令和2年2月1日 KAEI SEMINAR『国体論』と沖縄・アジア 講師:白井聡さん

 京都精華大学人文学部で専任講師として研究・講義をなさっている白井聡さんをお招きし、KAEI SEMINAR の講師にお招きし、「『国体論』と沖縄・アジア」とのテーマでお話しをお伺いしました。

セミナーの様子

 白井さんは主著の『永続敗戦論』や『国体論』などにおいて沖縄の問題を取り上げている他、様々な媒体での記事で沖縄の問題について発言しています。

 そのなかでも白井さんは沖縄について、敗戦を否認しアメリカに従属する「戦後の国体」の「構成的外部」にされたと分析し、沖縄に米軍基地が集中されることにより、「暴力としてのアメリカ」と「文化としてのアメリカ」の二面性が隠ぺいされ、「本土」では後者のみを楽しく消費している状況にあると厳しく指摘されました。

 また、アジアの問題としては、2年半前の米朝緊張について取り上げ、北朝鮮への圧力を叫ぶ安倍総理による国連演説は、朝鮮戦争の終結により「戦後の国体」が崩壊するくらいならば、むしろ朝鮮戦争が再開して欲しいという本音のあらわれではないかとします。

 その上で、こうした「戦後の国体」は「戦前の国体」と同じ歩みをしており、「戦前の国体」が70数年で崩壊を迎えたように、「戦後の国体」も早晩崩れ去れるのではないかとお話しされました。

 非常に刺激的で、また勉強になりました。講演いただいた白井さん、そしてご参加いただいた皆様に御礼申し上げます。

 次回の KAEI SEMINAR の予定が決まりましたら、またご案内させていただきます。

令和2年1月25日 花瑛塾第22次沖縄派遣団③(映画「ふじ学徒隊」鑑賞など)

 花瑛塾第22次沖縄派遣団は25日、コザ(沖縄市)のシアタードーナツ・オキナワにて上映中の短編ドキュメンタリー映画「ふじ学徒隊」を鑑賞しました。

ふじ学徒隊を追ったドキュメンタリー!映画『ふじ学徒隊』予告編

 沖縄戦時、私立沖縄積徳高等女学校の女学生たちは、積徳学徒隊(ふじ学徒隊)として豊見城の野戦病院に看護補助員として動員されました。訓練も充分に受けないまま野戦病院に動員され、大変悲惨な思いをします。

 映画では、そうしたふじ学徒隊の生存者の元女学生たちのインタビューがまとめられており、沖縄戦の悲痛や苦痛が語られている他、軍医の小松勇介氏の「人間の尊厳」の配慮なども語られており、厳しい環境の中でも希望を失うことなく生きた女学生たちの姿が映画となっています。

 鑑賞後、那覇市の大典寺に建立されている積徳高等女学校慰霊之碑を訪れ、犠牲者を慰霊しました。

 その後、浦添市の平敷兼七ギャラリーにて沖縄の写真家である平敷兼七氏撮影の写真展「辺野古1968-1972」を鑑賞し、桶を持って風呂坂を歩く女性たちなど、今では見ることのできない往時の辺野古の人々の日常の生活を写し出した作品に接しました。

 また沖縄県立博物館・美術館を訪れ、開催中の企画展「作家と現在」にて、写真家の石川竜一、伊波リンダ、根間智子、ミヤギフトシの各氏の作品を鑑賞しました。各氏の作品から沖縄を感じることはもちろんながら、写し出された綺麗なビーチで楽しむ米兵の姿など、過去と現在が融合されたような、あるいは時代を錯覚するような作品に接し、衝撃を覚えました。

令和2年1月23日 花瑛塾第22次沖縄派遣団②(北部訓練場)

 花瑛塾第22次沖縄派遣団は23日、沖縄北部の米軍演習場「北部訓練場」前での訴えがけと、北部訓練場返還地の調査を行いました。

北部訓練場メインゲート

 午前中は、北部訓練場メインゲート前にて、沖縄の誇る政治家である西銘順治が沖縄の心として表現した「やまとんちゅになりたくてなりきれない心」との言葉は、これはけして否定的な意味ではなく、むしろ沖縄の誇りをいうものだととらえ、沖縄の心に基づいて誇り高く基地のない沖縄を目指そうと語りかけました。

 その後、北部訓練場の返還地に入り、米軍が廃棄したと見られる機関銃の銃弾や弾倉など危険な物品をはじめ各種の廃棄物を発見、回収しました。

 平成28年末に北部訓練場の過半が返還されましたが、その返還地では今なお銃弾など危険な米軍の廃棄物が無数に放置されています。米軍が演習地でどれだけ危険でやりたい放題の演習をしていたのかわかるとともに、沖縄防衛局と「いであ」社が行ったとする廃棄物撤去などの返還地の支障除去作業は適切だったのか考えざるをえない。

