大正元年(1912)9月13日、明治天皇崩御に伴い乃木希典・静子夫妻は自邸にて殉死しました。乃木夫妻殉死より106年の今日、乃木夫妻を祀る乃木神社および乃木夫妻と乃木一族の墓をお参りしました。
乃木神社は乃木夫妻の殉死後、乃木邸内に創建された小祠をもととし、大正11年に乃木神社として遷座祭がおこなわれました。毎年、乃木夫妻の命日であるこの日に例祭がおこなわれるとともに、乃木夫妻とその一族が眠る青山霊園内の墓にて墓前祭がおこなわれています。
乃木夫妻の殉死は、当時においても新聞紙上や街々の噂で時代錯誤として悪くいわれることもありました。また白樺派などの新思潮や芥川龍之介なども乃木夫妻の殉死を批判しましたが、他方、森鴎外や夏目漱石などはこれを重く受け止め、文学作品のテーマとするなどしています。