米国によるイラン革命防衛隊幹部の殺害と中東の緊張
令和2年、2020年の新しい年を迎えたばかりの1月3日、驚くべきニュースが飛び込んできた。米国防総省がこの日、イラクのバクダッド国際空港を空爆し、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を殺害したと発表したのである。
イランの最高指導者ハメネイ師は「手を血で汚した犯罪者を待っているのは厳しい報復だ」と報復を宣言し、ザリフ外相も「極めて危険で愚かな緊張の拡大だ」と米国を強く非難した。またラバンチ国連大使も「我々は目を閉じていられない。間違いなく報復する。厳しい報復だ」と米側記者団に語り、軍事行動に出るとも宣言した。
今回の米国の軍事行動では、イラクのシーア派組織の連合体である人民動員隊の指導者ムハンディス氏も殺害されたため、人民動員隊の全戦闘員が戦闘準備に入ったとも伝えられている。
イラクのシーア派組織はレバノンのシーア派組織であるヒズボラとも関係が深い。そのためヒズボラは対米報復を宣言している。また、ヒズボラは過去、イスラエルへのロケット弾攻撃などの武装闘争も行っているが、そのイスラエルは米国の軍事行動を支持しており、イランのみならず中東全域で軍事的緊張が高まっている。
米国の軍事行動の問題点とトランプ大統領の浅慮
トランプ大統領は今回の米国の軍事行動について、ソレイマニ司令官が米国人に対する「差し迫った邪悪な攻撃」を企てていたため、ソレイマニ司令官殺害を指示したと明らかにした。また「彼は非常に大規模な攻撃を計画していた。我々は彼を仕留めた」、「戦争を避けるための措置だ」などとも述べ、軍事行動を正当化した。
米国防総省は「ソレイマニ司令官がイラクや中東全域で米国の外交官や米兵を攻撃する計画を進めていた。ソレイマニ司令官とコッズ部隊はこれまで、数百人の米国人を殺害した」、「米軍は大統領の命令で、海外展開する人員を守るために決定的な自衛行動を取った」などと説明し、米国に対する新たな攻撃を防ぐための先制攻撃であり、自衛の措置だったと声明した。
もちろんイスラム革命防衛隊は慈善団体でも何でもない。純然たる軍事組織であり、ソレイマニ司令官はそのなかでも精鋭部隊を率い、イラクにおける反米闘争を指揮してきたといわれる。彼はけして無辜の民ではないし、まして平和の使者というわけでは全くない。米国がソレイマニ司令官を非難し、その罪状を追及することそのものには、一定の道理もあろう。
しかし、だからといってイラクという一つの国家の領域内において、イラクにとっての他国である米国が、さらに他国であるイランの要人を殺害するために軍事行動をとるなどということは、イラクの主権を侵害する行為に他ならない。イラクのアブドルマハディ首相は、米国の軍事行動は駐イラク米軍地位協定違反であると抗議している。そればかりかこのたびの米国の軍事行動は、先制攻撃として自衛権に関する国連憲章に違反する重大な疑義がある。
また、米国の軍事行動は、中東全体の軍事的緊張を高め、ただでさえ一触即発の状態にあった米国とイランの対立を決定的にするものであり、後戻りできない状況に両国を追い込み、軍事衝突の段階にあえて突入しようとする挑発以外の何ものでもない。これまで米国の指導者は、ソレイマニ司令官の反米闘争について注視し、彼の排除を目論んできたが、それでもなお事の重大性に鑑み、彼に手を出すことは控えてきた。こうした経緯を踏まえると、このたびの米国の軍事行動とそれを指示したトランプ大統領の判断は、あまりに浅はかで、米国とイラン、そして世界を危険にさらす暴挙といわざるをえない。
日本の進むべき道─「戦わないための戦い」を全力で戦おう
事態が緊迫するなか、これまでにイランを訪問し、ハメネイ師やロウハニ大統領と首脳会談も行った安倍首相は、何か特別な対応をするわけでもなく、映画鑑賞にゴルフにと正月休みを満喫している。
