平成30年1月2日 新年一般参賀

 2日、花瑛塾青年・学生部は皇居にて新年一般参賀に参列しました。

 一般参賀は、天皇誕生日と新年2日に行われ、長和殿ベランダにお出ましになられた天皇・皇后両陛下ならびに皇族方を宮殿東庭でお迎えし、天皇陛下のお誕生日や新年をお祝いし、天皇陛下のお言葉を拝聴します。

 この日の参賀者は例年以上であり、報道では参賀者は12万人を超え、開門時間も早まったとのことでした。

 新しい年を迎え、花瑛塾の1年もこれよりスタートとなります。本年もどうぞよろしくお願いします。

宮殿東庭にて

平成29年12月30日 豊川稲荷東京別院・日枝神社参拝

 花瑛塾結成間も無くの昨年12月、豊川稲荷東京別院(港区赤坂)や日枝神社(千代田区永田町)など、これより花瑛塾の主戦場となるであろう永田町周辺の寺社を参拝し、花瑛塾結成の奉告と今後の無事を祈願しました。おかげをもって花瑛塾同志一同、今年1年、大きな災難・不祥・悪事に苛まれることなく、運動に取り組むことができました。

豊川稲荷東京別院

 もちろん花瑛塾結成趣意書や花瑛塾綱領に掲げた花瑛塾の目標の実現にはほど遠く、また政治・社会情勢の展開にともない、様々な局面で行った花瑛塾の主張・提案・要望の実現も不十分といわざるをえません。

 特に花瑛塾は安倍政権批判に力を入れましたが、10月の第48回衆議院議員総選挙では、様々な悪条件が重なったものの、自民・公明の与党が多数の議席を得て、第4次安倍内閣の誕生を許すことになりました。また在沖縄アメリカ軍基地問題では、キャンプ・ゴンザルベス(北部訓練場、沖縄県東村・国頭村)でのヘリパッドや関連施設の建設工事が完了し、辺野古新基地建設も護岸工事が進み、さらに10月に東村で発生した海兵隊大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンの炎上・大破事故などアメリカ軍機関連事故が相次ぐなど、危機的状況が続いていることも事実であり、わが無力を嘆き、悔やむばかりです。

日枝神社

 他方、今年1月、沖縄基地問題について、事実に基づかない放送を行った東京MXテレビ「ニュース女子」(制作:DHCシアター)について、多くの市民の皆様が長期間に渡り抗議を行い、BPOが「重大な放送倫理違反があった」と結論するなど、一定の結果が生まれたことも事実です。花瑛塾も東京MXテレビに抗議を行いましたが、市民の皆様の抗議が立ち上がる状況を見て、市民の皆様に誤解を与えてはならないと運動を一時的に停止した次第です。

 沖縄に対するデマや偏見がこれをもって解消したわけではありませんが、真実と力強い意志をもって行動を続けることの意義を感じることができました。

 結成直後に豊川稲荷東京別院と日枝神社を参拝してより1年を迎えた年の瀬の今日、両寺社にて今年1年の御礼をお伝えし、来年の発展を祈願するとともに、今年の回顧・反省を踏まえ、来年は花瑛塾の目標や主張の実現を誓いました。

 今年1年の皆様のご支援・ご協力・ご意見・ご批判に感謝するとともに、来年もまた叱咤激励をたまわりたくお願い申し上げ、暮れのご挨拶といたします。よいお年をお迎え下さい。

花瑛塾会報「神苑の決意」第15・16号(平成30年1月・2月新春合併号)発行しました

 花瑛塾会報「神苑の決意」第15・16号(平成30年1月・2月新春合併号)発行しました。読者の皆様のお手許には、近日中に届くと思います。

 1面「主張」は新年の挨拶と折口信夫氏の大嘗祭論・鎮魂式論を参考とした昨年の総括と今年の展望について、3面「解説」ではアジアの視点から先の大戦を読み解き、6面「解説」は1950年代に日本「本土」で展開されたアメリカ軍基地撤去・反対運動と沖縄、ベトナム戦争末期の在沖海兵隊撤退論と日本政府の対応などを内容としています。

