国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019 グループ展「表現の不自由展・その後」の公開中止について

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 愛知県の大村秀章知事は3日、名古屋市において開催中の国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019のグループ展「表現の不自由展・その後」の公開を同日限りで中止すると発表した。

 「表現の不自由展・その後」は、これまで検閲や忖度などの理由で公開や展示が実現できなかったり、途中で展示内容の改変や公開中止を余儀なくされた芸術作品を展示するものであり、展示作品の中にはいわゆる「慰安婦像」を模したと思われる「平和の少女像」や、富山県立近代美術館で問題となった「天皇コラージュ事件」をモチーフとした昭和天皇の肖像をガスバーナーで焼却する映像作品、そして焼却した昭和天皇の肖像などが含まれていた。

 こうした展示内容は各方面の反発を招き、公開直後より名古屋市の河村たかし市長が「少女像」の展示中止を求めたり、殺到する抗議の電話への対応で職員が忙殺されるといった事態が発生した。また報道によると「ガソリン携行缶をもってお邪魔する」といったFAXが送り付けられたとの主催者側の発表もあったようだ。こうしたことから芸術監督を務める津田大介氏と実行委員会の会長である大村知事の判断により、公開中止に至った。

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 河村市長による展示作品の撤去要請は憲法が禁じる公権力による「検閲」であり、憲法が保障する表現の自由を侵害するものである。菅義偉官房長官もあいちトリエンナーレ2019への補助金の交付を見直すと発言したと報じられているが、これもまた憲法上重大な問題発言である。

「少女像」と津田芸術監督:時事通信

 それとともに同展への脅迫が事実とするならば、それは絶対に許されるものではない。特に「ガソリン携行缶をもってお邪魔する」などの文言が記されたFAXを送りつけるといった、先日の京都アニメーションにおける凄惨な放火事件を連想させるような脅迫は卑劣かつ悪質であり、捜査機関による厳重な対応が求められている。

 津田氏によると、警察はこのFAXについて「発信元を特定できない」などと説明しているとのことだが、FAXの発信元が特定できないような捜査力しかないのが日本警察の実態ならば、日本の治安は危機的状況といわざるをえない。

 公権力が表現の自由に踏み込み、その内容の改変や公開中止を求める行為は憲法が禁じる「検閲」であるが、警察が本来有している警察力を行使せず表現の自由への暴力的な妨害を放置し、これを間接的に中止に追い込むことも、事実上の「検閲」である。

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 一方で花瑛塾として、同展の展示内容について強い違和感と不快感を覚えたことも事実である。

 「少女像」が模したと思われるいわゆる「慰安婦像」は、戦時性暴力の問題を訴える作品である。主催者側は「『慰安婦像』ではない」と説明しているようだが、そう強弁する方が不誠実であろう。その上で、日本国内には「慰安婦」問題への様々な立場や見解があり、そうした背景の中で「表現の不自由展・その後」に「慰安婦像」を模したと思われる「少女像」を展示することは、戦時性暴力の問題とこれに関する国内の政治的状況や歴史認識の複雑さを表現する一定の芸術性を認めることができる。

 しかしながら、「少女像」とともに展示されている昭和天皇の肖像をガスバーナーで焼却する映像作品は、激しい暴力性が直截に表現されており、芸術的表現として受け止めることはできず、芸術作品として強い違和感と不快感を覚えた。昭和天皇の肖像をガスバーナーで焼却する映像にどのような芸術性があり、何を訴えたいのか理解に苦しむ。「表現の不自由展・その後」というグループ展の趣旨に合致するのかも疑問である。

 この作品は富山県立近代美術館が大浦信行氏の「遠近を抱えて」という作品の図録を焼却した事件、いわゆる「天皇コラージュ事件」をモチーフにしたものといわれている。一方で、ウェブ上で公開されている作品の解説にもあるように、昭和天皇の肖像が戦争の記憶と結びつく映像のなかで焼却される様子は、明らかに「天皇コラージュ事件」をモチーフとした表現を越え、暴力的なメッセージ性を感じざるをえない。

 表現の自由は尊重されるべきであるが、表現者は自身の表現によって他者の心を傷つけることも考慮し、傷つけられた人の声に耳を傾ける必要もあるはずだ。人々は公権力から表現の自由を絶対に守るべきだが、そうして守られた表現の自由を人々の間で調整する必要もある。そのためにもまず、表現者は自身の作品に寄せられた声に耳を傾けることが求められる。

 昭和天皇の肖像をガスバーナーで焼却する内容の映像作品を展示することの意義と妥当性について、主催者側としてあらためて検討し、広く説明をするべきではないだろうか。

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 このたびの同展の公開中止は、主催者側としては国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019の全体の成功と、市民および職員の安全を考慮した上での苦渋の決断であったことは容易に推測される。責められるべきは公開を中止した主催者側ではなく、展示内容の改変や公開中止を求めた公権力による圧力であり、また卑劣な脅迫犯であることはいうまでもない。

