平成29年10月24日 第43回乃木神社管絃祭「雅楽道友会発足50周年記念奉納舞楽」

 第43回乃木神社管絃祭「雅楽道友会発足50周年記念奉納舞楽」を鑑賞しました。

 元宮内庁楽部楽師・薗廣教氏を中心に結成された雅楽道友会は今年で結成50年を迎え、この日の奉納舞楽となりました。

 そもそも雅楽は中国や朝鮮半島などアジアの音楽や舞踏が日本に伝播し、独自に発展した宮廷文化・古典舞踊であり、特に今日の演目であった「春鶯囀」「進走禿」「蘇莫者」「陪臚」などの演目は、中国はもちろん、インドや中央アジアの影響が大きく、日本文化の基調に思いを致しました。

 なかでも、ソグド人といわれる中央アジアの遊牧民族の影響がある「進走禿」は、近世には途絶えた演目でしたが、このたび復活して披露されました。

平成29年10月24日 在沖アメリカ軍ヘリ炎上・大破事故糾弾街宣

 花瑛塾行動隊はこの日、首相官邸前・自民党本部前などで今月11日に発生した在沖アメリカ軍輸送ヘリCH-53Eの炎上・大破事故について、日本側の捜査を阻む日米地位協定と日米合意の見直しを求めました。またアメリカ大使館前にて市街地上空の低空飛行や事故同型機の飛行再開など在日アメリカ軍の無法を糾弾しました。

 11日午後5時20分頃、沖縄県東村高江区の牧草地に、在沖アメリカ軍普天間飛行場所属の大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンが不時着、炎上・大破する重大事故が発生しました。事故現場は、民家まで数百メートル、学校や公民館まで数キロの場所にあり、一つ間違えれば生命に関わる事故になっていたことでしょう。

 2004年に発生した沖縄国際大学ヘリ墜落事故など、戦後、沖縄県でのアメリカ軍機の墜落事故や吊り下げ資材の落下事故は数えきれません。戦後繰り返され続けた沖縄の悲劇が、再び現実のものとなったのです。

 事故の原因として、沖縄県への過剰なアメリカ軍基地の集中や、度重なる申し入れや議会の議決にも関わらず、市街地上空を我が物顔で低空飛行するアメリカ軍の無法があげられます。同時に、繰り返されるアメリカ軍機の事故について、日米地位協定や地位協定に関する日米合意によって事故原因の真相解明がなされず、再発防止策が徹底されていない点があげられます。

 沖縄国際大学ヘリ墜落事故では、事故直後から現場一帯をアメリカ軍がロックアウトし、警察や消防などが近寄ることはできませんでした。今回の東村高江区におけるヘリ事故においても、アメリカ軍は現場を封鎖し、事故機や放射能汚染が心配される土壌を一方的に持ち出すなど、事故の真相解明を阻んでいます。沖縄県警は航空危険行為処罰法で捜査するといっていますが、はたしてそれは実現できるのでしょうか。

 日米地位協定に関する合意議事録では、アメリカ軍機の事故について「日本側は捜索・検証・差押えを行う権利を行使しない」と取り決められています。このような不当な日米合意が事故の再発を許す原因となっていることは明白です。

 しかし、日米地位協定や日米合意をよく読むと、日本側が事故の捜査を絶対に行えないという取り決めにはなっていません。またアメリカ軍が事故現場を封鎖し、日本側を締め出す根拠も存在せず、さらにアメリカ軍には日本側の捜査要求を受け入れる余地もあります。

 アメリカ政府およびアメリカ軍は事故から数日後には事故機と同型機の飛行を再開させたばかりか、事故について正確かつ詳細な報告や発表、あるいは謝罪をしていません。

 そして日本側もこうしたアメリカ軍の対応を追認し、何らの措置を取っていません。太平洋上をめがけて宇宙空間を飛ぶ北朝鮮のミサイルよりも、高度100~200メートル前後で低空飛行するアメリカ軍機の方が、よほど危険であり日本にとっての脅威であるはずです。