 その他、本号各記事の見出しや購読方法など、詳細については当サイト花瑛塾会報「神苑の決意」もしくは花瑛塾ONLINE STOREより御確認下さい。

 今号は1月号と2月号の合併号ですので、次回発行は3月を予定しています。

 また花瑛塾会報「神苑の決意」は、ミニコミ誌を扱う「模索舎」(東京都新宿区)にも納品しており、バックナンバーなども置いていただいております。最新号(第15・16号)も納品済みですので、どうぞご購読下さい。

 模索舎Webサイト「神苑の決意」紹介ページ(第12号、平成29年10月号)

http://www.mosakusha.com/newitems/2017/09/12_15.html

平成29年12月23日 天皇誕生日一般参賀・埼玉県護国神社天長祭

 天皇誕生日の23日、花瑛塾青年・学生部は、皇居にて実施された天皇誕生日一般参賀に参列し、天皇陛下84歳のお誕生日をお祝いするとともに、天皇陛下のお言葉を拝聴しました。

皇居長和殿前

 再来年4月末日に天皇陛下が退位なされることとなり、平成の御代も再来年で終わりを迎えます。国民とともにあり、傷ついた人々、弱い人々と目線を同じくされた天皇陛下のお姿には感動と敬服を覚えます。

 同日、埼玉県護国神社にて執行された天長祭に埼玉県護国神社清掃奉仕の会とともに参列しました。また天長祭に先立ち、参列者で新米を用いてお餅つきをし、奉献しました。

天長祭奉納お餅つき
天長祭奉納お餅つき

 なお天皇誕生日においては、全国の神社などで天皇陛下の誕生日をお祝いし、天皇陛下の長寿と御健康を祈る天長祭が執行されています。宮中では一般参賀の他、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀などが行われ、三権の長や各国の使節から祝賀をお受けになります。

人々の暮らしの上に強制的に建設された普天間飛行場

 アメリカ軍海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)周辺における、アメリカ軍機の部品落下事故など、アメリカ軍機関連事故が多発している。つい先日、同飛行場の付近の普天間第二小学校にアメリカ軍海兵隊大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンの窓が落下する事故が発生した。また2004年には、同じく同飛行場の付近にある沖縄国際大学に同ヘリが墜落する重大事故も発生している。

1944年9月29日アメリカ軍撮影航空写真(赤枠内が神山集落)【国土地理院提供】

 普天間飛行場は、沖縄戦においてアメリカ軍が宜野湾・神山・新城などの集落を接収し建設された。集落の他にも、普天間飛行場内には宜野湾村役場や小学校などもあり、畑が広がり、カーといわれる井泉や御嶽など信仰の場もあった。戦中の航空写真には、現在の普天間飛行場内にあった神山集落の様子がはっきりとわかる。また現在の旧神山集落跡の航空写真を見ると、集落が普天間飛行場内に位置していることも見てとれる。これは宜野湾・新城などの集落についても同様である。

 アメリカ軍機関連事故を受けて、「何もない飛行場の周囲に人々が住み始めたのだ」といった言説が飛び交っているが、それはまったく倒錯した議論である。そもそも普天間飛行場は人々が暮らす集落をつぶし、そこので祭祀・信仰を破壊し、人々の故郷への愛着や記憶の上に建設されたものなのだ。「本土」のアメリカ軍基地はほぼ国有地など公有地に立地するが、普天間飛行場の敷地面積のうち民有地が占める割合は約90%となっていることも、普天間飛行場の建設経緯を示している。飛行場の周囲に人が住んだのではない。そもそも人の住んでいるところに飛行場がつくられたのだという基本線を確認したい。

