令和2年7月2日 大日神社参拝

 大日神社(千葉県白井市)を参拝しました。

 同社の祭神は天照大神ですが、境内社の天神八幡神社では菅原道真公と生食が祀られています。

 天神様が菅原道真公であるということはよく知られていますが、八幡神は一般的に応神天皇であり、生食という耳慣れない神であることは不思議に思われるかもしれません。

 この生食は「いけずき」と読まれ、源平時代の馬の名前です。生食はこの地で生まれ、その後源頼朝に贈られ、頼朝が佐々木高綱に与え、生食に乗馬した佐々木高綱が梶原景季と宇治川の戦いで先陣争いをした話は大変有名です。

 八幡神は武の神ですが、生食を見た人たちは生食を八幡神の使いと信じ、八幡と呼んだといわれています。そのための生食の生まれたとされるこの地では生食が八幡神として祀られているといわれています。

令和2年6月23日 沖縄慰霊の日(魂魄の塔、平和の礎)

 先の大戦で日本軍沖縄守備隊が壊滅し、組織的戦闘が終わったとされる沖縄慰霊の日のこの日、魂魄の塔および平和祈念公園内の平和の礎を訪れ、全ての犠牲者に慰霊のまことをささげました。

魂魄の塔

 魂魄の塔は現在の糸満市の米須に建立された慰霊塔ですが、もともとは沖縄戦における犠牲者の遺骨の納骨場所でした。沖縄戦直後、同地付近で亡くなった犠牲者の遺体・遺骨がそのままになっている状況のなか、同じく付近に一時収容されていた真和志村民が遺骨を収容し、現在の「魂魄の塔」の場所に収容しました。後に遺骨は移され、慰霊碑となりました。なお「魂魄の塔」と名付けたのは翁長雄志前知事の父で収骨作業に尽くした助静氏といわれています。

 平和の礎は、同じく糸満市摩文仁の平和祈念公園内に建立された記念碑であり、軍人や住民、国籍や性別など一切関係なく、沖縄戦で犠牲となった全ての戦争犠牲者の名前が刻銘されています。

「海軍中将大田実顕彰碑」訪問

 大田中将出生の地である千葉県長柄町に建立されている「海軍中将大田実顕彰碑」を訪れました。

 75年前の6月11日、沖縄の小禄・豊見城地区で米軍と戦闘を展開していた大田実中将(沖縄戦時は少将)率いる海軍部隊が壊滅し、13日未明には大田中将が自決しました。

 大田中将は自決の直前、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電しています。75年前に発せられたこの言葉について、今を生きる私たちはよく向き合う必要があります。

海軍沖縄方面根拠地隊司令官大田実海軍中将顕彰碑

中国政府による香港への国家安全法制導入に抗議する─「港人治港」「一国二制度」の大原則を守れ─

※ 6月30日、中国の全人代常務委員会は「香港国家安全維持法」を可決した。今年5月末の全人代における香港への国家安全法制の導入方針を採択したことに基づく動きであるが、香港ではこれにより民主派団体の解散や、メンバーの脱退などが相次いでいる。

以下の声明は、5月末の全人代での香港への国家安全法制導入方針の採択についての花瑛塾の抗議声明であるが、現在の事態の本質はこの時と何もかわっていない。あらためてその際の声明を公開し、中国政府の暴挙に強く抗議する。

中国政府による国家安全法制の導入

 中国で開催されていた全国人民代表大会(全人代)は最終日の28日、香港での反中国的な動きを取り締まる国家安全法制を導入する方針を採択した。

28日閉幕した中国全人代

 香港では昨年、逃亡犯条例改正に対する反対運動(反送中運動)が爆発的な盛り上がりを見せたが、この問題はあくまでも香港政府が香港立法会で条例改正を目指したものである。しかし、このたびの国家安全法制の導入は、中国政府が香港の治安関係法令を直接制定し適用するものであり、香港の高度な自治を認める「一国二制度」を根底から覆すものだ。

 そもそも香港では、いわば香港の憲法である香港基本法のもと、中国の法令が適用されないが、香港基本法では外交や軍事、領事などに関しては例外的に中国の法律の適用を認めている。中国政府は、国家安全法制をそうした香港基本法における例外の一部として香港に適用するというのである。