平成29年10月23日 安倍政権・希望の党・民進党前原氏糾弾街宣

 昨日22日の第48回衆院選開票から一夜明けた本日、花瑛塾行動隊は自民党本部前・首相官邸前・国会前などで安倍政権打倒の声をあげました。またアメリカ大使館前にて、11日に発生した在沖米軍大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンの炎上・大破について、不当な日米地位協定と日米合意の見直しを訴え、事故機同型機の飛行を再開させ、市街地上空を低空飛行する在沖米軍の無法を糾弾しました。

 今次選挙によって自民党は248議席、公明党は29議席と自公が多数の議席を得る結果となり、自公だけで3分の2議席を獲得し、維新の会や希望の党などを含め、憲法改正発議の可能性が現実味を帯びています。

 先月9月28日の衆議院解散に至るまで、安倍政権には数々の疑惑が存在していました。森友学園問題や加計学園問題、南スーダンPKO日報問題などもあり、安倍首相はこれらの追及に真摯に答える必要があります。

 安倍首相はアベノミクスなる経済政策の成功を言い募りますが、実質賃金上昇率はいまだマイナス圏にあり、非正規雇用者比率は上昇傾向にあります。さらに国や地方の借金の残高もGDP比率で上昇を続けているのが実態です。

 こうした状況下、安倍政権は消費税の増税を進め、国民の不満をそらすため、使い道を教育の無償化に充てるなどといい始めました。一方で安倍政権は法人税の引き下げを行っています。トリクルダウンがありえないことは、竹中平蔵氏自身が認めていることであり、既に企業の内部留保は400兆円にまで積み上がっています。富裕層に薄く広く課税するだけで、消費税増税分の税収増加は見込めるはずです。

 安倍政権は憲法9条に第3項を付け加え、自衛隊の存在を憲法に明記するなどとしています。しかし、そもそも自衛隊は憲法13条を根拠とするものであり、9条に付け加える必要などあるのでしょうか。既に多数の憲法学者が自衛隊は合憲であると認めており、自衛隊を憲法に明記する憲法改正は、不要かつ時代遅れのものです。

 さらに野党が指摘しているように、集団的自衛権の行使や、地理的制約のない米軍への兵站活動を認める危険な安保関連法を成立させた上で自衛隊を憲法に明記すると、違憲の安保関連法の任務が付与された自衛隊の合憲ともなります。

 安倍首相は北朝鮮の脅威を煽り、対北朝鮮強硬外交を主張し続けています。北朝鮮の軍事的挑発は許されませんが、安倍首相の安易な強硬論は無意味かつ危険なものです。安倍政権が誕生して5年、拉致被害者は一人でも帰国したのでしょうか。はたして安倍政権の北朝鮮外交は意味のあるものなのか、よく考える必要があります。

 小池百合子東京都知事ひきいる「希望の党」は、安保関連法を踏み絵とし、入党希望者の排除を行いました。一時は選挙の台風の目となるかと話題になりましたが、こうした小池氏のおごった発言が有権者のひんしゅくを買う結果となりました。多くの選挙区で野党の共闘が進んでいましたが、希望の党が候補者を立てたため、安倍政権への批判票が分裂し、結果として自民党に議席をもたらすことになりました。

 安保関連法に反対し、野党共闘を進めながら希望の党への合流を認めた民進党・前原代表も、結果として自民党に勝利をもたらしました。前原氏は選挙後、希望の党との関係を見直すと発言しましたが、小池氏と前原氏は、一体何がしたかったのでしょうか。無意味かつ有害、名実ともに安倍政権の補完勢力となった希望の党と民進党・前原氏を厳しく糾弾します。

 安倍首相は選挙に勝利したことを大義名分として、数々の疑惑に答えようとせず、傲慢な政権運営を再び行うことでしょう。引き続き国会を軽視し、外国の脅威を煽り、国民生活を不安と窮乏に晒すに違いありません。

 しかし安倍政権の支持率は下落傾向にあり、安倍政権の支持率よりも不支持率が上回っています。有権者は安倍政権に白紙委任状を渡したわけではありません。安倍政権が米軍基地を押しつけ、基地負担を固定化させている沖縄では、4分の3もの選挙区で自民党候補が落選し、基地反対の声をあげる候補者が当選しました。安倍政権への監視の目を強め、1日も早く退陣させる必要があるはずです。