 さらに沖縄全体にいえることだが、沖縄のアメリカ軍基地は比較的高地の居住性のよい場所に建てられている。戦後、アメリカ軍の収容所から解放された人々が故郷に帰るとそこはアメリカ軍の基地となっており、故郷という意味でも居住性という意味でも基地の周囲に家屋を建てるしかなかった。

現在の普天間飛行場の航空写真(赤枠内が旧神山集落跡)

 また普天間飛行場は、もともとはあまり激しい訓練が行われなかった比較的静かな飛行場であり、人々は飛行場周囲に定住していった。しかしハンビー飛行場(北谷町)が1976年に返還されると同飛行場所属部隊が普天間飛行場に移転するなど普天間飛行場の基地機能はすこしずつ強化され、騒音や墜落の危険性が高まっていったのである。既に1970年代にはアメリカ軍は普天間飛行場の危険性を認識しており、この危険性の除去を怠ってきたのはアメリカ軍と日本政府なのである。

 普天間飛行場内には遺跡も多数ある。戦前・戦中はいうまでもなく、古来よりそこに人が住んでいたのである。そして集落を追い出されたがため、戦後も飛行場の周囲に住まざるを得なかった罪のない住民を指弾するのではなく、人々の住むなかに飛行場をつくり、さらにその危険性を認識しつつも根本的な解決をはかろうとしなかったアメリカ軍や日本政府を批判するのが議論の本筋であることはいうまでもない。

平成29年12月21日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊は今日、首相官邸前で福祉や文教費などの予算の減額といった民生切り捨てと平和外交を欠いた安倍政権の軍備拡大を糾弾し、さらに沖縄を犠牲にして得る日米安保の「抑止力」の意味と価値を問い質しました。

首相官邸前にて

 またロシア大使館前にて北方地域に責任を有する国家である日本とロシアが、アイヌの人々や北方領土元島民、そして現在北方領土に暮らす人々の生活に目を配った上での、新たな日ロ関係の構築や領土交渉の展開を呼びかけました。

ロシア大使館前にて

日本とアジアの信頼醸成という「国防」-上昇を続ける防衛関連予算を問う

 2016年度の防衛関連予算(SACO・米軍再編関連費含む)は、5兆541億円であった。2017年度(今年度)は5兆1251億円となっている。そして2018年度(来年度)の防衛関連予算の概算要求は5兆2551億円とされ、2012年の第2次安倍内閣発足以降、防衛関連予算は一貫して上昇を続けている。2019年10月に消費税の8%から10%への増税が予定されているが、増税分の税収は約5兆6千億円といわれており、ほぼ防衛関連予算と同額である。いかに防衛関連予算が巨額なものかわかるだろう。

朝日新聞2015年12月20日朝刊より

 もちろん花瑛塾は防衛の必要性を否定しない。また災害対応においても自衛隊は重要な存在である。しかし自衛隊は日本国憲法において「自衛のための必要最小限度の実力」である限りにおいて合憲とされているのであり、複数のイージス艦を保有した上でさらに巨額のイージス・アショアなど地上イージス導入は妥当なのであろうか。そして専守防衛を掲げながら、敵のレーダーを掻い潜り敵基地攻撃が可能な最新鋭ステルス戦闘機F-35Aや高高度無人偵察機グローバルホークの購入に問題はないのか。

 対英米開戦の年の1945年9月、御前会議を経て「帝国国策遂行要領」が定められたが、そこでは軍事と外交の並行が追求された。同時点で日本に開戦決意はなく、南方進出や日中戦争の泥沼化など緊張と瀬戸際を招いた責任は別の議論としても、すくなくともこの時点において軍事と外交の並行は日本の真意であった。北朝鮮の「脅威」を煽る安倍政権は軍事のみであり、防衛省は「焼け太り」かのごとく予算を獲得し、巨額のアメリカ製兵器購入にひた走っているが、その予算の一部をアジアとの外交・友好・交流に振り分けるだけでも、日本を取り巻く安全保障環境は長期的に変化するはずだ。例えば莫大な防衛関連予算の一部をアジアの学生の日本留学基金とし日本とアジアの信頼醸成を「国防」とすることもあり得る。