 ここで香港に適用される国家安全法制の中身は、これから中国政府が具体的な法令として制定することになっているが、外国の政治団体が香港で活動することを禁じたり、中国政府はもちろん、香港政府への抗議そのものを規制する内容になっていくのではないかともいわれている。また中国の治安機関が香港で直接活動することも可能になるといわれ、制度上や手続き上だけでなく、香港の自治と民主主義を実態的にも中国政府が取り締まることが懸念されている。

「国家百年の計」─葦津珍彦が論じた香港返還

 戦後神社界を代表する言論人である葦津珍彦は昭和58年、「香港の将来─東洋解放のゴール サッチャー対鄧小平の見識」との記事を執筆している。そこで葦津は、当時の英国の首相サッチャーが鄧小平に香港返還を約したこと、そして鄧小平が香港返還後50年の現状維持(香港の高度な自治、一国二制度)を方針としたことについて高く評価している。

市民に襲いかかる香港警察

 サッチャーはこのころフォークランド紛争に勝利し、自信を深めていた。一方、鄧小平も非常に強硬な態度で英国に対し香港返還を求めていた。実際、鄧小平はやろうと思えば軍を派遣し、香港を実力で回収することなど容易であった。さらに香港を実力回収すれば、鄧小平は「解放の英雄」として歴史にその名を刻むことにもなっただろう。

 しかし鄧小平が香港を実力で回収すれば、英国も黙ってはいない。場合によっては英軍が軍事行動を展開することもありえるし、香港を破壊し、焦土にすることも考えられる。

 サッチャーと鄧小平。互いに国家を領導する宰相は、最終的にはそうした方途をとらず、サッチャーはフォークランド紛争で勝ち取った栄光を背景としつつ香港を平和的に返還することでむしろ国家の威厳を確保し、鄧小平は短兵急な実力回収を避け、名声を選ばず香港を平和的に手中にする利を得た。葦津は香港返還問題をめぐる両宰相の対応について、国家百年の計を見定めたステーツマンと最大の評価をしている。

鄧小平とサッチャー

 ひるがえって今日の中国政府、習近平指導部の香港政策はどうだろうか。まさにこのたびの国家安全法制の導入などは、香港の高度な自治を否定し、一国二制度を覆し、あたかも香港を実力で回収するかのごとき政策ではないか。

 習近平は香港を実力で回収し、葦津のいうように鄧小平が手にしなかった「解放の英雄」の名声を得るかもしれないが、世界は中国政府の対応を非難し、政治的にも経済的にもあらゆる面で香港そして中国との関わりを見直そうとするだろう。

 現在の中国政府の香港政策は、香港のためにもならず、中国のためにもならず、世界にとっても好ましいものではない。「国家百年の計」を見失った誤った政策だ。中国政府は香港の「港人治港」「一国二制度」の大原則を守るべきである。

日本政府は最大級の抗議を

 こうした香港の情勢について、日本政府は中国政府に対し、抗議らしい抗議をおこなっていない。安倍首相は新型コロナウイルス感染症の対策にあたっても、最後まで習近平来日にこだわり、それにより感染症対策を怠り、初動対応に失敗した。日中の友好そのものは大変結構であるが、安倍首相の日中外交も国家百年の計に基づくものでなく、自身の名声のために習近平との親密さをアピールするだけのものである。

 葦津は上述の香港返還に関する記事において、

 「国家百年の計」、次の世紀のための長期遠大の方針を立てること、それがただのその場限りの時務的なポリティシャアン的思考ではなくして、真のステーツマン的見識によって確立されて行かなくてはならない。

 国際ニュースを見ていると、中国や英国の交渉には、なお「国家百年の計」を見定めようとするステーツマン風の構想が見える。だが日本の政治や外交には、ポリティシャン的な進退のみが目について、遠謀深慮のステーツマンの英風が片影も見えない。

と当時の英国と香港の外交に比して日本政治・日本外交を批判している。この葦津の批判は、まさに現在の安倍首相の対中外交にも当てはまるのではないだろうか。

 真に中国を思い、友好を望むのであれば、その香港政策の誤りを正し、国家百年の見地から、香港市民の声と民主主義を侮ってはならないと忠告するべきである。日本政府は中国政府による香港への国家安全法制導入に最大級の抗議をし、また世界に向けてこの問題を訴えていかなければならない。

アジアの平和と友好の見地から

 日本は過去の戦争で香港を占領し、軍政を敷いた。英国支配からの解放といっても、日本もまた香港の自治を奪った歴史がある。香港をめぐる中国への抗議は、ただの反中国の政治闘争ではなく、過去の反省とアジアの平和と友好の見地に立った上のものでなければならない。それもまた国家百年の計である。

