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75年目の8月15日「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を迎えて

 昭和20年8月15日正午、ポツダム宣言の受託を国民に告げる終戦の詔書を昭和天皇みずから読み上げる「玉音放送」がラジオから放送されました。

日本の降伏を知り、皇居で跪く人たち

 連合国には既に前日14日、ポツダム宣言を受託する日本の最終的な意思が通知されており、また正式な降伏調印は翌月9月2日に行われ、さらに沖縄や北方地域あるいはアジア各地では8月15日以降も一部で戦闘が継続されましたが、8月15日が先の大戦の一つの大きな節目であることは否定できません。

 この日は現在、戦没者を追悼し平和を祈念する日、終戦記念日とされ、天皇皇后両陛下が御臨席のもと政府主催の全国戦没者追悼式が開催される他、各地で戦争に関連する様々な式典や行事、集会、儀式などが開催されます。

 また「戦争の記憶の継承と慰霊」を掲げる花瑛塾は例年8月15日前後、先の大戦にて戦陣に散った戦没者と戦禍に倒れた国内外を問わぬ全ての犠牲者を慰霊追悼し、世界の平和を祈念するため、各種の式典や行事、集会などに出席するなどしています。

 しかし今年は新型コロナ感染症の影響により、例年出席していた式典や行事、集会など開催を取りやめたり、規模を縮小するなどしており、また私たち自身も感染症対策に取り組む必要もあることから、混雑する終戦の日を避け、前日14日、国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑、靖国神社、埼玉県護国神社をお参りするとともに、宮城事件の関連の地や尊攘義軍事件関連の地を訪れました。

終戦の日に向けてみたま祭の献灯が行われている埼玉県護国神社 収穫した野菜を奉納した

 宮城事件とは、ポツダム宣言の受託をうけ、陸軍省軍務課畑中少佐らが玉音放送の阻止などを企図したクーデター未遂事件です。畑中少佐らは8月14日夜、近衛師団司令部を訪れ森師団長に決起を促したものの容れられず、ために森師団長を殺害し、近衛歩兵第2連隊芳賀連隊長に決起の偽命令を出すなどして、皇居の一部を占拠しました。宮城事件といわれます。結局、畑中少佐らは玉音盤の押収や要人逮捕なども叶わず、皇居前広場にて自ら命を絶ちました。

旧近衛師団司令部 戦後は東京国立近代美術館工芸館となったが、現在は閉館中とのこと

 尊攘義軍事件とは、ポツダム宣言受託をうけ、尊攘同志会のメンバーが8月15日未明から早朝にかけ(16日とも)、木戸幸一内大臣に切腹を迫るため木戸邸を襲ったものの目的を果たせず、愛宕山に立て篭もった上で、22日に全員爆死した事件をいいます。

旧木戸内府邸 現在は衆議院副議長公邸となっている

 その後、国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で開催された「第55回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典」(8.14式典)を視聴しました。

 この式典は新日本宗教青年会連盟によるもので、新日本宗教団体連合会や新日本宗教青年会連盟加盟の新宗教系各宗教団体が教義や信条の違いを乗り越え、戦争犠牲者を慰霊し、「絶対非戦」と「平和実現」を誓うものです。

 式典は毎年千鳥ヶ淵で開催され、多くの来賓や信徒、一般参列者が集いますが、今年は新型コロナ感染症対策のため、新宗連青年会のメンバーの代表者などだけが集い、式典・拝礼を行ない、その模様がライブ配信されました。

 今年の式典が感染症対策のため来賓はじめ全ての参列者、何よりこの式典を重要な祈りの場と考えている各宗派の信徒さん方の参列をお断りし、ライブ配信のみに限定していることを知ってか知らずか現地に赴き写真撮影などをしてしまう人がいるかもしれないとも案じましたが、例年式典に参列している国民民主党玉木雄一郎代表がライブ配信で式典を視聴する様子をSNSで発信するなど、多くの心ある人たちが式典会場に赴くことなく、このたびの式典のあり方を理解した上でライブ配信をもって「絶対非戦」と「平和実現」の祈りを共にしました。

昨年の8.14式典の様子

 昨年の終戦の日を迎えるにあたり述べたことと同様ですが、戦後75年を迎え、今や戦後100年が視野に入りつつあります。そうしたなかで靖国神社をめぐる情勢など日本の戦没者慰霊は落ち着きがない状況にあり、そればかりか時の政権は過去の戦争に真摯に向き合う姿勢を欠き、安保関連法はじめ自衛隊の中東派遣など、新たな「戦死者」を生み出し、そればかりか日本の攻撃により海外で新たな「戦死者」「戦争犠牲者」が生まれかねない状況になりつつあります。

 終戦の詔書には「万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」「総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ」「世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」とあります。昭和25年の神社新報の社説にも「われ等神道人の任務は、この民のために平和を守るべく懸命の力を致すにあると信ずる」「現下の日本人にとつて、最も必要なのは、侵略者に対抗するための軍備を急ぐことでもなければ、武器を携へて海外の義勇軍に身を投ずることでもない」とあります。

 こうした言葉に戦後日本が軍事強国を目指し、隣国を威嚇するような国になることへの希求を見ることはできません。全ての戦争犠牲者に心からの追悼の意を表するとともに、二度と戦争を繰り返さないような平和な日本を実現することが、戦後100年を迎えようとする私たちの「真の慰霊」と信じ、これからも取り組んでいきたいと思います。