 一方で、いたいけな「少女像」の顔を見れば、何としてでも同展を最後まで公開することはできなかったものだろうか、そして主催者による公開の努力に対し、警察など公権力が安全確保をはじめとして全力を尽くしてサポートすることはできなかったのだろうかと思う。「少女像」が政治と暴力によって辱められ、人権を蹂躙された女性を表現するものというのならば、何としてでもこの展示で「少女像」を政治と暴力から守ることはできなかったのだろうか。

 この問題を一過性のニュースとして消費せず、皆でしっかりと検討し総括していく必要があるだろう。以上、そのための一つの論点として問題を提起する。

追記(8月5日)

 8月3日夜、「表現の不自由展・その後」実行委員会が記者会見するとともに、実行委員会のアライ=ヒロユキ、岩崎貞明、岡本有佳、小倉利丸、永田浩三の各氏の連名で「『表現の不自由展・その後』の一方的中止に抗議する」との声明が出された。

実行委員会による声明文

 声明には大村知事と津田監督が実行委員会に相談することなく、一方的に同展の中止を決定し通告してきたとあり、大村・津田両氏の中止決定について「主催者が自ら弾圧」「契約書の趣旨にも反する」などと強い抗議が記されている。

 そもそも「表現の不自由展」を鑑賞した津田氏があいちトリエンナーレ2019への出展を実行委員会の各氏に呼びかけたようだが、そうして開催された同展をわずか3日で津田氏により一方的に中止されたとすれば、実行委員会の各氏の憤懣は当然である。

 もちろん圧力や脅迫は許されざるものであり、それらが同展を中止に追い込んだことはいうまでもない。まず第一に非難されるべきは、政治的な圧力と卑劣な脅迫である。

 しかし大村・津田両氏が独裁的に一方的に中止を決定したことが事実ならば、まさしく表現の自由を「主催者が自ら弾圧」したのであり、芸術への挑戦である。何より「少女像」「慰安婦像」が表現する女性の尊厳を大村・津田両氏が踏みにじったことになるのではないだろうか。

 事態の推移を注視したい。

【8.6広島/8.9長崎 花瑛塾アピール】日米が連携し「核なき日本」「核なき米国」「核なき世界」を実現しよう─戦後神社界の反核・原水爆禁止の思想に学ぶ─

 広島・長崎原爆投下より74年を迎えようとしている。

 昭和20年(1945)8月6日8時15分、米国は広島市上空に原子爆弾を投下し、15万人もの無辜の民の生命を奪った。続いて9日にも米国は長崎に原爆を投下し、7万3千人もの市民を殺害した。被害をうけたのは日本人ばかりではなく、勤労動員などで広島に連れてこられた朝鮮半島出身者や捕虜として広島に収容されていた米兵なども大きな被害をうけた。また、これにより現在に至るまで多くの人が原爆症といわれる放射線障害に苦しめられた。

 米国による原爆投下は、非戦闘員の殺害を目的とした戦争犯罪である。原爆投下に先立つ3月10日の東京大空襲では、あえて非戦闘員を狙い住宅地が密集する東京の下町地区を目標に定める「選別爆撃」を行った。原爆投下や空襲といった米国の戦争犯罪は到底許されず、厳しく糾弾されるべきものである。

核廃絶と原爆犠牲者の慰霊・追悼

 一方で、今を生きる私たちにとって重要なことは、米国の非道をひたすら追求し、謝罪要求に終始することのみではないはずだ。まず何よりも、何の咎もなく核の業火に焼かれた犠牲者の無念を晴らし、苦しむ御霊をお慰めするために、被爆国である日本と核の実戦使用国であり大量保有国である米国が連携して「核なき日本」「核なき米国」「核なき世界」を実現するべきだ。それはまた、私たち自身が核の恐怖から逃れ、平和で豊かな世界を生きるために必要なことでもある。

原爆の悲惨さを今に伝える原爆ドーム

 米国オバマ前大統領は伊勢・志摩サミットの帰路、広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、核の恐怖と核軍縮の取り組みについてスピーチをした。原爆投下後、米国大統領の広島訪問や慰霊碑への献花は初めてであり、世界史に刻まれるべき出来事だ。大統領の献花とスピーチにより、犠牲者の苦しむ御霊はいささかなりとも鎮められたに違いない。トランプ大統領はもちろん、次代の米国大統領も被爆地を訪れ、犠牲者の御霊をお慰めするべきである。

 オバマ前大統領は広島でのスピーチで「核保有国は、勇気をもって恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求しなくてはいけない」と述べた。世界有数の核保有国である米国は、原爆投下の反省に立ち、スピーチの内容通り、全ての核保有国に先立ち核廃絶に取り組むべきだ。

 しかし、現在のトランプ政権は未臨界核実験を実施したり、限定核使用の新指針を発表するなど、核廃絶に全く逆行している。日本もまた被爆国として核廃絶に向けてあらゆる行動をするべきだが、日本政府は国連核兵器禁止条約に不賛同の意思を示すなど、核廃絶の熱意を疑わざるをえない。先の参院選挙でも核武装の検討を公然と主張する候補者が立候補し、当選までしたことは憂慮すべきことだ。