香港に入城する日本軍

 戦前の日本には、中国最初の政党「中国革命同盟会」の結成に関わり、孫文や宋教仁を支援するなど、中国革命に身を捧げた宮崎滔天など「大陸浪人(シナ浪人)」といわれる一群の人々がいた。大陸浪人の系譜は戦前の右翼の系譜とも重なり合うが、一方で大陸浪人のなかには国威伸張のため国家の手先として大陸を跳梁跋扈した人物もいる。

 滔天はそうした大陸浪人を「国家的浪人」とか「シナ占領主義者」と批判し、自身の立場を「一言にして吾徒の宗旨を告白すれば、人類同胞主義也。寓邦平和主義也」と述べている。

 その上で滔天は、当時の日本外交が列強に気がねをし革命派を援助しないのならば、「僭越ながら吾等のような連鎖も必要」と述べ、日中両国を結ぶのは民間の志士しかないとしている。花瑛塾も「僭越ながら」ではあるが、日本政府が何かに気がねをし誤った対応をとっているのならばそれを強く批判し、アジアの市民と「連鎖」して「萬邦平和」のために尽くしていきたい。

2019年(令和元)6月14日~17日 花瑛塾亜細亜倶楽部(香港「反送中」「林鄭下台」運動と日本の過去、そして沖縄)

【松井市長は何を思うか】市民の声と野党の追及が実現した検察庁法改正の見送り─次回国会へ継続審議へ─

 国家公務員法改正と検察庁法改正について、政府・与党が今国会での改正を見送った。与野党国対間では次回国会への継続審議で一致したそうだ。

 検察庁法改正の問題についてはこれまで何度も取り上げてきたことであり、ここであらためて繰り返さないが、かかる問題の多い検察庁法改正が見送られたことは、継続審議でいいのかどうか議論は様々あるとしても、ひとまず了としたい。

 新型コロナウイルス感染症の蔓延にともない、国全体として早急に様々な対策をとる必要に迫られているなか、今どうしても検察庁法改正をやらねばならないのかとの批判が高まっていた。

 こうした批判に対し、安倍首相は「地方自治体での条例成立などの観点から、今国会で改正しなければならない」と説明していたが、結局はこのたびの見送りにより、不要不急の改正案だったということを政府・与党みずから暴露した。

 他方、検察官も含む国家公務員の定年引き上げそのものは野党も認めており、国民的なコンセンサスも得られている。批判は検察官の定年に関する勤務年長などの内閣の特例措置であり、国家公務員法改正と検察庁法改正を一括して見送ったのは不可解極まりない。定年引き上げは必要なのだと強調してきたこれまでの政府答弁や、それに対し理解を示してきた野党、そして国民的の声に対し、大変不誠実といわざるをえない。

 また、そもそもの発端ともいえる今年一月末に閣議決定された東京高検黒川検事長の勤務延長の違法性は解消されておらず、検察庁法改正を見送るだけで済む問題ではないことはしっかりと確認したい。

 政府・与党は黒川検事長の違法な勤務延長を取り消すとともに、特例措置により検察官人事への内閣の恣意的な介入を許す検察庁法改正案を廃案とし、国家公務員法の改正とは切り離した上で、野党の対案なども検討・研究しつつ、あらためて上程するべきだ。

 このたびの検察庁法改正については、多くの市民が反対の声をあげたり、疑問を示した。その一方で、日本維新の会と大阪維新の会の代表である大阪市松井一郎市長は、SNS上で「自公は圧倒的な議席を持っている。政局ごっこしても成立するのならば、付帯決議によって権力を牽制するのが少数野党の役割」などと述べた。

 こうした権力への屈服と現状追認のどこが「維新」なのかはなはだ疑問であるが、それはともかくとしても、圧倒的な議席を有する与党と民意を無視し悪政を敷いてきた政府を、市民の声が動かしたのである。市民が松井市長とは逆に権力に屈服せず、現状を追認しなかったからこそ事態は動いたのだ。松井市長は今、何を思っているのだろうか。この動きをどう言い訳するのだろうか。全く情けなく、つまらない男といわざるをえない。

