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平成30年12月10日 花瑛塾第16次沖縄派遣団⑤(北部訓練場前アピール)

 花瑛塾第16次沖縄派遣団は10日、辺野古新基地建設に関する琉球セメント桟橋(名護市)での作業船への土砂積込と辺野古沖への搬出作業が行われなかったこともあり、これまで継続してきた米海兵隊北部訓練場(東村・国頭村)メインゲートでの訴えを行いました。

北部訓練場メインゲート

 辺野古新基地が完成すれば、100機ともいわれる多数のオスプレイが配備されるといわれています。そしてオスプレイは辺野古新基地を飛び立ち、新たにヘリパッドが建設された北部訓練場で飛行・離発着の演習を行うことになります。その意味で辺野古新基地と北部訓練場は一体なのです。

 こうした辺野古新基地建設計画や北部訓練場のヘリパッド建設計画は平成8年(1996)、沖縄の基地負担軽減のための日米合意「SACO合意」で取り決められたものですが、そのSACO合意は辺野古新基地建設と北部訓練場ヘリパッド建設あるいは那覇軍港の移設などに象徴されるように、実際には老朽化した米軍施設の更新やオスプレイの配備、そしてこれまで米軍が計画していた基地建設の実現など、米軍再編の実行と在沖米軍の基地機能を強化するための取り決めであり、沖縄の基地負担軽減とはまったく関係がありません。

 平成7年に発生した米兵による少女暴行事件という痛ましい事件を理由に、「基地負担軽減」の名の下で米軍の基地機能を強化するなど、被害少女の尊厳を蹂躙・冒涜する卑劣で許されざる行為といわざるをえません。

 北部訓練場のヘリパッド建設については、計6箇所のヘリパッド建設が計画されていましたが、ヘリパッドに取り囲まれるかたちとなった東村高江の住民を中心に長期間にわたって反対運動が行われ、政府は2箇所のヘリパッドしか建設できませんでした。しかし2年前、全国から数百人もの機動隊が高江に押し寄せ、反対運動を力で押さえつけて残りすべてのヘリパッドと歩行訓練ルートなどの建設を強行しました。

 こうして建設されたヘリパッドと新たに米軍に提供された宇嘉川河口が結びつき、陸海空一体となったより実践的で危険な演習が可能となっています。北部訓練場周辺住民の負担と危険は、軽減されるどころか増加しているのが現実です。このことは、沖縄に米軍専用施設が集中することにより、「本土」が基地負担を背負うことなく「抑止力」なるものを手に入れることができている日沖関係の問題であるとともに、沖縄中南部の基地負担の軽減と沖縄北部への基地負担の移転・集中という沖縄内部の構造的問題でもあり、一種の差別の構造ともなっています。

 花瑛塾はこれからも辺野古新基地の問題とともに北部訓練場の問題を訴え、日米安保体制そのものの矛盾を追及していく決意です。