 花瑛塾は今後も信念と道理をもって安倍政権と対峙していきます。

平成29年10月19日 平敷兼七写真展「沖縄、愛しき人よ、時よ」(東京工芸大学写大ギャラリー)

 平敷兼七写真展「沖縄、愛しき人よ、時よ」(東京工芸大写大ギャラリー)を鑑賞しました。

 写真家・平敷兼七は、アメリカ統治下の沖縄に生まれ、沖縄の人や風景を撮影し続けました。近年、あらためて平敷の写真に世界的な注目と評価がなされています。

 写真展では平敷が撮影した写真集『山羊の肺』や沖縄出身学生寮「南灯寮」(東京都狛江市)を撮影したシリーズ「南灯寮」から数々の作品が展示され、平敷の見た沖縄現代史が写し出されていました。

 平敷の写真をよく眺めると、何気ない日常を送る沖縄の商店の棚先に「〇〇セント」と値段が記してある商品が並んでいるなど、はっと驚かされ、気づかされるものがあります。平敷は「井の中の蛙 一天を知る」と恩師に教わったそうですが、まさしく平敷の写真には沖縄を定点として「一天」を写し出しています。

 なお、東京工芸大は旧称を東京写真大学といい、平敷は67年に上京し写大工学部に入学しました。

鈴木重胤「修理固成の神学」と神嘗祭・新嘗祭

 10月15日午後10時より外宮において執行される由貴夕大御饌より今日17日午後6時から始まる内宮御神楽まで、伊勢神宮(三重県伊勢市)の内外両宮は、二度の月次祭とともに「三節祭」といわれる重儀の一つ神嘗祭が奉仕される。その後、25日まで、別宮や摂末社などでも神嘗祭が行われる。

 神宮における大切な収穫祭であるこの神嘗祭に引き続き、来月には宮中にて同じく重儀である新嘗祭が行われるわけだが、幕末の国学者・鈴木重胤(1812~63)は、自身の著作『延喜式祝詞講義』にて平安時代に編纂された「延喜式祝詞」における祈年祭詞を分析し、この神嘗祭と新嘗祭の連動を指摘したといわれている。

 中野祐三『国学者の神信仰』(弘文堂、2009年)によると、重胤は「祈年祭詞」における「荷前者。皇太御神能大前爾。如横山打積置氐、残乎波平聞看。」を典拠に、伊勢神宮の神嘗祭と宮中の新嘗祭の連動した神祇祭祀であることを指摘し、さらに『日本書紀』に見える三大神勅の一つ「吾が高天原の所御す斎庭の稲穂を以て、亦吾が兒に御せまつるべし。」との「斎庭之穂の神勅」をもって、論拠を明確にしたとする。つまり、皇祖神は皇孫に神物たる稲穂を授け(「斎庭之穂の神勅」)、皇孫はそれを人民に勧農し、人民はその収穫を貢物として皇孫に納め、皇孫はそれを皇祖神に捧げ(神嘗祭)、また自ら聞食し(新嘗祭)、人民も賜る(節会)という皇祖神―皇孫―人民という三者の関係は、神嘗祭そして新嘗祭という神祇祭祀を通じ現実に具現化するというのである。

 さらに重胤は『祝詞講義』において、

凡て天地間の事能く成せりと云べく、能く成れりと云ふべからず、神は人を賛けて天地造化に功を施し人は神に受けて天下経世に徳を致すべき物と定め給へり、是以て宇宙の事、善悪正邪吉凶損益有るなり、修理固成の用無くば神も人も無用の長物と云べし

という。中野氏は以上のような重胤と神と人との関係は、上述の神祇祭祀の理念をめぐる重胤と解釈と軌を一にするという。つまり重胤は、人間の存在する意味や価値を「修理固成」の概念のもとに主張し、人を「神の生みの子」とする神道信仰の核心に肉薄したというのである。