 官僚人事を掌握し、政権におもねる官僚を重用することが安倍政権の求心力の源泉であったが、今回の見送りにより安倍政権の官僚統治の歯車は狂った。政権崩壊の序曲といっても過言ではなかろう。

 黒川検事長の違法な勤務延長と検察庁法改正に関する検察OBの意見書の一節には、「法が終わるところ、暴政が始まる」とのジョン・ロックの言葉がひかれていたが、まさに安倍政権は法を終わらせ、民主主義を停止させ、暴政をほしいままにしてきた。

 しかし「桜を見る会」の問題一つとっても、国会議員が国会で追及し、マスコミがメディアで追及し、市民が街頭で追及すれば、安倍首相の目は途端に泳ぎ始める。安倍政権を攻略する道は、ここにあるのだ。

 占領からの独立間も無く、法相による指揮権が発動された造船疑獄における検察の捜査について、戦後神社界を代表する言論人である葦津珍彦は、次のように述べている。

 現状より判断すれば、われわれは司法検察当局の勇断を切に望まざるを得ないけれども、政党の腐敗が国民自らの政治勢力によつて粛清されないで、この粛清が、主として検察司法官僚に依存せねばならぬと云ふ事は、最も深く考ふべきところではあるまいか。──神社新報、昭和29年3月1日

 河井克行・案里夫妻の疑惑なども含め、検察の捜査に期待する向きもあるが、検察はけして正義のヒーローではなく、検察もまた強大な捜査権限を持つ捜査機関・公権力であり、市民がしっかりとチェックをしなければならない。

 大事なことは、葦津のいうように、何よりもまず国民の声を聞くしっかりとした政治が行われるべきだということであり、それは法を終わらせることなく、民主主義を生かしていくということである。

 法を終わらせず、民主主義を生かすことにより安倍政権を倒し、全ての人々が豊かである国にしていきたい。

令和2年5月15日 五・一五事件88年 犬養毅・頭山満墓参

 五・一五事件より88年を迎え、事件実行犯の海軍青年将校三上卓らによって殺害された「木堂」犬養毅元首相の墓所(青山霊園)をお参りしました。

犬養元首相の墓所

 事件で殺害された犬養元首相は、冷徹なリアリストであり、徹底した「帝国」の宰相でしたが、一方で中国革命を支援し、孫文の日本亡命の最大の支援者となるなど、中国人革命家と結ぶ豪傑肌の亜細亜主義者でもありました。犬養元首相を殺害した青年将校も犬養元首相を畏敬しており、犬養元首相への個人的な怨みは全くなかったと述べています。三上は戦後、犬養元首相の御霊も含め、事件関係者の慰霊祭をおこなうこともありました。

 それではなぜ犬養元首相が殺害されたかというと、国家改造を訴える青年将校にとって、犬養元首相は権力の象徴であり、そのために殺害されたといわれています。すなわち海軍青年将校らにとって、軍に圧迫を加える政党政治と、それを支える特権階級を打倒することこそ国家改造であり、その象徴として時の首相つまり犬養元首相が狙われたと指摘されています。

 他方、政党政治の終焉は、五・一五事件によって直接的に打倒されたというよりも、事件がある種の引き金となり、政党、元老、軍部、そして天皇など、様々な思惑が入り乱れるなかで、「憲政の常道」が破綻し、各方面による挙国一致・非政党内閣としての斉藤実内閣が誕生していったといわれています。

 事件により軍部が台頭し、戦争へと突き進んでいったと一言でまとめられるほど事件は単純なものではなく、また犬養元首相と青年将校らの関係も敵と味方とざっくりくくれるほど単純なものではなく、歴史の事実を学んでいく必要があるのではないでしょうか。

令和2年5月13日 コロナで大変な時に安倍は保身だけか! 黒川検事長の違法な勤務延長と検察庁法の改正案に抗議しました

 国家公務員法の改正案と検察庁法の改正案が国会で審議入りしました。私たちは自民党本部前ならびに国会前にて、東京高検黒川検事長の違法な勤務延長と、これを後付けで正当化し、さらに検察官人事への恣意的な介入の道をひらく安倍政権による検察庁法の改正の動きに抗議しました。

 黒川検事長は本年2月、63歳の誕生日を迎え、検察庁法の規定に従い、定年退職となる予定でした。ところが、安倍政権は、黒川検事長の誕生日の直前の本年1月末、国家公務員法に定められた勤務延長に関する規定を適用し、勤務延長させることを閣議決定しました。