 先の大戦の終戦の詔書には

敵は新に残虐なる爆弾を使用して、頻に無辜を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。()()くむは、朕何を()てか億兆の赤子()()し、皇祖()皇宗)神霊()()せむや。

とあり、日本が核廃絶に取り組むべきことは、国家的使命ともいえることはしっかりと認識しなければならない。

葦津珍彦の反核武装論に学ぶ

 戦後神社界・神道界を代表する言論人である葦津珍彦氏は、その論文「まづ核なき武装へ―終戦大詔の悲願継承せよ―」において、核兵器の残虐性と軍事情勢の変化から日本核武装論へ疑問を呈すと共に、核兵器を許さず平和を希求する終戦の詔の強い意志を継承し、日本の核なき防衛と世界的な核廃絶を訴えている。さらに葦津氏は、世界的な核廃絶の先導役に日本がなるべきだとも論じ、それは非核保有国の共感を結集させるものであり、日本の世界史的使命であるとする。

長崎の平和祈念式典:web論座2018年8月9日より

 現在、北朝鮮や中国の「脅威」なるものが一部において叫ばれ、こうした「脅威」を前に日本と国際世論がどのような動向を示そうが、何ら現実的な有効性を持たないと嘲笑されるかもしれない。しかし葦津氏は、同論文において、第一次世界大戦で使用された毒ガス兵器が第二次世界大戦では少なくとも公然と乱用されることのなかった事実を指摘し、国際世論と国際的取り決めの重みを示し、核廃絶においても国際世論と国際的取り決めの有効性を主張しているが、これは充分説得力がある。日本政府はただちに核軍縮政策を転換し、世界的な核廃絶に立ち上がるべきである。

 こうした葦津氏の反核武装論は、「神社新報」紙上で葦津氏が連載していたコラム「時局展望」においても「米軍事政策の転換に際して 神道人と原水爆国防論」との記事でも主張されている。そこでは葦津氏は

日本が将来に於て、万一にも自ら原爆を使用したならば終戦の詔書は、その道義的権威を失ひ、民族の存亡を賭した悲史の教訓はその意味を失はねばならない。終戦の詔書に明示せられし原爆拒否の道義的宣言は、断じて弱者の悲鳴ではない。

目的のために手段を誤ってはならない。終戦の大詔は、この道義の大原則を明示せられてゐる。犯罪的手段を選ぶほどならば、目的の放棄も亦やむを得ぬ、この悲痛なる道念あってこそ、地上に道義は保たれるのである。

ときっぱり日本の核武装を否定している。なお、この葦津氏がいう「目的のために手段を誤ってはならない」という指摘は、違憲の安保法制や米軍との一体化を進める自衛隊はじめ現代の日本の防衛政策にも通じる指摘といえよう。また神社本庁も昭和30年(1955)の「世界宗教会議」にて原水爆禁止の議案を提出しているが、愛国者として終戦の詔書にも反する日本核武装論などあってはならず、むしろ積極的に「核なき日本」「核なき米国」「核なき世界」の実現のために努力することこそ、愛国的立場であることをしっかりと確認したい。

 そしてオバマ前大統領が

科学によって、私たちは海を越えて交信したり雲の上を飛行したりできるようになり、あるいは病気を治したり宇宙を理解したりすることができるようになった。しかし一方で、そうした発見はより効率的な殺人マシンへと変貌しうる。(略)広島が、こうした現実を教えてくれる。

とスピーチにて述べたように、科学技術の進歩が人類へもたらす惨禍といったより高次な問題も考えていくべきだ。つまり原子力発電所の即時全面廃炉など、原子力政策の転換も核軍縮政策と同時に進めていくべきである。

等閑視された「沖縄と核」

 昭和47年(1972)の「沖縄返還」にいたるまでの返還交渉は「核抜き、本土並み」が標語であり、実際に沖縄に配備中の戦略核などが撤去されたが、一方で有事の際には沖縄への核の持ち込みを認める密約が存在したことは有名な話である。

昭和20年8月9日、読谷飛行場に緊急着陸後、離陸するB-29:沖縄県公文書館所蔵

 そもそも米軍統治下の沖縄には、最大で1300発ともいわれる大量の核兵器が配備されていた。当初、米軍は伊江島で「LABS(ラブス)」といわれる核爆弾の投下訓練を開始したが、その後に本土に配備中であった核弾頭を搭載できるロケット砲「オネスト・ジョン」を沖縄に移設させ、さらにソ連による沖縄への核攻撃を防ぐため、迎撃用の核ミサイル「ナイキ・ハーキュリーズ」を配備し、60年代以降には広島型原爆の70倍もの威力の核弾頭を搭載した核ミサイル「メースB」を配備するなど、沖縄を「核の島」としていった。