返還地で発見した銃弾

 なお、返還地で銃弾などの危険物を発見し警察に通報しても、警察は回収しようとしません。東京都内にも練馬の旧キャンプ・ドレイクなど米軍基地の返還地はありますが、もしそこで米軍が投棄したと見られる銃弾が見つかったとして、警察が回収にもこない、マスコミが報道もしない、誰も関心をもたないなんてことがあるでしょうか。

 沖縄であれば返還地に銃弾が放置されていても仕方ないということはありません。本来であれば米軍自身が自分たちの捨てた廃棄物を回収するべきですが、警察や沖縄防衛局はじめ日本の行政機関も返還地において適切に職務を執行するべきです。

令和2年1月22日 花瑛塾第22次沖縄派遣団①(北部訓練場返還地における銃弾など米軍廃棄物の調査)

 花瑛塾第22次沖縄派遣団は22日、沖縄北部の東村・国頭村にまたがる米軍演習場「北部訓練場」の返還地に入り、銃弾をはじめとする米軍が投棄したと思われる廃棄物などの放置の実態を調査しました。

発見された空包

 米軍施政権下に設置された北部訓練場は沖縄最大級の広大な米軍演習場ですが、平成28年12月に訓練場内に四ヵ所のヘリパッド(先行して建設されたヘリパッドを含めると六ヵ所)の新設と引き換えに、その過半が返還されました。

 沖縄防衛局は返還後一年をかけ、「いであ株式会社」を通じて返還地に投棄された米軍の廃棄物の撤去など支障除去作業を行いました。しかし、今日に至るまで、銃弾や照明弾、ドラム缶、巨大な鉄板など、危険物や法令に触れる物も含め、様々な米軍の廃棄物・残置物が見つかり、放置されています(必要に応じて、チョウ類研究者のアキノ隊員が回収できる物は回収したりしているそうです)。この日の調査でも、大量の空包やオイル缶、ケーブルボビンなどを発見しました。

 はたしていであ社は、北部訓練場返還地の廃棄物の撤去など支障除去作業をきちんと実施したのでしょうか。また沖縄防衛局はいであ社による支障除去作業を適切に監督し、作業が正当に行われたのか確認したのでしょうか。一年をかけて支障除去作業をやったにしては、あまりにも多数の廃棄物の放置が確認されており、作業のずさんさを感じます。

発見された空包とオイル缶のようなもの

 政府は北部訓練場返還地を含む沖縄北部一帯を世界自然遺産に登録しようとしていますが、銃弾をはじめとする危険な米軍廃棄物が放置されている地域を世界自然遺産に登録していいのでしょうか。また登録されれば、今後の米軍廃棄物の撤去なども難しくなるかもしれません。

 いであ社は現在、北部訓練場返還地の支障除去作業を再開し、現在実施中とのことですが、適切な作業の実施が求められるとともに、沖縄防衛局もいであ社の作業の実施状況をきちんと指導監督するべきです。

令和2年1月12日、19日 埼玉県護国神社雅楽会吹始め、埼玉県護国神社清掃奉仕

 1月12日、埼玉県護国神社にて同社雅楽会の吹始めが行われ、奉納演奏のための雅楽のお稽古を行いました。

 雅楽会有志として昨年8月14日、埼玉県護国神社みたま祭前夜祭で奉納演奏などを行っています。

 また19日、埼玉県護国神社清掃奉仕の会による同社境内の清掃奉仕が行われ、参加しました。

 同社を正式参拝した後、参加者で境内の落ち葉拾いや玉砂利の整備など、約一時間程度、清掃奉仕を行いました。

 埼玉県護国神社清掃奉仕の会はこれまで長年にわたり、年4回、埼玉県護国神社の清掃奉仕を行っている他、大きなお祭りの設営などの奉仕を行っています。

令和2年1月14日 「葦津家之墓」墓参

 戦前の神道家・実業家、そして言論人である葦津耕次郎、およびその子珍彦の眠る「葦津家之墓」を墓参しました。

 葦津耕次郎は明治11年(1878)、筥崎宮の神職である父磯夫と母とらの次男として福岡県箱崎の地に生まれ、筥崎宮に奉職し神明奉仕に励み、後には鉱山業や社寺建築業を営む実業家として活躍する一方、朝鮮神宮御祭神論争など神道・神社の見地から時の政治・社会問題に発言する言論人としても活躍し、昭和15年(1940)に亡くなりました。

