平成29年12月19日 日韓外相会談について

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 今日19日、康京和・韓国外交部長官が来日し、飯倉公館(東京都港区)にて河野太郎外務大臣と会談が行われた。外務省によると北朝鮮問題が主な議題となったようだが、従軍慰安婦問題や日韓合意にも話が及んだとのこと。なお、康長官は明日20日まで日本に滞在する予定である。

 従軍慰安婦やいわゆる徴用工問題はじめ労務動員など、日韓のあいだには日本の韓国併合と先の戦争に関連する様々な問題が存在するが、近年、これらの問題の背景に日本のアジア主義を見る松浦正孝氏などの指摘がある。

 例えば日本統治下の朝鮮では、満州事変と「満州国」建国をうけ、宇垣一成・南次郎朝鮮総督時代、朝鮮半島南部から北部へ、そして満州へと、その後の日本本土や東南アジアでの強制労働・強制移動へつながる労働力の大規模移動をはかる労務政策が行われた。こうした労働力は日本の凡アジア主義の下に動員され、そこで労働者が受け取る賃金は凡アジア主義の恩恵とされ、アジア防衛の一体感の醸成が企図されるなど、日本の労務政策と凡アジア主義が結びつくとされる。

 こうした凡アジア主義は、アジアの諸民族の独立と日本と朝鮮といった日アの一視同仁を掲げるが、結果として戦争を招き、アジアに多大な犠牲も強いた。他方、日本のアジア主義はけして単純なものではなく、石橋湛山に見られるアジア主義は、第一次世界大戦後、日本が植民地台湾と朝鮮を放棄し、それぞれの独立を認め、進んで中国における様々な権益の返還をいう理想主義的なものでもあった。

 「東洋平和」を掲げる神道家・葦津耕次郎(葦津珍彦の父)は、朝鮮神宮御祭神論争において政府と鋭く対峙するなど、熱烈な凡アジア主義者でもあり、現代の視点から見ればその思想には様々な問題も存在するが、大正12年(1923)に日中間で二十一か条要求の廃棄問題が起こり、さらに中国で旅順・大連の回収運動が高まると、耕次郎は日本で回収運動に反対する大会に出席し、「日本は喜んで是を支那(ママ)に還附してやるべき」、「要は只支那国民を救済する大国策を建ててやる事にある」と反対論に反対する演説を行うなど、ある局面では石橋に代表される理想主義的なアジア主義を主張している。

 今日の日韓外相会談で河野外相と康長官は、それぞれの主張、申し入れ、説明などをした上で、日韓のあいだに存在する様々な困難を適切にマネージしつつ、未来志向で日韓関係を前進させるよう協力することで一致したが、そこにおいて日本のアジア主義を先入観や偏見なく客観的に顧みることは、けして無駄なことではないはずだ。