 米軍による沖縄への核配備は県民には知らされておらず、被爆国日本としても許されざることだ。さらにソ連の沖縄への核攻撃を米軍が恐れたように、沖縄への核配備は沖縄が核攻撃を受ける可能性を高め、何らかの事故によって放射能汚染などの被害をもたらすこともありえる。NHKの取材によれば、実際に核弾頭を搭載した核ミサイル「ナイキ・ハーキュリーズ」が暴発し、爆発こそしなかったが那覇沖に着弾する事故が発生し、キューバ危機の際には「メースB」発射基地は「デフコン2」といわれる核戦争の臨戦態勢にあったといわれている。

 こうした沖縄への核の配備を日本政府は事実上容認し続けた。その上で沖縄返還時における核密約が存在する。日米は沖縄県民の思いや安全を顧みることなく、「沖縄と核」について無関心であり、等閑視し続けたともいえる。沖縄戦時には、米軍に占領・拡張された沖縄の読谷飛行場に、長崎に原爆を投下したB-29ボックスカーが原爆投下直後に立ち寄り、燃料補給などをした事実があるように、「沖縄と核」の問題は根深い。その上で、いまなお日米が核廃絶に取り組まず、むしろ逆行していることは指摘した通りだ。

 日米が手を携えて広島と長崎、そして沖縄に向き合い、「核なき日本」「核なき米国」「核なき世界」を実現するよう、両政府に求める。

令和元年7月28日 原爆犠牲者七十五回忌並豪雨災害横死者追善法要(真言宗護国派)

 広島の平和記念公園にある原爆供養塔前にて営まれた「原爆犠牲者七十五回忌並豪雨災害横死者追善法要」(主催:真言宗護国派)に参列し、原爆の犠牲になった全ての人々と、昨年に広島はじめ西日本各地を襲った豪雨災害の犠牲者を追悼しました。

原爆ドーム
原爆供養塔前での法要

 昨年の豪雨災害では土のう袋など多くの皆様から支援物資を預かり、被災地で復旧作業にあたる有志に届けました。このことから皆様のお気持ちも込めて参列し、追悼しました。

 その後、平和記念公園内にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」と、市内にある「水道部員殉職之碑」をお参りしました。

韓国人原爆犠牲者慰霊碑

 いうまでもなく原爆犠牲者は日本人だけではありません。戦時徴用などにより広島市内の工場に動員されるなどした多くの朝鮮半島出身者も犠牲となりました。韓国人原爆犠牲者慰霊碑は、そうした犠牲者を慰霊するものです。

 また当時の広島市水道部は原爆投下により大きな被害を出しましたが、断水させないよう職員がただちに懸命の作業を続けたといわれています。水道部員殉職之碑はそうした水道部員の事跡を今に伝えています。

 その他、厳島神社ならびに広島護国神社を参拝しました。

厳島神社の鳥居

 厳島神社は瀬戸内海に面した壮大で美しい社殿が有名であり、栄華をきわめた平家の姿を今に伝えるかのようでした。現在は世界遺産にも指定されています。広島護国神社は原爆により社殿が消失する被害を出すも、懸命に祭祀を続け今日に至ります。

令和元年7月27日 関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼・学習会

 関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼・学習会(共催:9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会、歴史教育者協議会)に参加しました。

 毎年9月1日、東京都横網公園内にある関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑の前で関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典が開催されています。この学習会はその追悼式典に先立ち、震災時の朝鮮人虐殺事件の事実と今日的意義を学習し、式典に向けて慰霊・追悼の思いをあらたにするものです。

 今年の学習会の講師は、『九月、東京の路上で─1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)、『TRICK 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(同)などの著作で震災時の朝鮮人虐殺の事実を追及し、これを歪曲・否定する歴史修正主義の動きに対抗されている加藤直樹氏でした。

お話しされる加藤氏

 震災時の朝鮮人虐殺は、群衆がただ流言飛語に基づき虐殺を実行したものではなく、警察が流言飛語を吹聴し、また朝鮮人を「殺しても構わない」などと発言していた事実があり、さらに出動した軍が朝鮮人や中国人を虐殺するなど、官民一体の差別に基づく「虐殺の構造」が存在します。

 最近では、震災時の朝鮮人虐殺の事実を歪曲・否定する民間の動きがありますが、これをある東京都議会議員が真に受け、朝鮮人虐殺の事実を歪曲・否定し、議会で横網公園内の朝鮮人犠牲者追悼碑の碑文の内容の真偽を都知事に質問することなども起きています。この質問をうけて、小池百合子東京都知事は2年ほど前から朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文の送付を取りやめました。その上で朝鮮人犠牲者追悼式典の近くでは朝鮮人虐殺の事実を歪曲・否定するグループの集会も開催され始めるなど、今なお官民一体の差別と「虐殺の構造」は存在してます。

 目を背けたくなるような歴史であろうとも自国の歴史としてしっかりと見つめ、これを引き受け、二度とそのような歴史を繰り返さないよう未来に向けて国をよくしていくことこそ愛国者の作法ではないでしょうか。これからも震災時の朝鮮人虐殺と向き合い、事実の学習と慰霊・追悼をおこなっていきたいと思います。