 珍彦は明治42年(1909)、そんな父耕次郎と母ナニハの長男として生まれ、戦前は時にアナキズムや社会主義の思想に親しむも、耕次郎の跡を継いで社寺建築業を営みながら、神道的言論人として戦争に向かう時の政治を厳しく批判、戦後は神社本庁の設立に尽力し、活発な言論活動を展開しました。その言論は各方面に多大な影響力を有し、雑誌『思想の科学』の中心的人物である哲学者の鶴見俊輔と親しく交わったことはよく知られています。

 珍彦は平成4年(1992)に亡くなり、戦前より居を構えた鎌倉の地に耕次郎とともに(母ナニハや珍彦の妻テルも同じであろうが)「葦津家之墓」に眠っています。

【解説】中東沖への自衛隊派遣は石油タンカーなど日本商船を護衛するための措置ではない

自衛隊が日本の石油タンカーを護衛する?

 米トランプ大統領は9日、イスラム革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害へのイランの報復攻撃をうけ、「軍事力を用いたくない」と発言した。これにより米国とイランの報復の連鎖という決定的局面はぎりぎりで回避された。

イランへの報復は行わないと発表するトランプ大統領:AFP 2020.1.9

 しかし、米国はイラン核合意からの一方的な離脱を見直そうとせず、ソレイマニ司令官殺害という無法への反省もない。米国とイランの対立は、本質的には何もかわっていないのである。

 一方で日本政府も昨年末に閣議決定した海上自衛隊哨戒機・護衛艦など中東沖への自衛隊派遣について見直そうとしていない。安倍首相自身が中東各国歴訪を急遽取りやめたというのに、である。

 こうした自衛隊派遣反対の世論は日を追うごとに高まっているが、反面、中東沖への自衛隊派遣について、危険なイラン周辺海域を航行する石油タンカーなど日本の商船を護衛する任務なのだから、日本の資源や日本人船員の命を守るためにはやむをえないのだ、あるいはもっと積極的に派遣するべきだ、という言説も散見される。

 結論からいうと、それは事実ではない。派遣される自衛隊に日本商船護衛の任務はない。以下、それについて確認したい。

自衛隊派遣の根拠は「調査・研究」

 今回の中東沖への自衛隊派遣は、防衛省設置法第4条の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」を根拠とする。あくまで現地情勢を「調査・研究」し、安全確保に向けた情報収集態勢を強化するため自衛隊は派遣されるのであり、そもそも中東沖を航行する石油タンカーなど日本商船の護衛の任務は与えられていないのだ。

 過去、ソマリア沖での海賊事案に対処するため、海上自衛隊が中東沖を航行する日本の商船を含む各国商船を護衛する海賊対処行動があったが、これは国連安保理決議を前提としつつ、当初は発令された海上警備行動に基づき、後には新たに制定された海賊対処法に基づいて派遣された。つまり自衛隊による商船護衛には、それ相応の根拠法令や手続きが必要であり、それはけして防衛省設置法に基づく「調査・研究」といったものではできない。

不測の事態における武器使用について

 今回、中東沖に派遣される護衛艦に対し、他国や何らかの勢力による攻撃という不測の事態の発生が考えられる。その場合は当然、正当防衛の範囲内で武器を使用して反撃することは可能である。しかし、それは言うまでもなく「日本商船の護衛」とは無関係である。

中東沖へ派遣予定の護衛艦「たかなみ」 出典:海上自衛隊ホームページ

 日本の商船が攻撃された場合、海上警備行動が発令されれば、護衛艦が攻撃された商船に駆けつけ、武器を使用し対処することは可能である。ただし、海上警備行動の発令には閣議決定が必要であり、すぐに対処できるというものではない。また、それはあくまで不測の事態の発生をうけての保護・救出であり、「護衛」とは異なる。

 といっても、あらゆる日本の商船に対して武器を使用して保護・救出ができるものではない。国際法上、あくまで日本船籍の商船に対してしか武器使用は認められていない。

 しかし、中東沖を航行する日本船籍の商船は圧倒的に少なく、ほとんどの日本向け商船は外国船籍である。外国船籍だが日本企業が運航する商船、外国船籍だが主たる貨物が日本向けの商船、あるいは外国船籍だが日本人船員が乗船する商船などを「日本関係船舶」というが、こうした日本関係船舶に対する対処の場合、海上警備行動が発令されても武器使用は認められていないのである。

自衛隊が派遣される海域はどこか

 自衛隊が派遣される予定の海域も、イラン周辺海域というわけではない。

自衛隊が派遣される予定の海域:日経新聞2019.12.4

 今回、自衛隊が派遣される予定の海域は、あくまでもイエメンやソマリア沖のアデン湾、あるいはオマーン付近のオマーン湾、そしてアラビア海北部の公海上であり、イランと近接するホルムズ海峡やペルシャ湾とは異なる。