 本来であれば本年7月、現在の稲田検事総長が慣例に従って勇退し、名古屋高検林検事長が後任の検事総長に就任する予定となっていましたが、黒川検事長の勤務延長により、黒川検事長が検事総長に就任する可能性が出てきました。

 黒川検事長を勤務延長させる根拠となった国家公務員法の規定では、離島やへき地などで後任者がなかなか見つからない場合や、余人をもって代え難い名人芸的な技術を有する職員など、その職にあるものが定年退職すると業務に著しい支障がある場合に限り、特例的に勤務延長を認めることになっています。

自民党本部前にて

 しかし言うまでもなく東京高検検事長職は離島やへき地の職ではありません。そうすると黒川検事長には余人をもって代え難い名人芸的な技術があるということになりますが、はたしてどのような名人芸的な技術があるというのでしょうか。甘利明の贈収賄疑惑や小渕優子の政治資金規正法違反事件、森友事件など、これまでの安倍政権下での数々の政治犯罪を見逃してきたといわれる黒川検事長ですが、まさか「官邸の番犬」「政権の守護神」として安倍総理にすりよる名人芸的な技術があるとでもいうのでしょうか。

 そもそも検察官の定年は検察庁法に定められたものであり、国家公務員法の勤務延長に関する規定を用いて検察官を勤務延長させることには問題があるといわねばなりません。事実、これまでの政府見解は、国家公務員法の定年などに関する規定は、検察官には適用されないというものでした。

 なぜならば、検察官は一般職の国家公務員といっても、犯罪被疑者の起訴や不起訴、裁判、捜査、逮捕といった権限を持つ職であり、準司法官として極めて高度な独立性が求められているからです。

 まさに黒川検事長の勤務延長は、違法な勤務延長という他なく、そうした黒川検事長の違法な勤務延長に端を発し、それを後付けで正当化し、さらに今後の検察官の人事をわが物としようとするのが、このたび審議入りした検察庁法の改正案です。

国会前にて

 検察庁法の改正案では、検察官の定年を63歳から65歳に引き上げるとともに、一定の年齢になったら検事長などの役職につくことができず、また現任の役職からはずれなければならないという役職定年の制度などが設けられます。一方で法務大臣や内閣の定めにより、定年を迎えても勤務延長が認められ、役職定年を迎えても引き続き現認の役職に留任できる特例が認められることになっています。

 私たちは、こうした定年の引き上げやそれにともなう役職定年制度の導入そのものを問題視しているわけではありません。重要なのは、検察官の定年や役職定年に関し、法務大臣や内閣が認めれば、定年が延長され役職定年も適用されないというような特例が存在している法制度だということです。つまり法務大臣や総理大臣に気に入られた検察官は、定年を迎えても退職することなく引き続き勤務ができ、また役職定年を迎えても役職に留任することになります。逆をいえば法務大臣や総理大臣に気に入られなかった検察官は、定年や役職定年により検察を去り、また役職をはずされるということになります。

 こうした特例を認める検察庁法改正案は、まさしく準司法官たる検察官の人事に対し、時の内閣、政権の恣意的な介入を許す法制度であり、認めることはできません。

 法案審議のあり方にも問題があります。黒川検事長の違法な勤務延長について追及された森まさこ法務大臣の失言などが取りざたされたためか、安倍政権は検察庁法と国家公務員法の改正を一括し、内閣委員会で審議することにしました。これにより法務大臣が審議に出席せず、質疑もしないまま検察庁法が改正される可能性があります。

黒川検事長(右)と林検事長(左)

 現在、私たちの国は新型コロナウイルス感染症が蔓延し、政府は緊急事態宣言を発出するなど、大変な時にあります。市民には不要不急の外出はするなと自粛を求め、企業や個人事業主にはそれによる経済的損失を強要しながら、安倍総理は自分の保身のためにお気に入りの検察官を検事総長に就任させ、さらには今後の検察人事に介入する不要不急の法案成立を目指しています。

 アベノマスクはいつ国民に届くのでしょうか(別にいりませんが…)。特別定額給付金の給付はいつ実施されるのでしょうか。中小企業や個人事業主が大変な思いをしているなかで、それらを支援するための持続化給付金の給付はどうなっているのでしょうか。はたして安倍総理は今、検察庁法改正に熱をあげている場合なのでしょうか。「コロナで大変な時にお前は自分の保身しか考えていないのか!」─これこそが多くの人が抱いている感情であるはずです。