 花瑛塾は先の大戦に真剣に向き合うものとして、外交・友好の追及の重要性を訴え、防衛関連予算の見直しを求める。

平成29年12月19日 日韓外相会談について

 今日19日、康京和・韓国外交部長官が来日し、飯倉公館(東京都港区)にて河野太郎外務大臣と会談が行われた。外務省によると北朝鮮問題が主な議題となったようだが、従軍慰安婦問題や日韓合意にも話が及んだとのこと。なお、康長官は明日20日まで日本に滞在する予定である。

 従軍慰安婦やいわゆる徴用工問題はじめ労務動員など、日韓のあいだには日本の韓国併合と先の戦争に関連する様々な問題が存在するが、近年、これらの問題の背景に日本のアジア主義を見る松浦正孝氏などの指摘がある。

 例えば日本統治下の朝鮮では、満州事変と「満州国」建国をうけ、宇垣一成・南次郎朝鮮総督時代、朝鮮半島南部から北部へ、そして満州へと、その後の日本本土や東南アジアでの強制労働・強制移動へつながる労働力の大規模移動をはかる労務政策が行われた。こうした労働力は日本の凡アジア主義の下に動員され、そこで労働者が受け取る賃金は凡アジア主義の恩恵とされ、アジア防衛の一体感の醸成が企図されるなど、日本の労務政策と凡アジア主義が結びつくとされる。

 こうした凡アジア主義は、アジアの諸民族の独立と日本と朝鮮といった日アの一視同仁を掲げるが、結果として戦争を招き、アジアに多大な犠牲も強いた。他方、日本のアジア主義はけして単純なものではなく、石橋湛山に見られるアジア主義は、第一次世界大戦後、日本が植民地台湾と朝鮮を放棄し、それぞれの独立を認め、進んで中国における様々な権益の返還をいう理想主義的なものでもあった。

 「東洋平和」を掲げる神道家・葦津耕次郎(葦津珍彦の父)は、朝鮮神宮御祭神論争において政府と鋭く対峙するなど、熱烈な凡アジア主義者でもあり、現代の視点から見ればその思想には様々な問題も存在するが、大正12年(1923)に日中間で二十一か条要求の廃棄問題が起こり、さらに中国で旅順・大連の回収運動が高まると、耕次郎は日本で回収運動に反対する大会に出席し、「日本は喜んで是を支那(ママ)に還附してやるべき」、「要は只支那国民を救済する大国策を建ててやる事にある」と反対論に反対する演説を行うなど、ある局面では石橋に代表される理想主義的なアジア主義を主張している。

 今日の日韓外相会談で河野外相と康長官は、それぞれの主張、申し入れ、説明などをした上で、日韓のあいだに存在する様々な困難を適切にマネージしつつ、未来志向で日韓関係を前進させるよう協力することで一致したが、そこにおいて日本のアジア主義を先入観や偏見なく客観的に顧みることは、けして無駄なことではないはずだ。

平成29年12月18日 花瑛塾行動隊街頭行動

 花瑛塾行動隊は18日、首相官邸前・自民党本部前にて現状の日米関係の見直しを求めました。

 神道家・葦津珍彦氏は、日米安保体制を「米国に運命を委ねた隷属状態」と規定し、その打破を唱えていますが、政府・自民党は、このような「隷属状態の日米関係」を「対等な日米関係」と思い定め、さらにその隷属を深めることを「日本の自立」「日本の強国化」と妄信しています。

 アメリカには先進的な価値観と素晴らしい文化、歴史が存在しています。そして日本とアメリカは多くの価値観を共有し、両者が密接な関係にあることは間違いありません。他方、アメリカには軍事や外交の面で多くの問題を抱えており、アメリカの非は非として指摘すべきことは指摘することが真のパートナーシップであるはずです。そのような対等かつ友好的な、新しくかつ本来的な関係を築いた日米が、世界の問題へ共同対処することが重要ではないでしょうか。