 中東における日本の原油輸入先は、主にサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールなどである。こうした国々から原油を日本に運搬する場合、石油タンカーはペルシャ湾やホルムズ海峡などイラン周辺海域を航行するが、そこには自衛隊は派遣されない。

 その上で、今こうしている間にも、イラン周辺海域は各国の石油タンカーが無数に航行しているが、それらの商船がイランに攻撃されているわけではないことはしっかり確認したい。イランのイスラム革命防衛隊は昨年7月、ホルムズ海峡で英国のタンカーを拿捕したが、それは英国によるイラン商船の拿捕への報復といわれており、事の是非はともかく、無差別な軍事攻撃を行っているわけではない。

 危険な任務に就く日本船籍商船や日本関係船舶、あるいは日本人船員、そればかりではなく各国の商船や船員には敬意を払うものだが、現地の情勢を冷静に見通す視線は必要ではないだろうか。

なぜ自衛隊は中東沖に派遣されるのか

 それでは、なぜ自衛隊は中東沖に派遣されるのか。

 それは米国が昨年、ホルムズ海峡やペルシャ湾の石油タンカーなど商船を護衛するために呼びかけた「有志連合」への事実上の参加と考えられる。

 もちろん日本政府は公式には有志連合への参加を否定しており、先ほど述べたように自衛隊の派遣海域もイラン周辺海域とは異なる。また商船護衛の任務もない。

 そもそも日本はイランの油田開発などに参入し、巨大な石油権益も保持していた。過去、日本はイランから大量の石油を輸入しており、日本とイランの関係は長く友好的であった。昨年は安倍首相がイランを訪問し、ロウハニ大統領や最高指導者のハメネイ師とも首脳会談を行っている。

イランの南アザデガン油田 日の丸油田ともいわれたが、経済制裁により開発が挫折:2018.11.5

 しかし、米国とイランは「宿敵」ともいえる関係にある。オバマ政権下でイラン核合意が実現されたものの、トランプ大統領は核合意からあっさりと離脱し、イランへ制裁を科すなど敵意をむき出しにしている。また経済制裁により日本の石油権益も失われてしまい、石油の輸入も途絶えてしまった。

 こうした状況下、米国の有志連合の呼びかけには応じなければならないが、かといってイランとの決定的な対立は避けたいという板挟みにあって、有志連合とは別のかたちで自衛隊を派遣し、米国の顔を立てながらもイランとの敵対を避けるという、日本政府の矛盾に満ちた外交の行き着く末が今回の中東沖への自衛隊派遣といえる。

 安倍首相は「外交の安倍」を自称し、米国とイランの仲介役になると語っていたが、結局は米国とイランの緊張緩和を実現することもできず、両国の対立関係のなかで追い込まれに追い込まれ、なすすべもなく、派遣の法的根拠も曖昧、手続き上も問題があり、それでいて日本の商船を護衛するわけでもない、何の効果があるかもよくわからないが、しかし非常に危険な自衛隊派遣に乗り出そうとしている。

 絶対安全圏の権力者が、自分が助かるために若者を死地に送るのが戦争の本質である。そして、そのために「国家を救うためだ」「祖国を守るのだ」「国民の命が危険にさらされている」「平和を実現するためには犠牲もやむを得ない」といったプロパガンダのような言説も動員される。

 今回の自衛隊派遣とそれを肯定するための「自衛隊が石油タンカーを護衛する」「日本人船員の命を守れ」といった言説に、そうした闇を見るものである。

【高まる米国・イランの軍事的緊張】日本は中東沖への自衛隊派遣を撤回し、非軍事・平和外交による「戦わないための戦い」を全力で戦おう

米国によるイラン革命防衛隊幹部の殺害と中東の緊張

 令和2年、2020年の新しい年を迎えたばかりの1月3日、驚くべきニュースが飛び込んできた。米国防総省がこの日、イラクのバクダッド国際空港を空爆し、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を殺害したと発表したのである。

殺害されたソレイマニ司令官:BBC 2020.1.3

 イランの最高指導者ハメネイ師は「手を血で汚した犯罪者を待っているのは厳しい報復だ」と報復を宣言し、ザリフ外相も「極めて危険で愚かな緊張の拡大だ」と米国を強く非難した。またラバンチ国連大使も「我々は目を閉じていられない。間違いなく報復する。厳しい報復だ」と米側記者団に語り、軍事行動に出るとも宣言した。

 今回の米国の軍事行動では、イラクのシーア派組織の連合体である人民動員隊の指導者ムハンディス氏も殺害されたため、人民動員隊の全戦闘員が戦闘準備に入ったとも伝えられている。