令和元年7月16日 靖国神社みたま祭 旧招魂斎庭・鎮霊社 拝礼

 靖国神社みたま祭の最終日のこの日、同社をお参りするとともに、境内の旧招魂斎庭と鎮霊社を拝礼しました。

 昭和22年(1947)に前年の長野県遺族会を中心とした奉納民踊を原型としてはじまったみたま祭ですが、昭和24年にはみたま祭前夜祭に先立ち、靖国神社に合祀されている祭神(戦没者)のみならず、それ以外の一般戦没者も慰霊する「慰霊祭」が同社神職の発意のもと行われ、以後「諸霊祭」として恒例のお祭りとなりました。

旧招魂斎庭

 その諸霊祭が行われた場所が旧招魂斎庭(本殿向かって左側の境内地)であったといわれ、常磐木の神籬をたて、そこへ臨時に諸霊を招くかたちで行われていたそうです。もともと旧招魂斎庭では昭和12年(1937)まで招魂式(招魂祭)が行われ、それ以降招魂斎庭は現在地に移りました。

 昭和40年(1965)に旧招魂斎庭の奥(元宮の隣)に「鎮霊社」が建立され、嘉永6年(1853)以降の戦没者で靖国神社に祀られざる御霊、および同年以降の諸外国人の戦没者を祀ることになり、以後鎮霊社の例祭が諸霊祭にかわっていきました。

鎮霊社(右側は元宮)

 みたま祭最終日、靖国神社にお参りするとともに旧招魂斎庭および鎮霊社を拝礼し、全ての戦没者に慰霊・追悼のまことをささげ、平和への思いをあらたにしました。

イラン沖「有志連合」の結成と日本の参加に反対する 「外交の安倍」は平和的解決のため今すぐ行動を

「有志連合」ではなく核合意復帰へ

 米トランプ政権が、ホルムズ海峡などを航行するイラン沖の民間船舶の護衛を実施する「有志連合」の結成と参加について、各国に呼びかける予定であることが明らかとなった。

ホルムズ海峡で炎上するタンカー 米国はイランの攻撃と認定したがイランは否定している:日経ビジネス2019年7月12日

 米国とイランは長年にわたり対立し、核問題などで対立が先鋭化することもあったが、オバマ政権が核合意を取り付け事態が打開された経緯がある。このたびのイラン情勢の緊張は、そうした核合意を米国が一方的に離脱したことが主因である。

 その上で、イラン側が関与を否定しているホルムズ海峡におけるタンカー攻撃を口実に「有志連合」の結成と参加を各国に呼びかけるなどということは、イランを挑発し、緊迫した情勢に火に油を注ぐようなものである。イラン沖に米軍を中心とした艦隊が集結すれば、イラン側も相応の対応をせざるをえず、「軍事対軍事」の緊迫するなかで不測の事態が発生しないとも限らない。

 イラク戦争においても、米国は「有志連合」を結成し開戦に踏み切った。こうした過ちを二度と繰り返してはならない。米国は「有志連合」の結成ではなく、イラン敵視政策を見直して核合意へ復帰するべきだ。

単純な「反米」論を乗り越えて

 花瑛塾は単純で反射神経的な「反米」を主張するものではない。日米は最大のパートナーとして良好な関係を維持するべきと考えている。

 一昨年の米朝緊張の際には、花瑛塾は朝鮮半島へ空母打撃群を派遣するなど軍事的威嚇を行った米国に抗議したが、何よりもまずミサイル発射など安保理決議違反の軍事的挑発は絶対に許されないと北朝鮮に対して強く糾弾した。

イラン沖要図:東京新聞2019年7月10日

 花瑛塾は「反米」や「反北」といった「ポジション」ありきではなく、東アジアの平和のためにあくまでも米朝の対話を求めたのであり、単純で反射神経的な「反米」論を乗り越え、物事の本質を追及するのが花瑛塾のスタンスである。

 それはイラン情勢においても同様だ。是は是、非は非として訴える必要がある。米国の行動が「是」であれば、躊躇せず米国を支持することだろう。

 しかし、このたびのイラン情勢の緊張は、米国による一方的な核合意の離脱などトランプ政権のイラン敵視政策が要因といわざるをえない。最近話題になったダロック前駐米英大使の外交公電には、「イラン核合意がオバマ氏の合意だという理由から、外交的破壊行為に踏み切ろうとしている」との趣旨の文言が記されていたともいわれるが、米国がこうした一方的なイランへの敵視政策を見直し、核合意に復帰すれば、事態の解決ははかれるはずだ。

 もちろんイランは米国以外の国と締結されている核合意を維持し、米国を刺激するような発言や行動は控える必要がある。

「外交の安倍」は平和的解決のための努力を

 その上で、安倍政権は絶対に「有志連合」に参加してはならない。「有志連合」参加は、戦争への道に一歩踏み出すことを意味する。断固として拒否するべきだ。

 菅官房長官は12日、米国による「有志連合」の結成と参加要請について、「状況に応じて適切に対応したい」と述べ、きっぱりとした拒否の姿勢や意思を示していない。

 地理的制約を取り払い、地球の裏側まで米軍の後方支援をすることを認めた重要影響事態法や、駆けつけ警護や国連非統括型の国際貢献活動への自衛隊派遣なども可能となった改正PKO協力法などの安保関連法の成立により、自衛隊の海外派遣のハードルは一気に下がっている。安倍政権は「有志連合」に参加するため何らかの法的根拠を見つけ出すかもしれない。