 その後、アメリカ大使館前にてMV-22オスプレイの墜落事故やCH-53Eスーパースタリオンの部品落下事故など、頻発するアメリカ軍関連事故や、飲酒運転による死亡事故や軍属による殺人事件などの米兵犯罪について綱紀粛正を求めました。

首相官邸前にて
アメリカ大使館前にて

NHKドキュメンタリーETV特集「砂川事件 60年後の問いかけ」

 16日、NHKドキュメンタリーETV特集「砂川事件 60年後の問いかけ」が放送された。

 砂川事件とは、砂川闘争と呼ばれるアメリカ軍立川飛行場の拡張工事をめぐる反対運動が盛り上がるなか、立川飛行場へ進入した学生ら7人が在日アメリカ軍基地への進入を取り締まる刑事特別法違反で起訴されたが、1959年、東京地裁が日本へのアメリカ軍駐留を憲法違反とし無罪を判決するものの(伊達判決)、同年、最高裁は「統治行為論」をもって日米安保条約についての違憲・合憲の憲法判断を避け、さらに日本国憲法における自衛権の問題に言及しつつアメリカ軍の駐留を合憲とし、審理を一審に差し戻したものである。

砂川闘争(立川市ホームページより)

 砂川事件の最高裁判決では、裁判所は日米安保条約など「高度の政治性を有するもの」については、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」とし、日米安保条約の憲法判断を避け、他方、日本国憲法は自衛のための必要な措置は認めているとしつつ、憲法9条は「わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となってこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするため」とし、「駐留軍隊は外国軍隊であって、わが国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は、すべてアメリカ合衆国に存し、わが国がその主体となってあたかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものでないことが明らか」と解し、アメリカ軍の日本への駐留を合憲化した。

 このように最高裁が判決する以前より、つまりアメリカ軍駐留を違憲とする伊達判決以降、岸信介内閣が進める日米安保条約の改定(新安保条約)を念頭に、当時の藤山愛一郎外務大臣や田中耕太郎最高裁長官がマッカーサー駐日大使と接触し、政府の憲法解釈への自信を示し、また訴訟スケジュールをマッカーサーに伝え、マッカーサー大使が「伊達判決は覆るだろう」との手応えを得たことが公開された秘密文書によって明るみとなっている。田中長官とマッカーサー大使との接触は、訴訟手続き上、重大な問題であり、さらに藤山外相の行動からは異常な日米関係のあり方が読み取れる。そして当時の日米両政府の思惑通りに最高裁が判決したことを考えれば、そこに何らかの日米の合意や取り決めがあったことも推測される。

砂川事件最高裁判決の様子(毎日新聞「昭和毎日」より)

 さらに砂川事件の最高裁判決では、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」とし、いわゆる個別的自衛権を認めているが、安倍政権による2014年の限定的な集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定や、その翌年に審議・成立した一連の安全保障関連法にあたり、高村正彦自民党副総裁は最高裁判決における自衛権への言及について、「集団的自衛権も含まれるもの」と拡大解釈・曲解・牽強付会し、解釈改憲・安保関連法成立の「法的根拠」とした経緯がある。

 砂川事件以降、「本土」のアメリカ軍基地は沖縄へ移転・集中していき、砂川闘争や内灘闘争など50年代に「本土」各地で展開されたアメリカ軍基地撤去・反対運動は成功したが、それは結果として沖縄の基地負担を増加させるものとなってしまった。そして司法は憲法判断を避ける統治行為論を固定化させていき、さらに政府・自民党はかかる沖縄と司法の間隙を縫い、日米安保の強化と安保関連法などに砂川事件を利用していったのである。砂川事件が突きつける「60年後の問いかけ」は重い。