 イラクのシーア派組織はレバノンのシーア派組織であるヒズボラとも関係が深い。そのためヒズボラは対米報復を宣言している。また、ヒズボラは過去、イスラエルへのロケット弾攻撃などの武装闘争も行っているが、そのイスラエルは米国の軍事行動を支持しており、イランのみならず中東全域で軍事的緊張が高まっている。

米国の軍事行動の問題点とトランプ大統領の浅慮

 トランプ大統領は今回の米国の軍事行動について、ソレイマニ司令官が米国人に対する「差し迫った邪悪な攻撃」を企てていたため、ソレイマニ司令官殺害を指示したと明らかにした。また「彼は非常に大規模な攻撃を計画していた。我々は彼を仕留めた」、「戦争を避けるための措置だ」などとも述べ、軍事行動を正当化した。

 米国防総省は「ソレイマニ司令官がイラクや中東全域で米国の外交官や米兵を攻撃する計画を進めていた。ソレイマニ司令官とコッズ部隊はこれまで、数百人の米国人を殺害した」、「米軍は大統領の命令で、海外展開する人員を守るために決定的な自衛行動を取った」などと説明し、米国に対する新たな攻撃を防ぐための先制攻撃であり、自衛の措置だったと声明した。

米国により空爆された車両:CNN 2020.1.4

 もちろんイスラム革命防衛隊は慈善団体でも何でもない。純然たる軍事組織であり、ソレイマニ司令官はそのなかでも精鋭部隊を率い、イラクにおける反米闘争を指揮してきたといわれる。彼はけして無辜の民ではないし、まして平和の使者というわけでは全くない。米国がソレイマニ司令官を非難し、その罪状を追及することそのものには、一定の道理もあろう。

 しかし、だからといってイラクという一つの国家の領域内において、イラクにとっての他国である米国が、さらに他国であるイランの要人を殺害するために軍事行動をとるなどということは、イラクの主権を侵害する行為に他ならない。イラクのアブドルマハディ首相は、米国の軍事行動は駐イラク米軍地位協定違反であると抗議している。そればかりかこのたびの米国の軍事行動は、先制攻撃として自衛権に関する国連憲章に違反する重大な疑義がある。

 また、米国の軍事行動は、中東全体の軍事的緊張を高め、ただでさえ一触即発の状態にあった米国とイランの対立を決定的にするものであり、後戻りできない状況に両国を追い込み、軍事衝突の段階にあえて突入しようとする挑発以外の何ものでもない。これまで米国の指導者は、ソレイマニ司令官の反米闘争について注視し、彼の排除を目論んできたが、それでもなお事の重大性に鑑み、彼に手を出すことは控えてきた。こうした経緯を踏まえると、このたびの米国の軍事行動とそれを指示したトランプ大統領の判断は、あまりに浅はかで、米国とイラン、そして世界を危険にさらす暴挙といわざるをえない。

日本の進むべき道─「戦わないための戦い」を全力で戦おう
中東沖での自衛隊の活動範囲:日経新聞2019.12.27

 事態が緊迫するなか、これまでにイランを訪問し、ハメネイ師やロウハニ大統領と首脳会談も行った安倍首相は、何か特別な対応をするわけでもなく、映画鑑賞にゴルフにと正月休みを満喫している。

 プレー中のゴルフ場で中東情勢について問われた安倍首相は、「再び中東を訪れたい」などと答えたようだが、そもそも昨年の安倍首相のイラン訪問は、米国がイラン核合意から離脱するなか、米国とイランの緊張緩和を目指すものではなかったのか。今回の軍事行動に至るまで、安倍首相はどのような外交努力をし、両国の緊張緩和をはかったというのか。そして今、彼は何をやっているのか。安倍首相は「外交の安倍」ではなかったのか。

 安倍首相が行うべきは何よりもまず、防衛省設置法の「調査・研究」に基づく海上自衛隊護衛艦や哨戒機など中東沖への派遣という昨年末の閣議決定を、ただちに撤回することだ。

 それはけして「弱腰外交」などではない。また、中東の混乱や緊迫から日本が逃げることを意味するものではない。

 そもそも軍事的に緊張する米国とイランの間に、さらに日本が軍事力で介入することは、まさしく火に油を注ぐ行為である。たとえこのたびの自衛隊派遣がホルムズ海峡やペルシャ湾から遠ざかり、必ずしも米国が呼びかける「有志連合」に参加するものではないとしても、このタイミングで中東沖に実力組織を派遣することが、どれだけ危険な政治的メッセージか少し考えればわかることだ。まして特措法や国会承認に基づかない防衛省設置法による「調査・研究」のための自衛隊派遣など、絶対にあってはならない。