 私たちは検察庁法の改正に強く反対の声をあげていきます。

令和2年4月21日 新型コロナウイルス感染症の拡大を奇貨とした憲法改正や国家公務員・検察官定年延長(検察庁法改正)など自民党の火事場泥棒のような動きを糾弾しました

 新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、現在、医療関係者はもちろんのこと、多くの当事者が様々な立場から感染症対策に取り組み、また事態収拾と社会活動の維持のため奔走しています。市民も生活や経済活動に影響をうけながらも、政府や自治体による自粛要請に従っています。

自民党本部前にて social distance を保ちながら街宣しました

 一方、自民党・安倍政権は、こうした新型コロナウイルス感染症の拡大をあたかも奇貨とするごとく、緊急事態条項を盛り込む憲法改正議論を進めようとしたり、東京高検黒川検事長の定年延長に端を発する国家公務員や検察官の定年延長させる法案を審議入りさせるなど、緊急事態宣言発出下にあって火事場泥棒のような政策を進めようとしています。

 政府は過日、新型コロナウイルス感染症の拡大と、これにともなう休業などにより、収入が減少した世帯に30万円の給付を決めましたが、自民党は公明党と歩調を合わせ、政府に一律10万円給付を迫り、これを強引に認めさせました。一律給付そのものはとるべき対策の一つとしてありえるものですが、いま大事なのは、感染症対策の観点から市民の活動を事実上制限していることについての補償であり、防疫とワンセットの市民への補償であり、中小零細企業や個人商店への休業補償の実施に他なりません。

 こうした重要な対策は一切行うことなく、火事場泥棒のような憲法改正議論や検察官定年延長を含む国家公務員法の改正などあってはならず、自民党本部前で今やるべきことは何なのか訴えました。

 その後、アメリカ大使館前で、先日の普天間飛行場から発がん性が指摘されている有害物質PFOSを含む泡消火剤が流出した事件について、在沖米軍の無法や横暴と日米地位協定の問題を訴えました。

令和2年4月6日 阿波丸事件慰霊碑(増上寺)

 芝の増上寺の境内に建つ阿波丸事件慰霊碑を訪れ、犠牲者を慰霊・追悼しました。

阿波丸事件慰霊碑

 阿波丸事件とは、先の大戦中の昭和20年4月1日、シンガポールから日本に向けて航行していた貨客船「阿波丸」が台湾海峡で米軍潜水艦による攻撃で撃沈され、2千人以上の乗船者が死亡した事件です。米軍潜水艦により学童疎開船「対馬丸」が撃沈された対馬丸事件ほど知られてはいませんが、大変痛ましい事件といわねばなりません。

 一方、阿波丸事件は痛ましい事件というばかりか、深刻な国際法上の問題のある事件でした。すなわち阿波丸は戦時下にあって、日米が捕虜や拘束された民間人のための物資を運搬するための船舶であり、阿波丸の安全航行は日米が協定し保障されていました。

 しかし昭和20年4月0日、台湾海峡付近を航行中、阿波丸は米軍潜水艦により撃沈され、乗船者ほぼ全員が亡くなったのです。

 日本側は事件直後より、戦時国際法違反として米側に抗議し、米側も責任を認め、終戦後に賠償などを実施する意思を示しました。そして終戦となりますが、マッカーサーが賠償について難色を示し、結局米国が占領中、日本に対し多大な支援、援助をしたことへの「感謝」として、日本側が賠償請求権を放棄することが国会で決議されました。

増上寺

 この決議は民自党と民主党が共同して発議されたものでしたが、共産党や社会党などは反対し、大きな論戦となりました。

 阿波丸事件は結局、日本側が犠牲者へ見舞金を支払い、船主の日本郵船にも損害を補填し決着しました。米国の戦時国際法違反の追及は当然必要ですが、そればかりか阿波丸事件について日本側が賠償請求権を放棄しつつ、他方で日本側が戦争被害者に見舞金を支払い、損害を補填した実例からは、現在、日本政府がサンフランシスコ条約で日本側が請求権を放棄したことを理由に補償、賠償をしようとしない東京大空襲などの被害者やその遺族への見舞金、損害補填などの道にもつながってくることにもなります。

 阿波丸事件の犠牲者を悼み、その死を無駄にしないように、今なお終わらない戦時賠償について考えていく必要があります。