました。同じようにやんばるの森では北部訓練場のヘリパッド建設と、それによる米軍ヘリの飛来や演習によりノグチゲラなど希少種に負荷がかかっています。特にオスプレイは高温の熱を排気するため、「やんばるの森が干からびる」ともいわれています。辺野古新基地には多数のオスプレイが配備される予定ですが、そのオスプレイが離着陸を繰り返して演習するのは北部訓練場であり、基地機能としても環境問題としても辺野古とやんばるの森は本質的に同一の問題を抱えています。

 ぜひ動画をご覧になっていただき、過酷な環境で生きている希少生物の姿を知って欲しいと思います。

アキノ隊員によるノグチゲラの巣立ちの撮影を報じる地元紙(沖縄タイムス2019.6.2) アキノ隊員のブログよりhttps://akinotaiinnorinshitaiken.ti-da.net/e11126693.html

海軍沖縄方面根拠地隊司令官大田実海軍中将顕彰碑

 沖縄戦時、海軍沖縄方面根拠地隊など海軍部隊の司令官を務めた大田実海軍中将の顕彰碑(千葉県長柄町)を訪問しました。

大田中将の生家に建立されている顕彰碑

 大田実中将は千葉県長柄町に生まれ、海軍兵学校を卒業後、海軍の陸戦の専門家として上海事変などに出征した他、ソロモンやミッドウェイ攻略戦の海軍部隊による陸戦を指揮しました。

 昭和19年(1944)より海軍沖縄方面根拠地隊の司令官として沖縄に駐留する海軍部隊を指揮し、昭和20年の沖縄戦の地上戦開戦後は小禄飛行場(現那覇飛行場)周辺の防衛を担い、同年6月より小禄飛行場方面に上陸してきた米軍と激戦を展開し、同月13日未明、海軍司令部壕において自決しました。死後、少将より中将に昇進しました。

 自決直前の6日、大田中将は沖縄県知事にかわり、海軍次官宛てに軍が県民に何もできなかったなかで、沖縄県民がいかに戦争に動員され、窮状にあえいだかを伝える電報を打電しました。そして電報の最後に「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」との言葉を添えました。

顕彰碑の碑文

 この「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の言葉は大変有名であり、県民を思いやる立派な言葉ですが、あくまでも戦争によってどれだけ沖縄県民が苦しんだか、そして軍が県民に何もできなかったを伝える電報の結びの言葉だということが理解されず、「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の言葉だけが独り歩きしてるきらいがあることには注意しなければなりません。

 それとともに軍首脳として沖縄戦の指揮をとった大田中将自身が沖縄戦において沖縄県民のために何をしたのか、戦争を避け、住民保護に全力を尽くしたのかということも考える必要があります。県民への配慮は、沖縄戦において大田中将自身がするべきことであったはずです。そして大田中将が「御高配」を願った「後世」である現代を生きる私たちは、沖縄戦で犠牲になった沖縄に何を押しつけ、何を強いて、何を得ているのか、そのことも考えていく必要があります。

[戦争遺跡見学]旧陸軍越谷飛行場跡地(さいたま市・越谷市)

 埼玉県さいたま市・越谷市にまたがる旧陸軍越谷飛行場(論田飛行場、新和飛行場)を見学しました。

 同飛行場は先の大戦の後半期、本土空襲、なかでも都市空襲の激化にともなって地方で建設が急がれた軍用飛行場の一つであり、昭和19年に着工し、翌年竣工しました。

 建設工事は翼賛壮年団を中心に近村の勤労動員などによって進められたといいますが、中には朝鮮人労務者もいたといわれています。

陸軍越谷飛行場の空中写真 直線の滑走路とその先端を結ぶ誘導路が確認できる(国土地理院提供、1947年撮影)
現在の旧越谷飛行場周辺の空中写真(Google MAPより)

 現在は埼玉県の県鳥の名を冠した「しらこばと水上公園」などが立地する他、のどかな田園風景がひろがっています。一方で生活道路となっている直線道路が滑走路跡であったり、田んぼの用水路が当時敷設された暗渠であるなど、ところどころに当時の面影が残っています。

 戦後の一時期、進駐軍により占領され、周辺の風紀は大いに乱れたといいます。また事実関係は不明ながら、県鳥のしらこばとは進駐軍が乱獲し絶滅したともいわれています。

滑走路跡 現在は生活道路となっている

米国トランプ大統領に物申す!