イランが「報復」を宣言するなか、ゴルフに興じる安倍首相:共同通信2020.1.4

 軍事力と軍事力のにらみ合いのなかに軍事力を繰り出すのではなく、今こそ日本は非軍事・平和外交をもって米国とイランの緊張緩和という困難ながらも崇高な使命を達成するべきだ。「戦わないための戦い」である。それはオバマ政権下で実現したイラン核合意の枠組みへ米国が復帰するようトランプ大統領に呼びかけることであり、イランに対しては軍事的報復を絶対にしないよう自重を求めること、そして国際社会全体が「平和の有志連合」となり、米国とイランが短兵急な行動をとらないよう「平和のバリケード」を築き上げることである。

 神社界を代表するメディアである神社新報は昭和25年7月、折からの朝鮮戦争と、それによる日本再軍備と日本人義勇軍の朝鮮半島への派遣問題をうけて、社説において

不法なる武力に侵略された国々と人々の不幸に対しては、同情の念禁じがたきものがある。さればとて、その同情の故に武器を携へて救援に赴くと云ふが如きことは、少くとも現在の日本人のなすべきことではない。

 われわれは、平和を守るためには、強きますらをの魂を有たねばならぬ。かの八月十五日以来、われわれは新しい道を発見したはづである。

 かの聖ガンヂーも云つたやうに、たとへ侵略者は不法な領土の占領を敢てすることができても、われわれを統治することはできないであらうし、況やわれわれの精神と思想とを支配することはできないであらう。現下の日本人にとつて、最も必要なのは、侵略者に対抗するための軍備を急ぐことでもなければ、武器を携へて海外の義勇軍に身を投ずることでもない。

 百万の侵略軍の威圧下にあつても、心臆せず、毅然としてわが信仰を守り通し得るだけの精神的威力を養ふことである。この精神的威力こそが、平和にして然も赤化の暴力に対抗し得る日本人の第一の武器とならねばならぬ。

とあくまでも平和を求め、にわかに現実化する再軍備を批判し、朝鮮半島への義勇軍派遣に反対している。これこそ戦後間も無くの青年神道家の良質な思想である。

 時に蛮勇を振るうことも必要だが、匹夫の勇をもって覇を唱えることは日本の進むべき道ではない。中東の混乱を収束させ、多くの人々の命を救うためにも、日本は非軍事・平和外交の「戦わないための戦い」を全力で戦おう。「外交の安倍」が本当に「外交の安倍」ならば、それができるはずだ。

 以下、参考までに昨年の「有志連合」構想についての花瑛塾の見解を掲示しておく。

イラン沖「有志連合」の結成と日本の参加に反対する 「外交の安倍」は平和的解決のため今すぐ行動を

令和元年の終わりに

お代替わりと自然災害、被災者

 早いもので今年も間も無く暮れようとしています。

 今年一年を振り返りますと、何といっても上皇陛下の退位と、それに伴う天皇陛下の即位、そして改元など、平成から令和へのお代替わり(「御代替わり」は歴史的には「みよがわり」ではなく「おだいがわり」と読まれてきたそうです)が思い起こされます。この一年、お代替わりに関する様々な儀式や行事が目白押しでしたが、恙なく執り行われましたこと、まことによろこばしい限りでした。

 昭和から平成へのお代替わりにおいては、「天皇決戦」なるスローガンを掲げた過激派が爆弾闘争を繰り広げたといわれていますが、このたびのお代替わりにおいては、そうしたテロ・ゲリラが起きることもなく、まさに隔世の感をおぼえます。

 一方で、今年立て続けに発生した豪雨や台風といった自然災害を考慮し、即位礼の祝賀御列の儀(いわゆる祝賀パレード)が延期となりました。

 30年前のお代替わりにおいて吹き荒れた過激派の爆弾闘争も、お代替わりそのものには何らの影響を与えることもできませんでしたが、このたびのお代替わりにおいては、自然の猛威を前にしてそうはいきませんでした。

 お代替わりをとめたのは、「天皇決戦」「大喪の礼粉砕」「即位の礼粉砕」「天皇制打倒」を呼号した過激派の爆弾闘争ではなく、自然災害であった──この事実は、私たちの国、私たちの社会が、これから真に立ち向かうべきものは何かをよくあらわしているように思います。

ブルーシートに覆われた屋根が目立つ館山・布良:毎日新聞2019年10月31日

 また、被災者たちは、つい最近まで避難所暮らしを余儀なくされ、今なお多くの人が仮設住宅に住んでいます。台風により破損した家の屋根をブルーシートで覆った状態で年を越す被災者も少なくありません。