プレー中のゴルフ場で中東情勢について問われた安倍首相は、「再び中東を訪れたい」などと答えたようだが、そもそも昨年の安倍首相のイラン訪問は、米国がイラン核合意から離脱するなか、米国とイランの緊張緩和を目指すものではなかったのか。今回の軍事行動に至るまで、安倍首相はどのような外交努力をし、両国の緊張緩和をはかったというのか。そして今、彼は何をやっているのか。安倍首相は「外交の安倍」ではなかったのか。
安倍首相が行うべきは何よりもまず、防衛省設置法の「調査・研究」に基づく海上自衛隊護衛艦や哨戒機など中東沖への派遣という昨年末の閣議決定を、ただちに撤回することだ。
それはけして「弱腰外交」などではない。また、中東の混乱や緊迫から日本が逃げることを意味するものではない。
そもそも軍事的に緊張する米国とイランの間に、さらに日本が軍事力で介入することは、まさしく火に油を注ぐ行為である。たとえこのたびの自衛隊派遣がホルムズ海峡やペルシャ湾から遠ざかり、必ずしも米国が呼びかける「有志連合」に参加するものではないとしても、このタイミングで中東沖に実力組織を派遣することが、どれだけ危険な政治的メッセージか少し考えればわかることだ。まして特措法や国会承認に基づかない防衛省設置法による「調査・研究」のための自衛隊派遣など、絶対にあってはならない。
軍事力と軍事力のにらみ合いのなかに軍事力を繰り出すのではなく、今こそ日本は非軍事・平和外交をもって米国とイランの緊張緩和という困難ながらも崇高な使命を達成するべきだ。「戦わないための戦い」である。それはオバマ政権下で実現したイラン核合意の枠組みへ米国が復帰するようトランプ大統領に呼びかけることであり、イランに対しては軍事的報復を絶対にしないよう自重を求めること、そして国際社会全体が「平和の有志連合」となり、米国とイランが短兵急な行動をとらないよう「平和のバリケード」を築き上げることである。
神社界を代表するメディアである神社新報は昭和25年7月、折からの朝鮮戦争と、それによる日本再軍備と日本人義勇軍の朝鮮半島への派遣問題をうけて、社説において
不法なる武力に侵略された国々と人々の不幸に対しては、同情の念禁じがたきものがある。さればとて、その同情の故に武器を携へて救援に赴くと云ふが如きことは、少くとも現在の日本人のなすべきことではない。
われわれは、平和を守るためには、強きますらをの魂を有たねばならぬ。かの八月十五日以来、われわれは新しい道を発見したはづである。
かの聖ガンヂーも云つたやうに、たとへ侵略者は不法な領土の占領を敢てすることができても、われわれを統治することはできないであらうし、況やわれわれの精神と思想とを支配することはできないであらう。現下の日本人にとつて、最も必要なのは、侵略者に対抗するための軍備を急ぐことでもなければ、武器を携へて海外の義勇軍に身を投ずることでもない。
百万の侵略軍の威圧下にあつても、心臆せず、毅然としてわが信仰を守り通し得るだけの精神的威力を養ふことである。この精神的威力こそが、平和にして然も赤化の暴力に対抗し得る日本人の第一の武器とならねばならぬ。
とあくまでも平和を求め、にわかに現実化する再軍備を批判し、朝鮮半島への義勇軍派遣に反対している。これこそ戦後間も無くの青年神道家の良質な思想である。
時に蛮勇を振るうことも必要だが、匹夫の勇をもって覇を唱えることは日本の進むべき道ではない。中東の混乱を収束させ、多くの人々の命を救うためにも、日本は非軍事・平和外交の「戦わないための戦い」を全力で戦おう。「外交の安倍」が本当に「外交の安倍」ならば、それができるはずだ。
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以下、参考までに昨年の「有志連合」構想についての花瑛塾の見解を掲示しておく。