令和3年9月13日 乃木夫妻殉死の日 乃木静子希典夫妻墓参、乃木神社参拝

 乃木静子、乃木希典夫妻の殉死より109年の今日、青山霊園内の乃木夫妻と乃木一族の墓所をお参りするとともに、乃木夫妻を祭神としてお祀りする乃木神社をお参りしました。  大正元年(1912)9月13日、崩御した明治天皇の大喪の礼が行なわれたこの日の夜、乃木夫妻は自邸にて殉死しました。殉死後、乃木邸内には夫妻を祀る小祠が創建され、これをもとに大正11年に乃木神社が創建されます。そして乃木神社では毎年夫 […]

菅首相、退陣へ─政治的に「破産」した菅政権を乗り越え、野党の共闘で政権交代を─(令和3年9月3日)

 菅首相は今日3日、自民党臨時役員会において、同党総裁選への出馬の見送りを表明した。事実上の退陣表明であり、昨年9月16日に発足した菅政権は、ついに終焉を迎える。  もともと菅首相は、総裁選への出馬を表明しており、引き続き政権を担うつもりであった。しかし急降下を続ける内閣支持率や横浜市長選挙など各種選挙の敗北もあり、政権の求心力は低下していた。自民党岸田文雄前政調会長も総裁選への出馬を表明しており […]

令和3年9月1日 米海兵隊による普天間飛行場からのPFOS汚染水の放出について米国大使館に抗議

 8月26日、在沖米海兵隊は、普天間飛行場内で保管していた発がん性が疑われている有機フッ素化合物PFOSなどを含む汚染水を下水道に放出しました。この米軍の横暴に対し、沖縄県内では県民の怒りが募っていますが、私たちも米国大使館前にて抗議の声をあげました。  今回、米軍が放出したPFOS汚染水は、約6万4000リットルといわれています。なぜ米軍がこれほど大量のPFOS汚染水を保管していたのかよくわかっ […]

【関東大震災98年】全震災犠牲者、虐殺犠牲者追悼─九月、東京の路上で、奪われた命、奪った命を忘れてはならない─

 大正12年(1923)9月1日、相模湾北部を震源とするマグニチュード7.9の大地震が発生しました。関東大震災です。死者、行方不明者は約10万人、建物の被害は全半壊あわせ約30万棟、焼失約40万棟といわれる未曾有の大災害でした。  また震災発生直後から朝鮮半島出身者はじめ中国人や社会主義者が「井戸に毒を入れた」「婦女を暴行した」「爆弾を仕掛けた」「武装蜂起した」といった悪質な流言飛語が飛び交い、軍 […]

令和3年8月23日 シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い

 昨年に続き、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で開催されたシベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集いに参列、献花黙とうしました。  76年前のこの日、スターリンの秘密指令により、満州などにいた日本兵らがソ連国内に移送された上で抑留され、シベリアやモンゴル、遠くはウクライナ、ベラルーシ、バルト三国などソ連勢力圏内各地で過酷な労働を強いられました。抑留者は男性兵士だけではなく、満蒙開拓で現地にいて、軍の看護業務などにつ […]

令和3年8月19日 「北一輝先生之墓」「二十二士之墓」墓参

 北一輝の命日の今日、泰叡山護國院瀧泉寺(目黒不動尊)にある「北一輝先生之墓」、および興国山賢崇寺にある二・二六事件の刑死者の墓「二十二士之墓」を参りしました。  北は昭和12年の今日、今から84年前の今日午前5時50分、二・二六事件の「首魁」とされ、弟子の西田税、元陸軍軍人の磯部浅一、同じく村中孝次とともに渋谷の陸軍刑務所内で銃殺されました。北の遺体は妻すず子らが引き取り、その日のうちに火葬され […]

76年目の8月15日「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を迎えて

 昭和20年8月15日、今から76年前のこの日、昭和天皇みずからポツダム宣言の受託を国民に告げる終戦の詔書を読み上げる「玉音放送」がラジオ放送されました。  日本のポツダム宣言受託の旨は、連合国に対し既に8月10日に第一次受託通告がなされ、14日に最終受託通告がなされています。また陸海軍人へ降伏を告げる昭和天皇の勅語は17日に渙発されており、さらに正式な日本の降伏調印式は翌月9月2日に行われていま […]

令和3年8月7日 オンライン講演会「帝銀事件と日本の秘密戦 捜査過程で判明した日本軍の実態」(明治大学平和教育登戸研究所資料館)

 明治大学平和教育登戸研究所資料館2021年度帝銀事件関連企画オンライン講演会「帝銀事件と日本の秘密戦 捜査過程で判明した日本軍の実態」(講師:山田朗館長、明治大学文学部教授)を視聴、学習しました。  陸軍登戸研究所では、「秘密戦」といわれる日本軍の特殊作戦のための兵器開発や諜報謀略などに関する研究がおこなわれていました。具体的には電波兵器やレーダーの開発から偽札製造、風船爆弾の開発、盗聴器などの […]

【広島・長崎原爆投下76年】「核なき世界」の実現と被爆者、戦争被害者の救済に全力を

広島、長崎原爆投下76年  広島、長崎への原爆投下より76年を迎える。  昭和20年8月6日、米国は広島に原爆を投下し、約15万人もの人々の命を奪った。そして9日には長崎にも原爆を投下し、約7万3千人もの人々の命を奪った。奇跡的にも生き延びた人々や原爆投下直後より救護等で市内に入域した人々は、その後長期間にわたり原爆症といわれる放射線障害に苦しめられた。  また忘れてはならないことは、原爆により被 […]

令和3年8月3日 陸自部隊の在沖米軍施設への配備に関する行政文書の不開示決定(存否応答拒否)に対する不服審査への意見書の提出

 本年1月、陸上自衛隊水陸機動団の在沖米軍施設キャンプ・シュワブへの配備計画が報じられました。これをうけ私たちは、1月25日付で配備に関する検討等の行政文書を開示せよと防衛大臣に宛てて開示請求をしました。  ところが防衛大臣は、この開示請求について、対象文書の存在の有無を明らかにするだけで外国との信頼関係や率直な意見交換が損なわれるおそれがあるとし、3月29日付で対象文書の存在の有無を明らかにしな […]