 昨年12月23日、天皇陛下として最後の天皇誕生日に際し、上皇陛下はこれまでのご生涯と象徴天皇としてのつとめを振り返るお言葉を述べられましたが、そこで上皇陛下は

この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。

と述べています。天皇陛下も先日、台風19号により大きな被害をうけた宮城県や福島県の被災地を訪れ、被災者を見舞われましたが、今年一年がお代替わりの年として記憶される一方で、私たちも上皇陛下や天皇陛下が常に寄り添われている被災者の身の上に思いを致し、国民とともにある象徴天皇の意味を考え、その意義を発揚していく必要があるのではないでしょうか。

「粉飾決算」としてのアベノミクス

 この寒空の下、路上・野外で年の瀬を過ごすことを余儀なくされた路上生活者・野宿者が多数います。また、困窮や病に苦しんでいたり、障害を持つなかで、明日どうなるかわからない不安定な状況で年を越す人も多くいます。

アベノミクスの「偽装」:朝日新聞2019年2月7日

 先ほど述べた台風などの被災者への支援も充分ではありませんが、こうした社会的な弱者への行政による福祉もあまりに不充分なのが現実です。厳しい経済状況のなかで、行政は福祉への予算措置を真っ先に削減しており、被災者や社会的弱者への手当ては行き届いていません。

 一方で安倍政権は「アベノミクス」なる経済政策により過去最長の好景気が続いていると吹聴しています。それが事実であれば、なぜ福祉の予算が削減されているのでしょうか。なぜ福祉を受けられない社会的弱者がいるのでしょうか。なぜそれだけ好景気でいながら、社会全体にそんな余裕がないのでしょうか。

 今年早々には毎月勤労統計の不正が発覚しました。安倍首相が「アベノミクスの成果」と言い張る名目GDPの上昇にも、データの水増しが指摘されています。いわばアベノミクスとは不正なデータ操作によるところの「粉飾決算」であり、「過去最長の好景気」は実際は架空・偽装だという可能性があります。

 実際に実質賃金は上昇しておらず、デフレ脱却も実現していません。さらに秋元司議員の汚職事件で話題となったアベノミクスの成長戦略の柱であるIRですが、その本質は単なるカジノ・賭博・博打であり、アベノミクスの成長戦略の内実は、非常にお寒いものがあります。

民主主義の腐敗を養分とする安倍政権

 今年の春に開催された「桜を見る会」で、安倍首相は「平成を名残惜しむか八重桜」「新しき御代寿ぎて八重桜」との俳句を詠みました。新しい元号となった「令和」について、「俺が命名したんだ」「俺の時代なんだ」とでも言いたげな俳句ですが、実際にこれまで元号は漢籍を典拠としたところ、安倍首相から万葉集に限定して元号案を作成するよう中西進氏に指示があったそうであり、まさに「俺が命名したんだ」「俺の時代なんだ」と思うほどの「元号私物化」が行われていました。

今年の桜を見る会で挨拶する安倍首相:毎日新聞2019年12月26日

 桜を見る会と私物化といえば、この桜を見る会そのものの私物化、公的行事や公金の私物化が国会で厳しく追及されました。しかし「桜」の追及から身をかわし、国会・予算委員会から逃げ続けました。参院規則で開催しなければならない予算委員会すら開催しないという、恐るべき国会軽視が堂々と横行しています。

 先日のNHKスペシャルで麻生副首相・財務相が「この政権は強いんだ」と言い放ったそうですが、国会からも逃げ、記者からも逃げ、公金で支持者・後援者・有権者を買収し、批判には一切耳を傾けなくていいのであれば、それは強い政権が維持できるでしょう。間違いなく安倍政権は強い政権であり、図太い政権です。

 安倍政権は強く、図太く、国会から逃げ、マスメディアから逃げ、国民から逃げ続け、そして民主主義を腐敗させていきました。そうした民主主義の腐敗を養分とし、長期政権が維持されていったのです。そこに元号私物化、公的行事私物化、外交私物化、国有地私物化という国政私物化・国家私物化というさらなる強烈な腐敗が常態化していきました。

 どれだけ安倍政権を批判しても何も届かず、何もかわらず、攻撃は最大の防御とばかりに恣意的に解散権を行使し、野党をなぎ倒し、何年にもわたって絶対多数の政権を維持し続ければ、国民・有権者が政治的関心を失うのも当然のことです。何もかわらないのだから怒りも湧かないし、期待を持つこともないでしょう。もちろん、政治的関心を失った国民・有権者が選挙権を行使するわけはなく、安倍一強は維持され続けます。