 5月25日、米国トランプ大統領が国賓として来日しました。令和へと改元されて初のトランプ大統領の来日であり、国賓の来日でもあります。

 トランプ大統領は26日、千葉県内で安倍総理とゴルフをプレーし、夕方から国技館で大相撲の千秋楽を観戦して力士へ「合衆国大統領杯」を授与するなどしました。その後、都内の炉端焼き屋で安倍総理夫妻と会食しました。

 花瑛塾はこの炉端焼き屋付近でトランプ大統領の車列に対し、大統領の当初の公約であった在日米軍基地の撤退を実施せよ、離日にあたっては沖縄の米軍基地を忘れずに持ち帰れ、などと訴えました。

 機動隊員に制止されながらの訴えであり、充分に伝わったかどうかは不明ですが、米国大統領は米軍の最高司令官でもあり、自身が率いる軍隊の海外(日本)における駐留の妥当性について考える責任があります。

 ちなみに一昨年のトランプ大統領の来日においても、花瑛塾は沖縄基地問題を中心に訴えました。

平成29年11月6日 アメリカ・トランプ大統領来日に関する街頭行動2日目

 もちろんトランプ大統領は国賓として来日しており、27日には天皇陛下の引見をうけます。また日米首脳会談や宮中晩さん会など非常に重要な日程に臨むことになっており、花瑛塾としてそうした外国要人の来日や来日中の日程を実力で妨害するようなことはありません。それは天皇陛下の御稜威を貶めることにもなり、日本の威信や日米関係を毀損する行為です。

 しかし同時に、日米安保という日米関係の柱において不公正や非民主的な手続きがあり、沖縄に基地負担が集中し人々の人権が侵害されているなか、日米安保の一方の当事者であり基地を使用する米国は、民主主義国家として自国が締結する安保条約は妥当なのか、基地と米軍の運用のあり方は適正なのか、考える責任があるはずです。

 繰り返すようですが、花瑛塾は国賓はじめ外国要人の公式・非公式の重要日程を実力で妨害することはけしてなく、過激派セクトなどによる要人来日に関連するテロ・ゲリラの類は絶対に許されないと考えますが、愛国者として訴えるべきことはこれからも声を大にして訴えていく決意です。

外苑東通り(六本木)を進む大統領車列

令和元年5月25日 影山正治大人之命四十年祭(大東神社)

 大東神社(東京都青梅市)で斎行された影山正治大人之命四十年祭に参列しました。

 影山氏は昭和54年(1979)のこの日、「一死似て元号法制化の実現を熱祷しまつる」と残し、大東神社と隣接する大東農場内で自ら命を絶ったといわれています。今日は即位・改元として新元号「令和」のもとで初の年祭となり、意義深いものがあります。

大東神社社殿

 ところで、影山氏が命を絶った5月25日は、元弘3年(1336)に湊川の戦いで楠木正成・正季兄弟が足利方に討たれた日でもあります。大東神社にも楠木正成とその子正行の「櫻井の訣別」の場面をあらわした石造があります。

「櫻井の訣別」(大東神社)

 戦後神社界を代表する思想家・言論人である葦津珍彦氏は、楠公を日本史上の忠臣の典型とし、その行動様式を「絶対随順型」の忠臣の行動様式とします。一方で葦津氏は、日本史上には「その心は楠公の心なるも、その迹は足利」と称した真木和泉守や西郷隆盛、あるいは西郷を敬慕した頭山満のような「賊徒の汚名も悔いぬ」「名も要らぬ」という「法外の人─アウト・ロウ─浪人の道」という忠臣の行動様式もありえるとしました。

 楠公の精神と事跡に心から敬意を表するとともに、時に「名も要らぬ」浪人の道や法外の人─アウト・ロウの忠義を全うすることも覚悟しなければなりません。

影山正治大人之碑(大東神社)

令和元年5月22日 創刊二十三年『月刊日本』を叱咤激励する会

 創刊二十三年『月刊日本』を叱咤激励する会に参加しました。

 『月刊日本』は「日本の自立と再生をめざす、肉声の言論誌」と銘打って、政界要人のインタビューや政局の分析、様々な政策の提言、そして思想・哲学の分野での論考・エッセイなどが掲載されています。

 『月刊日本』最新号では、衆院解散・衆参ダブル選について自民党二階幹事長や国民民主党玉木代表のインタビューなどが掲載されていますが、この日も二階氏や玉木氏、また自民党石破茂氏などがあいさつに立ちました。

挨拶する石破茂氏