【松井市長は何を思うか】市民の声と野党の追及が実現した検察庁法改正の見送り─次回国会へ継続審議へ─ 国家公務員法改正と検察庁法改正について、政府・与党が今国会での改正を見送った。与野党国対間では次回国会への継続審議で一致したそうだ。 検察庁法改正の問題についてはこれまで何度も取り上げてきたことであり、ここであらためて繰り返さないが、かかる問題の多い検察庁法改正が見送られたことは、継続審議でいいのかどうか議論は様々あるとしても、ひとまず了としたい。 ◇ 新型コロナウイルス感染症の蔓延にともな […]
令和2年5月15日 五・一五事件88年 犬養毅・頭山満墓参 五・一五事件より88年を迎え、事件実行犯の海軍青年将校三上卓らによって殺害された「木堂」犬養毅元首相の墓所(青山霊園)をお参りしました。 事件で殺害された犬養元首相は、冷徹なリアリストであり、徹底した「帝国」の宰相でしたが、一方で中国革命を支援し、孫文の日本亡命の最大の支援者となるなど、中国人革命家と結ぶ豪傑肌の亜細亜主義者でもありました。犬養元首相を殺害した青年将校も犬養元首相を畏敬しており […]
令和2年5月13日 コロナで大変な時に安倍は保身だけか! 黒川検事長の違法な勤務延長と検察庁法の改正案に抗議しました 国家公務員法の改正案と検察庁法の改正案が国会で審議入りしました。私たちは自民党本部前ならびに国会前にて、東京高検黒川検事長の違法な勤務延長と、これを後付けで正当化し、さらに検察官人事への恣意的な介入の道をひらく安倍政権による検察庁法の改正の動きに抗議しました。 【コロナで大変な時にお前は保身か】黒川検事長の違法な勤務延長と検察庁法改正に抗議します(自民党本部前) https://t.co/Ufp […]
令和2年4月21日 新型コロナウイルス感染症の拡大を奇貨とした憲法改正や国家公務員・検察官定年延長(検察庁法改正)など自民党の火事場泥棒のような動きを糾弾しました 新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、現在、医療関係者はもちろんのこと、多くの当事者が様々な立場から感染症対策に取り組み、また事態収拾と社会活動の維持のため奔走しています。市民も生活や経済活動に影響をうけながらも、政府や自治体による自粛要請に従っています。 一方、自民党・安倍政権は、こうした新型コロナウイルス感染症の拡大をあたかも奇貨とするごとく、緊急事態条項を盛り込む憲法改正議論を進めよう […]
令和2年4月6日 阿波丸事件慰霊碑(増上寺) 芝の増上寺の境内に建つ阿波丸事件慰霊碑を訪れ、犠牲者を慰霊・追悼しました。 阿波丸事件とは、先の大戦中の昭和20年4月1日、シンガポールから日本に向けて航行していた貨客船「阿波丸」が台湾海峡で米軍潜水艦による攻撃で撃沈され、2千人以上の乗船者が死亡した事件です。米軍潜水艦により学童疎開船「対馬丸」が撃沈された対馬丸事件ほど知られてはいませんが、大変痛ましい事件といわねばなりません。 一方、阿 […]
令和2年3月15日、16日 花瑛塾第24次沖縄派遣団②(沖縄戦関連史跡見学など) 花瑛塾第24次沖縄派遣団は15日ならびに16日、沖縄戦時、天皇皇后両陛下の御真影(写真)を避難、安置した名護市大湿帯にある「御真影奉護壕」や、日本軍沖縄守備隊の高射砲部隊の陣地とされた南城市のミーグスク跡、また南城市役所で開催されている『南城市の沖縄戦 資料編』刊行パネル展など、沖縄戦関連の史跡や展示を見学しました。 戦前、各学校には歴代天皇や昭和天皇・皇后の御真影、あるいは詔勅などが下賜され […]
令和2年3月14日、15日 花瑛塾第24次沖縄派遣団①(北部訓練場返還地調査) 花瑛塾第24次沖縄派遣団は14日および15日、沖縄北部の米軍演習場「北部訓練場」の返還地で米軍が廃棄あるいは放置したと見られる多数の廃棄物を確認しました。 FBJヘリパッド跡周辺では、様々な種類の米軍の銃弾やその一部が発見された他、訓練弾なども発見されました。 また、先だって発見されたライナープレートといわれる建設資材の鉄板も、以前とかわらず放置されたままでした。 北部訓練場返還地は、返還 […]
森まさこ法相は「検察官が最初に逃げた」ことがウソだと知っていたはずだ 森法相の「検察官が最初に逃げた」発言 森まさこ法相は9日の参院予算委員会において、小西ひろゆき議員の質問に対する答弁のなかで、「東日本大震災発生時、検察官が市民に先立って最初に逃げた」、「その際に勾留中の者を理由なく釈放して逃げた」との趣旨の発言をした。 この発言について森法相は11日、衆院法務委員会で山尾しおり議員に「それは事実か」と問われ「事実だ」と答えたが、山尾議員に「本当にそうしたこと […]
【東日本大震災9年】東日本大震災慰霊碑(福島県いわき市豊間地区) 東日本大震災から9年を迎え、福島県いわき市豊間地区に建つ東日本大震災慰霊碑を訪れ、全ての犠牲者を慰霊・追悼しました。 東日本大震災では巨大な地震とともに大津波が三陸沖一帯に押し寄せ、各地で多くの人が亡くなり、家屋が流されるなどしました。 この慰霊碑の建つ福島県いわき市豊間地区でも地震発生後、およそ三階建ての建物に相当する高さ8.5メートルの大津波が襲い、住民85人が犠牲となり約400戸の家屋 […]
【東京大空襲75年】東京大空襲犠牲者慰霊・追悼 昭和20年3月10日の東京大空襲より75年を迎えるなか、空襲襲犠牲者の遺骨が安置されている東京都慰霊堂や空襲後に犠牲者の遺体が仮埋葬された上野公園、そして隅田公園に建つ慰霊碑、また足下で犠牲者の遺体が火葬されたといわれる上野公園の西郷隆盛像を訪れ、犠牲者を慰霊・追悼しました。 東京大空襲ではおびただしい数の市民が犠牲となり、しばらくのあいだ街のあちこちに犠牲者の遺体が無残な姿で野ざらしとなって […]