 来たる日曜日はいよいよ衆院総選挙の投票日である。前回の総選挙の投票率は52パーセント。20歳代の投票率は32パーセントを記録している。「凡て天地間の事能く成せりと云べく」、「人は神に受けて天下経世に徳を致すべき物と定め給へり」、「修理固成の用無くば神も人も無用の長物と云べし」と重胤はいう。この現実世界に参画することなく、神も人もないのであり、人間存在の理由すら崩れるのである。ぜひとも積極的な投票行動を呼びかけたい。

10・11沖縄県東村高江米軍ヘリ炎上・大破事故をうけて防衛省・アメリカ大使館にて緊急行動を展開しました

 沖縄県東村高江区において11日に発生した在沖縄アメリカ軍普天間飛行場(宜野湾市)所属の大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンの炎上・大破事故をうけて、花瑛塾行動隊は12日、防衛省本省およびアメリカ大使館前にて緊急行動を展開しました。

 事故による人的被害はいまのところ確認されておらず、地域住民やアメリカ軍機乗組員に負傷者がいなかったことは不幸中の幸いですが、日米共同の現場封鎖や炎上あるいは機体に使用されている放射性物質の飛散など、炎上・大破事故現場の地権者の経済的被害、そしてアメリカ軍機墜落の恐怖を突きつけられた周辺住民の精神的被害ははかりしれません。

 沖縄県では県民の思いを無視したアメリカ軍機の無法な市街地上空飛行や低空飛行訓練が日常的に行われており、騒音被害とともにアメリカ軍機の墜落事故や吊り下げ資材の落下事故など、人命に関わる事故が繰り返されています。

 そうしたなか、昨年までに、東村高江区を取り囲むように在沖アメリカ軍演習施設キャンプ・ゴンザルベス(北部訓練場)においてヘリパッドが6箇所も建設され、危険なオスプレイも含むヘリの離発着が行われています。地域住民は低空飛行や市街地上空の飛行は避けるよう申し入れてきましたが、実際にはそれは無視され続け、この度の事故発生に至ります。

 防衛省・沖縄防衛局は在沖アメリカ軍はじめすべての在日アメリカ軍に対し、少なくとも事故原因の解明と対策の徹底がはかられるまで同型機の飛行中止を求めるべきであり、再発防止を強く訴える必要があります。そして沖縄県民の民意をアメリカ側に伝え、北部訓練場での演習中止、辺野古新基地建設の撤回、普天間飛行場の閉鎖を実現するべきです。

 さらにアメリカ側も事故の原因解明と再発防止を講じるとともに、夜間飛行、市街地上空での飛行、低空飛行など、県民を危険と騒音被害にさらす演習を中止し、これまでの沖縄県や県民の民意に沿う必要があります。そして日米地位協定や地位協定に関する日米合意に基づき、今次事故に関する日本側警察権の捜査・検証・処罰を受け入れるべきです。

2017年10月11日沖縄県東村高江区米軍ヘリ炎上・大破について

11日17時20分頃、在沖米軍普天間飛行場所属の米軍大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンが東村高江区にて炎上・大破する事件が発生した。

幸いにして付近住民や米軍機乗組員などの人的被害こそなかったが、炎上・大破した現場である牧草地の所有者の経済的被害は甚大である。また現場は高江公民館や小学校から数キロ、民家から数百メートルの地点であり、周辺住民の精神的被害は甚大である。2004年に発生した沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件など米軍機の墜落事故は戦後枚挙に暇がない。沖縄で繰り返される悲劇に終わりはないのか。日米両政府に徹底した事故原因の解明と公表を求める。

事件の背景には、沖縄への過度な基地の押しつけや市街地上空を我が物顔で低空飛行する米軍の奢り、そしてそれを許す日本政府の県民の民意の軽視、さらに日米地位協定や在日米軍に関する各種の日米合意によって過去の同種事故の真相解明がなされなかったことなどがあげられる。いまこそ沖縄への基地押しつけをやめ、日米地位協定・日米合意を見直すべきだ。