 そうであれば、この大情況を変革するのは簡単な話なのかもしれません。民主主義に血を通わし、民主主義の腐敗を断ち切り、彼らに養分を与えないこと。すなわち国会やメディアがしっかりと政権を批判、追及し、人々が声をあげていくことです。何事もなければ、来年早々の通常国会では「桜」の追及が再開されます。この通常国会ばかりは安倍首相でも逃げることはできません。実際に今年、「桜」に関する予算委員会質疑一つで情勢は大きくかわりました。民主主義が機能すれば、この政権はあっという間にぐらつくのであり、来年にはその機会が待ち受けています。

 もちろん、通常国会の冒頭で安倍首相が衆議院を解散する可能性はあります。こうした恣意的な解散権の行使そのものが民主主義の腐敗の象徴ですが、野党がしっかりと連携し、きちんとした政権構想を打ち出し、国民・有権者の声を反映する態勢を確立すれば、解散総選挙でも勝利の余地はあります。少なくとも負けない戦いはできるでしょう。そうした時、国民・有権者は「政治はかわるのだ」という実体験に基づき、政治的当事者としての感覚を取り戻すことになり、また一つ民主主義に血を通わし、安倍政権の養分を断つことができるでしょう。

千万人と雖も我往かん

 神道言論人葦津珍彦は「一票の無力さの実感」という小論で

日本国では、いつも選挙が行われており、国民は一票を投ずる。国民たれもが投票権をもっており、主権者だといわれている。だが投票をするたびに、その一票の無意味さを痛感させられる。その一票が国の意思を定めえたとの実感がない。これは保守とか革新というのではなく、自分の意思、精神というものを多少でも明瞭に見つめている人には、共通の心理なのではあるまいか。

と述べています。まさに現代の政治状況に通じるような一節ですが、葦津はけして自身の一票を数千万人の有権者のうちの一票、すなわち自身の意思と祖国の意思の関わりは数千万分の一のものと考え、国の行く末に無気力・無関心であってはならないとします。中国の孟子からヨーロッパのルソーまで、天意と表現するか一般意思と表現するかは別として、祖国の意思と自身の意思は全的に直通しており、そこにおいて祖国への忠誠があり得ると葦津はいうのです。

 孟子はそれを「千万人と雖も我往かん」とも表現しますが、まさしくそうした精神こそが現在の安倍政権のぐらつきを生み出していったものだと思います。高江ヘリパッド建設による北部訓練場の一部返還式典から3年の月日が経ちますが、あのころ権力の絶頂の高みから沖縄に襲いかかっていた菅官房長官など、今や記者会見の場でも記者の追及に右往左往し、「ポンコツ」扱いされています。人々が自身の意思に確信をもって政権に立ち向かう時、状況は必ず変化していきます。

 来年もまた「千万人と雖も我往かん」の矜持をもって、戦っていきたいと思います。引き続きのご支援とご協力、ご指導ご鞭撻、叱咤激励をよろしくお願い申し上げます。

令和元年12月22日 アキノ隊員のグアム・やんばるトーク(ONE LOVE 高江)

 「アキノ隊員のグアム・やんばるトーク」(主催:ONE LOVE 高江)に参加し、お話しを伺いました。

お話しされるアキノ隊員

 第一部では、NAKAMURA MIZUKI 氏がグアムの米軍基地建設についてお話しされるとともに、アキノ隊員(宮城秋乃氏)がグアムの昆虫や生態系についてお話しされました。

 特に NAKAMURA MIZUKI 氏は、パレードが有名な毎年7月21日のグアム解放記念日に触れるなかで、グアムはアメリカの一部であっても自己決定権がない理由などを掘り下げながら、沖縄とアメリカの関係とグアムとアメリカの関係を対比しつつ説明いただきました。

 第二部はやんばるトークとして、アキノ隊員が北部訓練場返還地のリアルタイムの状況をお話しされました。

 直前に北部訓練場内に進入したとして市民が刑事特別法で逮捕される事件がありましたが、基地に進入した市民を刑特法を用いて弾圧はするけど、日米合同委員会における日米合意(密約)によって米軍は野放しというなんとも情けない日本の体制側にガッカリするし、わじわじする(「腹が立つ」という意味の沖縄の言葉)というアキノ隊員の思いから、日本がいかに植民地であるかということを痛感しました。

 また、この日、昨年に引き続き、埼玉県護国神社で開催された餅つき大会に参加しました。この餅つき大会は今年で4回目であり、実行委員として毎回参加させていただいています。

 今年も50kgものもち米を使って、神前に奉納するのし餅と参加者に振る舞うお餅をつき、その後に神事が執り行われ、神前にお餅を献上し、篳篥を奉奏しました。

 餅つき後、乃木神社(東京都港区)を参拝した他、青山霊園内の大久保利通公の墓所をお参りしました。