 戦後神道界を代表する言論人葦津珍彦氏は、朝鮮戦争勃発時、米国の二軍としての日本再軍備と海外派兵に反対し、日本人が再び海外で人々に銃を向けることを戒め、平和を模索した。安倍総理も「外交の安倍」と称される外交力を発揮し、事態の平和的解決に向けて今すぐ行動するべきだ。

本年も靖国神社みたま祭(7月13日~16日)に献灯しました

 7月13日から4日間、靖国神社では毎年「みたま祭」が行われ、各界著名人が揮毫した雪洞や有志による提灯などが奉献されます。花瑛塾は昨年、一昨年に引き続き、本年の第73回みたま祭に花瑛塾も献灯しました。

 みたままつりは昭和21年(1946)7月15日に長野県遺族会の有志が境内で奉納盆踊りを行なったことを契機とし、靖国神社神職坂本定夫氏と民俗学者柳田国男氏が意見交換を重ね、翌年7月から正式に「みたま祭」として執行され、現在に至ります。

 昭和21年の奉納盆踊りには数万人の参拝者が集ったそうです。終戦後、GHQにより解体を含む厳しい圧力にさらされ、参拝者も少なくなっていた靖国神社にとって、久しぶりに社頭が賑わう出来事だったそうです。

 みたま祭の神学的基礎づけは柳田『先祖の話』の影響によるもので、仏式の盆行事とは異なるものとされています。むしろ柳田は、先の大戦の末期、わが子の召集や折口信夫の養子藤井春洋の戦死などを受け、「(日本―引用者注)固有の生死感を振作せしめる一つの機会」について思索していました。特に若くして戦場に散った戦没者の慰霊を大きな課題としており、仏教儀礼も含め祖先祭祀・死者祭祀の民衆的・民俗的あり方を深く希求していたそうで、新たな民衆的な基礎を持つ慰霊祭祀のあり方を模索していた靖国神社と交流を深めたそうです。

 靖国神社はGHQにみたま祭を「フォークの祭(民俗行事)」と説明していますが、昭和24年より祭の前夜祭に先立ち、靖国神社に祀られない一般戦没者を祀る「諸霊祭」も執行されています。いわゆる「A級戦犯」の靖国神社への合祀以前の、一般戦没者をも慰霊の対象とする、民衆的基盤を持つ祭祀という「フォークの祭」を通じ、靖国神社における戦没者慰霊の多様性や戦後の戦没者慰霊のあり方などに思いを巡らせていただければ幸いです。

【香港己亥宣言】逃亡犯条例改正問題について戦う香港の仲間たちが宣言を発表しました

 香港では先日来より、香港政府が刑事事件の容疑者を必要があれば中国本土に引き渡す逃亡犯条例の改正案の制定を目指し、これに反対する市民による100万人あるいは200万人の規模の抗議行動が発生しています。

 林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官は、逃亡犯条例改正案成立を見送りましたが、香港では市民の抗議行動は終息せず、同条例の撤回と林鄭行政長官の退陣を求める声が高まっています。また一部の市民が香港の立法会に突入・占拠し、警官隊による強制的な排除がおこなわれるなど、緊張が高まっています。

市民の抗議行動を報じるニューヨークタイムス紙

 花瑛塾亜細亜倶楽部も6月14日より香港に渡り、200万人規模の市民のデモに参加するなどしましたが、そうしたなかで香港で逃亡犯条例改正案撤回・林鄭行政長官退陣を求めて戦う仲間たちが「香港己亥宣言」を発表し、同宣言を広めて欲しいと同宣言の和訳、英訳、韓国語訳を預かりましたので、ここに紹介します。