また昨年強行された北部訓練場におけるヘリパッド建設や辺野古新基地建設は、同種事故発生の危険性を高めるものである。同時に多くの人々の合意を得られていない辺野古崎における新基地建設の強行は、結果的に新基地建設反対の声を高めることになり、普天間飛行場の存在や基地負担を固定化するものともいえる。日米両政府に対し、普天間飛行場の閉鎖、辺野古新基地建設の撤回、北部訓練場での演習中止を強く求める。

1953年に交わされた日米合同委員会による「合衆国軍用機の事故現場における措置」の合意事項の第20条には、

合衆国軍用機が合衆国軍隊の使用する施設又は区域外にある公有若しくは私有の財産に墜落又は不時着した場合には、適当な合衆国軍隊の代表者は、必要な救助作業又は合衆国財産の保護をなすため事前の承認なくして公有又は私有の財産に立ち入ることが許されるものとする。但し、当該財産に対し不必要な損害を与えないよう最善の努力が払われなければならない。日本国の公の機関は、合衆国の当局が現場に到着する迄財産の保護及び危険防止のためその権限の範囲内で必要な措置をとる。日米両国の当局は、許可のない者を事故現場の至近に近寄らせないようにするため共同して必要な統制を行うものとする。

とあり、米軍機の事故において米軍が基地の外であろうと私有地であろうと、そこに立ち入ることを認めている。さらに日米両国が事故現場を封鎖する処置を行うことを認めている。沖国大ヘリ墜落事件では、現場一帯を米軍がロックアウトしたことが問題視され、今次事故でも米軍による現場封鎖が話題となった。それらは上述の合意事項に基づくものである。こうした事態が認められている限り、事故の原因解明はありえず、同種事故を防ぐこともできない。

しかし日米合同委員会の合意事項21条「捜索等の要請」は、

日本国の当局からする合衆国軍隊の使用する施設又は区域内における、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産に対する捜索、差押又は検証の要請は、もよりの憲兵司令官若しくは当該施設又は区域の司令官にこれをなすべきものとする。日本国の当局は、右施設又は区域外における合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族の身体又は財産に対して捜索、差押又は検証を行おうとするときは、できるならば、事前に、もよりの憲兵司令官又は当該本人が所属する部隊の司令官に、その旨を通知するものとする。このことは、いかなる意味においても、日本国の法律執行員が、右施設又は区域外において、関係法令に従い、合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族の身体又は財産に対して捜索、差押又は検証を行う権限を制限するものではない。

とも取り決めている。確かに日米地位協定に関する合意議事録では、

日本国の当局は、通常、合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設若しくは区域内にあるすべての者若しくは財産について、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差押え又は検証を行う権利を行使しない。ただし、合衆国軍隊の権限のある当局が、日本国の当局によるこれらの捜索、差押え又は検証に同意した場合は、この限りでない。

とあるが、既に比屋定泰治氏が沖国大ヘリ墜落事件に関して指摘しているように(『沖縄法學』34 2005年)、機体そのものは米軍の財産と考えられても、現場一帯を封鎖する理由にはならず、日本側の捜査・検証を拒むものではない。

今次事故について沖縄県警察本部は航空危険行為処罰法違反容疑で捜査を進めると報道がなされている。日米地位協定や日米合意事項の規定上も運用上も、日本側が事故の捜査・処罰、原因解明に関与できない理由はない。日米間にある「合意」や「議事録」あるいは「密約」という壁を乗り越えるか、壁を壁のままとするかは、日本側の態度と意思の如何にかかっている。

平成29年10月10日 花瑛塾第11次沖縄派遣団

花瑛塾第11次沖縄派遣団は10日、沖縄県東村・国頭村に立地する米海兵隊演習場「キャンプ・ゴンザルベス」(北部訓練場、ジャングル戦闘訓練センター)にて、米海兵隊による新型輸送機MV-22オスプレイを用いた軍事演習やヘリパッド・進入路など関連施設の建設工事強行に抗議しました。

96年SACO合意により、キャンプ・ゴンザルベスは施設内に新たに7箇所(後に6箇所)のヘリパッドを建設することにより、施設面積の過半が返還されることになり、昨年12月、実際に返還が行われました。

このヘリパッド建設により、危険なオスプレイを用いた演習が可能となり、実際に既にオスプレイの離発着が繰り返されています。つまりヘリパッド建設によりキャンプ・ゴンザルベスの施設面積は縮小されますが、その基地機能は強化されることになり、基地の縮小・撤去や基地負担の減少とは真逆のものです。

またキャンプ・シュワブ沿岸で建設が進められている辺野古新基地には多数のオスプレイが配備される予定であり、そこから離陸したオスプレイがキャンプ・ゴンザルベスで演習を行うことから、辺野古新基地建設とキャンプ・ゴンザルベスの基地機能強化は、在沖米軍の再編・強化と一体のものです。

先月にはG地区ヘリパッドへの進入路工事が完了し、これまで以上の演習が行われることになり、騒音や墜落の危険など付近住民の基地負担はさらに重くなります。花瑛塾はオスプレイ飛行中止とキャンプ・ゴンザルベスにおける演習実施の中止を強く求めます。

平成29年10月9日 花瑛塾第11次沖縄派遣団

花瑛塾第11次沖縄派遣団は9日、沖縄戦の最激戦の1つ「シュガーローフの戦い(安里52高地の攻防戦)」戦場跡(那覇市)を見学しました。

1945年4月1日に沖縄本島中部・比謝川河口を中心に上陸し北進した米軍は、本部半島を中心に日本軍第32軍の一部部隊と激しく交戦したものの、瞬く間に本島北部を制圧しました。

しかし首里の司令部攻略を主目標とした米軍の南進作戦では、第32軍が主戦場と定め周到な準備をしており、シュガーローフの戦いを含め激しい戦闘が展開され、宜野湾から首里の司令部までわずか数キロの戦場において、40日もの死闘が繰り広げられました。

「シュガーローフの戦い」戦場跡の高台は、現在のゆいレールおもろまち駅西側一帯、なかでも安里配水池公園付近がそれにあたります。戦前はこの地から慶良間諸島を眺めることができるため、「慶良間チージ」などと呼ばれていたそうです。沖縄戦では日本軍はこのあたりを「安里52高地」と呼称し、米軍は「シュガーローフ」と呼称していました。

5月12日から始まったシュガーローフの戦いは18日まで続き、日米ともに安里52高地の確保と奪還を幾度も繰り返し、数千人が戦死しました。また米兵の精神疾患もこの頃より多く発症しはじめました。

こうした沖縄戦において忘れてはならないのは、防衛隊や学徒隊として動員された民間人、なかでも少年少女たちです。彼ら彼女たちは消火作業や食糧増産に従事するといわれていましたが、実際には戦闘部隊の一員として従軍し、戦闘に巻き込まれていきました。また民間人を戦闘に加わらせたため、米軍も戦闘員と非戦闘員を峻別せず、無差別的な攻撃を行いはじめました。シュガーローフの戦いにおいても、避難する民間人を米軍が銃撃する記録映像が残されています。

なお、戦後、戦場跡一帯は牧港住宅地区として米軍基地となりましたが、1987年に返還されて以降、現在は那覇新都心として再開発が進み、大型ショッピングモールなどが立ち並び、当時の面影はありません。

平成29年10月8日 花瑛塾第11次沖縄派遣団

花瑛塾第11次沖縄派遣団は8日、「那覇大綱挽まつり」を見学しました。

古来、琉球の綱挽(綱引き)の歴史は古く、那覇では諸説あるものの16〜17世紀には行われていたそうです。また琉球国各地での綱挽行事は首里王府による『琉球国由来記』などにも記録されています。多くの綱挽行事は、綱挽により1年の吉凶・豊凶を占ったり、豊作などの祈願をしたりするそうですが、那覇での綱挽は海上交易の発展などを祈願する都市型の祭礼といえます。

現在の那覇大綱挽は全長約200メートル、総重量43トンもの大きさを有し、ギネスブックにも登録されています。沖縄の大動脈である国道58号にて1万人以上もの人が綱を挽く様は圧巻そのものであり、最近では約30万人もの来場者があるそうです。

綱挽の縄を持ち帰り家に飾ると、その年の1年の家内安全がかなうとされています。