《香港己亥宣言》

 開港からおよそ180年が経ちました。

 《香港己亥宣言》は現在、即ち2019年に香港市民の合意に基づき起草されます。2014年に民衆の自由を追求するために行われた雨傘革命に呼応するものです。

 危急存亡の秋、我々はこれより《香港己亥宣言》の起草を支援し、《香港己亥宣言》の和訳を提出します。

  1. 香港市民を代表して宣言します。香港市民は普遍的価値と社会制度を追求することを自任します。生まれながらにして持っている自由、公民権と参政権、そして真に香港市民を代表とする制度。
  2. 現在香港の基本法(憲法)は既に効力を失っています。香港市民で香港基本法を修正する必要があり、確実に港人治港、高度自治、そして香港内政を中華人民共和国の国防と外交に伴う事柄以外の干渉を拒否します。
  3. 各政府組織の内部は腐敗しています。我々は、関連する指導者による謝罪、辞任を求めます。
  4. 基本法の修正と23条の廃止を含み、基本的人権を犯す全ての基本法条文と法律の廃止を要求します。政府側もまたその威信に掛けて、22条から成る基本法を制定すべきです。
  5. 香港人の利益と権利を守るため、政治システムを改革し、香港人の利益と権利を施政方針の首位とすること。
  6. 従って、真の民主主義を成し遂げるために、香港の政治制度の改革を再始動し、行政長官および立法会全議席に対する普通選挙の実現を訴えます。
  7. 香港政府は雨傘革命と旺角フィッシュボール革命、逃亡犯条例改定案反対デモの間に逮捕された人々、それらに関連し逮捕された人々と政治犯を直ちに無条件で釈放せよ。また、将来に渡り、彼らを迫害しないことを保証せよ。
  8. 香港政府は警官隊を監査する独立監査委員会を設立することを約束し、逃亡犯条例改定案に反対するデモ隊に対して警官隊が過剰な武力を行使した実態を調べなければなりません。香港警務処処長は責任を取って辞任しなければなりません。香港警察は香港の市民に謝罪しなくてはなりません。
  9. 香港の未来のために血と命を捧げた英雄に感謝し、記憶を風化させないよう7月2日を香港法定記念日に制定することを求めます。我々は香港の「血の6月」「血の7月」を決して忘れません。

《홍콩기해선언》한국어 번역문

홍콩이 개항한 이래 180년이 되었다.

민중의 자유를 추구하고자 행하여진 우산혁명에 호응하는《홍콩기해선언》은 현재, 즉 2019년 홍콩 시민의 합의에 뿌리를 두고 그 초안을 형성할 것이다.

홍콩 민주주의가 존망의 위기를 맞은 7월, 나는 이 자리에서《홍콩기해선언》의 기초를 지원하고자 《홍콩기해선언》의 한국어 번역을 홍콩의 민주주의자들에게 헌납한다.

  1. 우리는 홍콩시민을 대표하여 선언한다. 홍콩시민은 보편적 가치와 사회제도를 추구할 것을 자임한다. 태어나면서부터 가진 자유와 공민권, 참정권, 그리고 진실하게 홍콩시민을 대표로 하는 제도를 추구할 것이다.
  2. 현재의 홍콩 기본법(헌법)은 이미 그 효력을 상실하였다. 홍콩기본법은 홍콩시민의 손으로 수정되어야 한다.홍콩은 홍콩인의 손에 의하여 다스려져야 할 것이며, 고도의 자치가 보장되어야 한다. 국방 및 외교에 관련된 사항 이외의 명목으로 중화인민공화국이 홍콩의 내정에 간섭하는 것을 거부한다.
  3. 각 정부조직의 내부는 부패하였다. 우리는 이에 관련된 책임자의 사과와 사임을 요구한다.
  4. 홍콩기본법의 수정과 23조의 폐지를 포함하여 기본적 인권을 침해하는 모든 기본법 조문과 법률의 폐지를 요구한다. 정부 또한 그 위신을 걸고 22조로 구성된 기본법을 제정해야 한다.
  5. 홍콩인의 이익과 권리를 지킬 수 있도록 정치체계를 개혁하고, 홍콩인의 이익과 권리를 시정방침의 수위에 둘 것을 요구한다.
  6. 따라서 진정한 민주주의를 이루고자 홍콩의 정치제도 개혁을 다시금 시작하여, 행정장관 및 입법회 전체 의석에 대한 보통선거의 실현을 호소한다.
  7. 홍콩정부는 우산혁명과 왕자오 피쉬볼 혁명, 도망범조례개정안 반대 데모 동안 체포된 사람들 및 그들에 관련되어 체포된 사람과 정치범들을 조건없이 즉각 석방하라. 또한 앞으로 그들을 박해하지 않을 것을 보장하라.
  8. 홍콩정부는 경관대를 감사할 독립감사위원회를 설립할 것을 약속하고, 경관대가 도망범조례개정안에 반대하는 데모대에 대하여 경관대가 과잉무력을 행사한 시래를 조사하라. 홍콩 경무처장은 책임을 지고 사임하라. 홍콩 경찰은 시민에게 사과하라.
  9. 홍콩의 미래를 위하여 피와 목숨을 바친 영웅들에게 감사하며, 기억이 풍화되지 않도록 7월 2일을 홍콩의 법정기념일로 제정할 것을 요구한다. 우리는 홍콩의 「피의 6월」, 그리고 「피의 7월」을 결단코 잊지 않을 것이다.

金鐘宣言 / 香港人民爭取其應有之普世價值及社會制度宣言
Admiralty Declaration
  1.  對於過去數日,以至近數年之港人抗爭運動,皆為香港人為爭取自己應有的權利,所作出之公民抗命活動,所有熱愛香港的人民將一直支持此等抗爭直到永遠 Regarding the recent incidents of civil disobience, we the people who love Hong Kong shall support the movement till the end of time
  2. 謹代表香港人民宣誓,香港人民將永遠以追求本來應有之普世價值及社會制度為己任 On behalf of all HKers, we shall never cease pursuing universal values and rule of law
  3. 對於行政,立法,司法機關等,香港人民已無法容忍,若不立即進行改革,人民必將舉起手中的武器及盾牌,推翻暴政,推翻議會 HKers can no longer stand the injustice that is our government. We shall raise our shields and arms to overthrow the puppet Legislative Council and the Government
  4. 沒有民主選舉是一切問題之根源,必須馬上修改立法會議席及行政長官產生辦法,若非落實全民普選,誓不罷休 The lack of a democratic election is the root of all evils. Unless universal suffrage and a just election system are in place, we shall never stand down.
  5. 各大政府組織內部腐敗不堪,要求相關領導人士立即道歉,下台 Principal officials shall show accountability and step down.
  6. 要求政府立即釋放相關被捕示威者及政治犯,還他們一個清白 Gov’t must release all detainees and underwrite that they shall never pursue prosecution
  7. 政府必須承諾追究警隊以不當武力鎮壓示威者,警隊必須向全港市民致歉 Gov’t must investigate police brutality and apologize
  8. 於立法會提出議案,必須將近年運動定性為公民抗命民主運動,而非暴動 The recent movements shall be known as democratic movements instead of riots.
  9. 無限感激所有為香港未來付出鮮血和生命的人民英雄,要求立法將6月9日定為香港法定紀念日 6th of June shall forever go down in history and become an official holiday
  10. 毋忘香港血色六月 We shall never forget June of 2019

沖縄タイムス1面コラム「大弦小弦」に取り上げられました

 6月24日の沖縄タイムス1面コラム「大弦小弦」(記者:阿部岳氏)に花瑛塾々長仲村之菊のコメントが取り上げられました。

 コラムの内容は、前日23日の「慰霊の日」に関連し、沖縄に配備されている陸上自衛隊第15旅団などの自衛隊員が制服を着用した上で、沖縄戦の日本軍沖縄守備隊牛島満司令官らが祀られている「黎明之塔」を訪れ、牛島司令官らの自決時間にあわせて集団で参拝していることを取り上げ、「自衛隊は日本軍の後継者なのか、違うのか」と問うものです。

 花瑛塾は日々、身を挺して国の防衛に励む自衛隊員に心からの敬意を表するものですが、沖縄の陸自トップ以下隊員が制服を着用し集団で沖縄戦時の日本軍司令官らを祀る慰霊碑を参拝することに対しては、強い違和感を覚えます。まして「慰霊の日」は牛島司令官らの自決の日でもあり、いくら自衛隊員らが「私的参拝」と強弁しようとも、日本軍司令官らの自決の日の自決の時間に参拝することは、歴史的にも政治的にも思想的にも大きな意味があります。

 自衛隊はそもそも、日本軍とは一線を画す実力組織として設置されたのであり、その活動も旧軍のようなものではけしてなかったはずです。例えば沖縄では、自衛隊は不発弾処理や離島の緊急患者の輸送など民生支援を中心に職務に励みました。日本軍は住民を守らなかったが、自衛隊は住民のために職務に励んだ─だからこそ当初は自衛隊アレルギーのあった沖縄で、自衛隊は一定の理解と信頼を得たのではないでしょうか。

 自衛隊が日本軍の後継者であろうとし、制服を着用し沖縄戦時の日本軍司令官らを祀る慰霊碑への集団での参拝をあらためないのであれば、自衛隊は沖縄戦での日本軍による住民殺害や戦争犯罪についてどう受け止めているのか説明する必要があり、日本軍の後継者として謝罪する必要すらあるのではないでしょうか。

令和元年6月24日 花瑛塾第18次沖縄派遣団(海軍司令部壕、嘉数高地「青丘之塔」)

 花瑛塾第18次沖縄派遣団は24日、沖縄戦時、海軍部隊が配備されるとともに、小禄半島に上陸してきた米軍を迎え撃つための激戦地となった海軍司令部壕(豊見城市)を見学しました。

 海軍司令部壕は爆撃などにも耐えられる重厚な造りの地下壕ですが、ツルハシなどを用い全て人力で建設されたといいます。また沖縄戦の最末期には、多数の兵士が司令部壕に籠り、立錐の余地もなかったといいます。司令部壕では海軍部隊の司令官や幕僚たちが自決しています。

 また沖縄戦時、上陸し南下する米軍を迎え撃つための第一防衛線であり、米軍に「忌々しい丘」とまでいわれるほどの激戦地となった嘉数高地(宜野湾市)を見学し、当時のトーチカなどを見学しました。同高地は比謝川を挟み高台となっていますが、日本軍は反斜面陣地といわれる戦術で米軍を大いに苦しめたといわれていますが、一方で付近の住民などは戦闘に巻き込まれ被害にあいました。

 嘉数高地には沖縄戦で犠牲となった朝鮮半島出身者を慰霊する「青丘之塔」が建立されており、慰霊・追悼のためお参りしました。沖縄戦では日米の兵士や沖縄住民のみならず、朝鮮半島出身者や台湾出身者など、アジアの人々も戦争に巻き込まれ犠牲になっています。